今度会ったら「伊藤選手」ではなく、勇気を振り絞って「イートン」と呼んでみよう。そう思わせるほど、伊藤俊亮は気さくで大らかな選手だ。彼のTwitterアカウントを見ると、およその人柄はわかるだろう。千葉ジェッツ、引いてはバスケットボール界を盛りあげようという意欲的な活動、ブースターへの丁寧な対応は称賛に値する。SNS上では日々の様々な出来事に関心を示し、思ったことをガンガンつぶやくなど実に饒舌。一方で、実際に話すと少し口下手な印象も受け、そのギャップには人間的魅力を感じる。選手キャリアは15年。長く日本代表で活躍した204センチの大型センターは、バスケット界の功労者でありながら「まだまだできることがある」と貪欲だ。リーグ発展のためにも「自分たちの力で愛されるチームを作りあげたい」と決意を新たにする。
インタビュー=安田勇斗
写真=Bリーグ
――今シーズンから千葉ジェッツでプレーしています。どういう経緯で加入したのでしょうか?
伊藤 昨シーズンまで所属していた名古屋(ダイヤモンドドルフィンズ)との契約が満了になり、そのタイミングで千葉から声を掛けてもらいました。島田(慎二)社長から「新しいチームを作りたいのでぜひ来てほしい」、「日本人のビッグマンが欲しい」と言っていただいて。千葉は若いチームでその時は優勝経験がなかったので、ベテランである自分の経験も買ってもらいました。
――実際に若いチームの一員になってどう感じましたか?
伊藤 僕は企業チームとプロチームの両方を経験してきたので、他と大きく違ったり驚いたりするようなことはなかったです。チームメートに対してもどちらかと言うと、おとなしいなという印象を受けました。
――「おとなしい」は意外です。
伊藤 栃木(ブレックス)で一緒だった田臥(勇太)や川村(卓也/横浜ビー・コルセアーズ)、名古屋でチームメートだった五十嵐(圭/新潟アルビレックスBB)あたりはすごく主張が強かったので(笑)、彼らと比べると少しおとなしい感じがしますね。
――千葉はリーグ戦ではスタートで出遅れましたが、徐々に調子を上げてオールジャパンで初タイトルを獲得しました。この半年間でチームの成長は感じていますか?
伊藤 最初は苦労しましたけど、勝つごとにチーム力が上がっていくのを感じていて、オールジャパンの前には「戦えるチーム」になっていました。ただ、上位チームを倒すにはまだ足りない部分があるので、あれだけ点差を付けて優勝できたのには、いい意味で驚きました。新しい(大野篤史)ヘッドコーチを迎えて、新しい外国籍選手が2人いて、チームビルディングを進めていく上ではまだまだやることがある中で、タイトルが取れたことはとても大きかったです。
――そのチームにおいて、ベテラン選手として意識していたことはありますか?
伊藤 ベテランだからというのはないです。他の選手と一緒で、求められたことに全力で取り組むだけですね。その姿勢は意識していました。
――チームメートにアドバイスを送ったりは?
伊藤 あまりそういうタイプではないんですよ(笑)。たまに声を掛けることはありますけど、それも「大丈夫、大丈夫」とか、「いいぞ」とかチームメートを鼓舞するような言葉が多いですね。
――ちなみにチーム内ではイジり役ですか? イジられ役ですか?
伊藤 どうですかね。年齢は結構イジられますよ(笑)。ルーキーの原(修太)とは15歳ぐらい離れてますし。チームメートに『ダッシュ!四駆郎』(『月刊コロコロコミック』で1980年代後半から90年代前半まで連載していた漫画)の話を振っても、誰にも通じないですからね(笑)。
――漫画の話が出ましたが、『ガンダム』や『ドラゴンクエスト』などいろいろなものに興味があるそうですね。今一番ハマっているものは何ですか?
伊藤 ファミコンがやりたいです(笑)。今のゲームは全然わからないんですけど、昔はよくやっていたので。(中央)大学時代に友達と『スーパーマリオブラザーズ』で、どれだけ早くクリアできるかっていうのをタイムを計ってやってたんですよ。あとは『ドクターマリオ』もやりたいです(笑)。
――インドア派なんですね(笑)。
伊藤 そうですね。子どもがいるので、そこまで趣味に没頭できないんですけど、空いた時間を見つけて。そういう意味では、子どもと遊ぶのが一番の趣味ですね。息子と一緒に竹とんぼを作ったり、ペーパークラフトを作ったり。ペーパークラフトはいろいろ種類があって、電車とか恐竜とか、結構リアルなんですよ。すごく時間が掛かるのであまりやりたくないんですけど(苦笑)。
――手先が器用なんですか?
伊藤 そうかもしれないですね。昔はガンダムのプラモデルとかミニ四駆とかをよく作ってたので。あと娘とはお裁縫もしますよ、布でテディーベアを作ったり(笑)。
――これまた意外です(笑)。ちなみに、お子さんを連れて遠出したりもするんですか?
伊藤 行きますよ。まだ千葉に来て半年ぐらいなので、いろいろなところには行けてないんですけど、保田漁港でおいしい魚を食べたり、銚子にイワシを食べに行ったり……魚ばっかりですね(笑)。
――そうですね(笑)。では話を戻してプレーについてお聞きします。ここまでのご自身のパフォーマンスをどう評価していますか?
伊藤 そこまで良くはないですね。開幕前にケガをしてしまい、プレシーズンも万全ではなかったですし、序盤は全然貢献できなかったので。シーズンが進むにつれて、練習からしっかりできるようになってからはコートでも少しずつ結果を出せるようになり、今は気持ち的に楽になってきましたけど。まだこれからですね。
――改めてファンやブースターにはどんなプレーを見てほしいですか?
伊藤 コーチから期待されているのは、自分が入ってディフェンスを安定させてゲームを作っていくことだと思うので、まずはそこですね。それとインサイドで体を張って得点を取る姿を見てほしいです。
――年齢的にキャリアの折り返し地点には来ていると思います。引退後に何をするかを考えることはありますか?
伊藤 漠然とですけど、クラブの運営に関わりたいとは思っています。指導者はタイプじゃないですし全然考えていなくて、それよりもお客さんに向けて何かをしていきたいなと。栃木で初めてプロクラブの一員になって、その中でスタッフの方々ともいろいろな話をさせていただきました。そこで、「バスケットを見る文化」を作りあげていきたいと思うようになったんです。
――選手キャリアをスタートさせて15年が経ちました。当時から将来的にプロリーグができることを想像していましたか?
伊藤 バスケットボール界は盛んな時期もあって、90年代後半から2000年代前半はそこそこ人気があったんです。僕はその盛りあがりが過ぎたぐらいのタイミングで、社会人でのキャリアをスタートさせました。それから完全プロ化の話は何度も出ていたんですけど、ただそれが現実になることは想像していなかったですね。2つのリーグが1つになる、1つにならなきゃいけないことはわかっていました。でもここまでしっかりした形でできるとは思わなかったです。
――実際にBリーグができていかがですか?
伊藤 バスケット界の方々はこれまでと変わらず応援してくださっているので、これからはバスケットをする方だけではなく、見るスポーツとして楽しむ方々を増やしていく段階に来ていると思います。ファンを根付かせるには何が必要かを考えないといけないですし、粘り強く取り組んでいかないといけないですし、やることは本当に多いと感じています。
――先ほども「『バスケットを見る文化』を作りあげていきたい」とおっしゃっていました。具体的に取り組もうと考えていることはありますか?
伊藤 アリーナに行くと楽しい、と思ってもらえる状況を作らないといけないと思っています。それを選手だけでなく周りからもアプローチしていく必要があるかなと。例えば電車の駅など公共交通機関からアリーナまでの、お客さんが通る道から変えていきたいですね。すでに変わっているところもありますけど、もっとできると思います。それと会場演出ですね。体育館を体育館と思わせない演出、入った瞬間に高揚感を感じるような、装飾の部分ももっと変えていきたいです。
――千葉は現在リーグトップの集客力を誇ります(2016年12月時点で1試合平均4234人)。それでも物足りなさを感じますか?
伊藤 クラブが地道にやってきたことが今の集客につながっていると思うので、それは本当にありがたいです。ただ、今来てくださっているファンの方々が、ジェッツを自分たちの一部として考えてくださっているかというと、まだそこまでは至っていないと思います。それぐらい愛してもらうためにはまだまだできることがあると感じていますし、それが次のステップかなと。
――そのためには選手からの呼びかけも大事で、実際伊藤選手は積極的にSNSでファンやブースターに様々なことを発信していますね。
伊藤 それぐらいしかできないので(笑)。試合の勝ち負けやコンディション、チームの状態などもあって、選手が定期的に発言するのは難しいんですけど、でもやらないといけないと思っています。それで少しでもいい影響が出ればいいですね。
――千葉をどういうチームにしていきたいですか?
伊藤 ヘッドコーチが作りあげようとしているのは、どんな時でも相手よりハードにディフェンスをするチームです。まずはそれを実現させたいです。今はできたりできなかったりなので、肉体的にも精神的にも鍛えて安定してできるようにしたいですね。いつ見ても同じ戦いができるチーム、「ジェッツはディフェンスがいい」というイメージが定着すれば、お客さんにももっと覚えてもらえたり、もっと応援してもらえたりすると思いますし、自分たちの力でそういう愛されるチームを作りあげたいです。
1979年6月27日、神奈川県出身
204㎝/112㎏
中央大学から東芝(現川崎ブレイブサンダース)に加入し、栃木ブレックス、名古屋ダイヤモンドドルフィンズを経て、今シーズンから千葉ジェッツでプレー。日本人離れした高さを武器に、ゴール下で圧倒的な存在感を示す。