2017.03.09

NBAチャンピオンリング保持者、エアーズが語るダンカン&ポポヴィッチHC、そしてA東京での挑戦

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Bリーグ初代王者を目標に掲げ、ディアンテ・ギャレット田中大貴らを擁する“タレント集団”アルバルク東京に、世界を知るジェフ・エアーズが加入した。ゴール下を支配するビックマンでありながら正確なシュートスキルも兼ね備えるエアーズは、NBAのポートランド・トレイルブレイザーズでプロキャリアをスタート。インディアナ・ペイサーズを経て加入したサンアントニオ・スパーズでは先発10試合を含む73試合に出場してチャンピオンリングを獲得した。実力実績ともに申し分ない元NBA選手がスパーズ時代を振り返り、新天地での活躍を誓った。

インタビュー=酒井伸
写真=Getty Images、Bリーグ

――2013-2014シーズンにスパーズの一員としてNBA優勝を経験しました。当時の思い出や今だから話せる裏話があれば教えてください。
エアーズ あまり悪いことを言うと怒られてしまいますが(笑)、マイアミ・ヒートと対戦したファイナルのゲーム1で、ホームアリーナであるAT&Tセンターのエアコンの調子が悪かったんです。1万8000人を超えるファンの熱気で会場が蒸し暑くなり、過酷な環境で試合をしました。ハーフタイムは扇風機やタオル、氷で体を冷やして、とにかく暑かったのを憶えています。

――チームメートは何か言っていましたか?
エアーズ 仕方がないことですが、「暑い」と文句を言っていました(笑)。

――優勝した瞬間で記憶に残っていることはありますか?
エアーズ 試合や練習、食事などチームメートと一緒に過ごした思い出が一気に沸きあがりました。当時1歳の娘を抱きかかえ、トロフィーを持ってステージに上がった瞬間が一番印象に残っています。その後のパレードも含めて、自分の雄姿を家族に見せることができて良かったです。

――当時のスパーズはそうそうたるメンバーがそろっていました。昨季をもって現役を引退したティム・ダンカンはどのような選手でしたか?
エアーズ 実績はもちろんですが、一人の人間としても意識が高く、自己犠牲を惜しまない選手でした。親友として今でも良い関係にありますし、何か問題があった時には電話して相談し合える仲ですね。

――優勝に導いたグレッグ・ポポヴィッチヘッドコーチも偉大な人物です。
エアーズ 周囲から見ると真面目でシリアスで怖いイメージがあるかもしれませんが、バスケットボールから離れた時はとても温かい人です。HCと選手の関係を超えて、人間としての成長もしっかりと見守ってくれました。

――当時のスパーズのスタイルは“ビューティフルバスケット”と呼ばれていました。その中で自身に与えられた役割を教えてください。
エアーズ スクリーンのディフェンス、リバウンドを拾うこと、走ること、チームメートを励ます声とエネルギーを与えることをHCから求められました。

――NBAでの様々な経験を経て、2月中旬からアルバルク東京でプレーしています。具体的なオファーが来たのはいつ頃ですか?
エアーズ 2月の1週目くらいでした。あっという間に話が進み、オファーが来てから5日で決断しました。火曜日にアメリカで試合をこなし、金曜日には日本へ向かっていたので、怒とうの日々でしたね(笑)。

――Bリーグに仲の良い選手はいましたか?
エアーズ ジョーダン・バチンスキーレバンガ北海道)とリチャード・ロビー大阪エヴェッサ)が日本でバスケットをしていることは知っていましたが、連絡を取る時間もなく日本に来ました。

――アウェイの滋賀レイクスターズ戦でデビューしました(84-83で勝利)。今後は日本のファンにどのようなプレーを見せたいですか(2017年3月2日取材)?
エアーズ まずはファウルを3つ以上しないこと。3つ以上したら怒ってください(笑)。具体的な数字を設定するのは難しいですが、毎試合“ダブルダブル”を達成することが目標です。だけど、リバウンドを1つしか取れなくても、それが試合を左右するものであれば十分だと考えています。また、元NBA選手として高い身体能力だけでなく、高いバスケIQにも注目してほしいです。

――最後に、A東京にもたらしたいことを聞かせてください。
エアーズ A東京をファイナルまで導けるように全力を尽くし、最終的には優勝したいです。A東京が名門と言われるように、強いチームを作りあげていきたいと思っています。