2017.11.23

【連載】篠山竜青の「おかげ様です」第3回 日本代表、東京五輪への想いを明かす

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川崎ブレイブサンダースで不動の司令塔を担い、日本代表でも存在感を増す篠山竜青。リーグ屈指のポイントガードながら、これまで日本代表にはなかなか縁がなく、初招集はわずか約1年半前の2016年3月だった。過去には苦悩もあり、代表デビュー後も思うとおりにはいかなかった。それでもポジション争いが激化する中、11月のFIBAバスケットボールワールドカップ予選でもメンバー入り。ふつふつと湧いた想いを今コートにぶつける。

インタビュー=安田勇斗
写真=山口剛生、圓岡紀夫

――初めて日の丸を背負って戦ったのはいつでしょうか?
篠山 U-18のアジア大会(第19回FIBAアジア男子ジュニア選手権大会)が初めてです。月並みですけど、やっぱり最初に呼ばれた時はすごくうれしかったです。身近な存在で言うと、北陸高校の2つ上の先輩である西村文男千葉ジェッツ)さんが18歳以下の日本代表に選ばれていて、自分もいつかそういう舞台でやりたいと思っていたんです。それが実現できて、本当にうれしかったですね。

――その時は選ばれる確信があったのか、あるいは選ばれて驚いたのか、どちらの気持ちに近かったんですか?
篠山 ちょうどその間ぐらいです。確信は持てなかったですけど、自信はありました。自分の世代には(橋本)竜馬(シーホース三河)だったり、二ノ宮(康平/琉球ゴールデンキングス)だったり、いいポイントガードがたくさんいたので、メンバー争いはすごくシビアだったと思います。

――初めての国際舞台で自分のプレーを出せましたか?
篠山 通用する部分はあると感じました。特にスピードに関しては手応えがありましたね。ただ驚いたこととして、スカウティングのために会場で見た時の印象と、実際に戦った時の印象が全く違うチームがいくつもありました。コート外で見た時は下手だな、あまり強くないなと思ったのに、コート内では確かにボールハンドリングはうまくないけど、フィジカルがすごく強くて相手に片手で抑えられたり、ボールまで手が届かなかったり。初めて外国人選手とのフィジカルの差を痛感させられた大会でした。

――その次に日本代表として出場したのは大学3年次の2009年第25回ユニバーシアード競技大会でした。
篠山 この時は選ばれたこと自体がサプライズで、自分でも「マジで?」という感じでした(笑)。ガードには阿部(友和/千葉)さん、西村さんがいて自分は3番手だったので、遠征でもあまりプレータイムがなく本番でも同じような使われ方をするだろうと思っていました。でも、大会直前に阿部さんがケガをしてしまい、結局は20分弱ぐらいの出場時間を得ました。勝利に貢献するほどのプレーはできませんでしたけど、トップリーグで活躍している選手もいる中でやらせてもらい、すごくいい経験ができました。

――3年前の大会から成長できた点は?
篠山 U-18はそれこそ高校生のバスケットで、本当に勢いだけでした。でも、ユニバーシアードでは司令塔として戦術やゲームコントロールを考えながらプレーできましたし、頭を使ったバスケットができたと思います。

――この大会は19位でしたが、2年後の2011年第26回ユニバーシアードは12位まで順位を上げました。
篠山 2011年は僕の1つ上と、僕の代がメインのチームでした。この世代におけるフルメンバーという自覚はありましたし、自信を持って臨むことができました。ただ順位に関しては、チームとしてステップアップしたというより、組み合わせの兼ね合いで上がっただけかなと思っています。

――2011年大会はメインのポイントガードとしてプレーしています。
篠山 2009年大会とは比べものにならないほど、余裕を持ってプレーすることができました。戦術の理解度も深まり、コート上でも体現できたと思いますし、自分自身、成長を感じられる大会でした。

――どんなバスケットを展開したのでしょうか?
篠山 ディフェンスはアグレッシブに前からプレッシャーを掛けるんですけど、40分間マンツーマンでガッツリやり合うのではなく、ゾーンとのチェンジングも多用しました。オフェンスはシューターを活かすプレーが多く、小林大祐ライジングゼファー福岡)さんや金丸(晃輔/三河)といったウイングのシューターをノーマークにする戦術がメインでした。

――この大会以降、日本代表からは長期間、離れることになりました。初招集が2016年3月というのはすごく意外ですが、どういう想いで日本代表を見ていたのでしょうか?
篠山 早く呼ばれたい気持ちもありましたし、でも今の自分ではダメだという気持ちもありました。日本代表をずっと目標にしてきたので、呼ばれないことで代表への想いはより一層募りましたし、よくくさらずに続けてこられたなと思います(笑)。

――強豪クラブのエースガードとして実績を残してきただけに、呼ばれないことに疑問を感じた方も多いと思います。
篠山 うちのチームは僕が2年目の時に、辻(直人)、ニック(ファジーカス)、(ジュフ)磨々道(昨シーズン限りで引退)が入ってきて、一気に強豪クラブになりました。チームが好成績を残す中で、それでも呼ばれないということは自分がそれほどゲームに影響を及ぼせていなかったからなんだと思います。実際、自分も「何もしていないな」と感じる時がありましたし、だからこそもっともっとやらないといけないと思っていました。でも試合になるとニックや辻ばかり見てしまい、自分のプレーを忘れることもあって、すごく悩んだ時期もありました。

――そうした想いを抱えながら、初めて招集された時はどんな気持ちでしたか?
篠山 実は2013-14シーズンのファイナルの前に、当時日本代表の監督だった長谷川(健志)さんに「今回は呼ばなかったけど、呼ぼうと思っている」と言っていただいたんです。ファイナルの後の代表活動には呼ばれなかったんですけど、いずれチャンスは来ると思っていましたし、以降も高いモチベーションを保つことができました。でも次のシーズンに左脛骨を骨折しちゃったんですよ(苦笑)。14年12月23日に骨折して、ちゃんと復帰できたのは15年8月でした。そういう経緯もあったので、初めて招集された時は「やっとか」という感じでした(笑)。もうギリギリだなと。

――ギリギリ?
篠山 2020年に東京オリンピックが開催されることが決まり、そこを目標に逆算して24、5歳には代表に定着して、とイメージしていたんです。呼ばれないことに焦りも感じていましたし、だからあの時はうれしさよりも、ホッとした気持ちが大きかったです。これからだ、やっと始まるぞと。

――3月に初招集され、6月のアトラス・チャレンジで代表デビューを果たしました。クラブとの違いなどで戸惑いなどはありませんでしたか?
篠山 日本人の監督だったので戸惑いなどはありませんでした。辻からどういう練習をするか、チームメートがどんな人たちかなど、いろいろなことを教えてもらっていたのもあって、チームにはスムーズに入れたと思います。アトラス・チャレンジの遠征には16名が参加して、初戦の中国戦はお休み、次のニュージーランド戦がデビュー戦になりました。そこでスタートで出たんですけど全然ダメで。

――具体的に何が良くなかったんですか?
篠山 ガードとしてチームをコントロールしないといけないんですけど、まだまだ準備不足でした。一人ひとりの特徴を把握してセットプレーをコールしないといけないんですけど、そっちに頭が行き過ぎると、今度はイージーなミスが出てしまい、そういう状態が続いてしまいました。

――大会中に改善できましたか?
篠山 アトラス・チャレンジではうまくいきませんでした。あの大会では田臥(勇太)さん(栃木ブレックス)、竜馬の他、比江島(慎/シーホース三河)もポイントガードをやっていて、あまりプレータイムもなく、途中から出ても地に足が着く前に交代する感じで。

――直後のリオ・デジャネイロ五輪最終予選の最終メンバーには残れませんでした。
篠山 「でしょうね」という感じです。そりゃそうだなと。アトラス・チャレンジでいいところが全くなかったので。

――それでも、最終予選後すぐに行われた第38回ウィリアム・ジョーンズカップで再び招集されています。
篠山 この大会で自信を得ることができました。下の世代が中心で、僕は最年長でキャプテンとして参加させてもらいました。長谷川さんからは「アトラス・チャレンジのメンバーが今の日本代表を引っ張っていて、より強くなるには、ジョーンズカップに参加する若手がどれだけ彼らを脅かせるかに懸かっている」と言われました。僕の勝手な解釈ですけど、アトラス・チャレンジで何もできなかった僕にとって、若手主体のジョーンズカップはラストチャンスなのかなと。だからここでダメなら、俺はもう終わりだという気持ちで臨みました。

――自身のパフォーマンスはいかがでしたか?
篠山 参加したメンバーがみんないいヤツで、チームの雰囲気も良く、プレーに関してもその延長線上ですんなり入れました。長いプレータイムを得ることで長谷川さんのバスケットが理解できましたし、特に後半戦は自信を持ってコートに立つことができました。結果は満足できるものではなかったですけど、個人的にはいいプレーができましたし、思い返すと日本代表での転機になった大会だったと思います。

――その2カ月後には2016FIBA ASIAチャレンジに参加しました。
篠山 この大会でより自信を深めることができました。アジアチャレンジは最終予選のメンバーも入ってましたけど、(竹内)公輔(栃木)さん、譲次(アルバルク東京)さんもいなかったですし、比較的若いメンバーで臨んだ大会で、ジョーンズカップの流れのまま、自然にチームに入ることができました。これまでやってきたセットプレーができましたし、自分の得点も伸びましたし、全体的にいいプレーができたと思います。

――手応えをつかみながらも、2017年2月に行われたイラン代表との国際強化試合ではメンバーに入れませんでした。
篠山 アジアチャレンジでの感触は良かったんですけど、川崎でのBリーグ1年目(2016-17シーズン)はあまり得点を伸ばすことができませんでした。自分自身アピールが足りなかったと思っているのである意味、納得の落選でした。ヘッドコーチが長谷川さんから実質、ルカ(パヴィチェヴィッチ/現A東京HC)に替わり、ずっと危機感は持っていたんですが、その中で落ちたので、改めてクラブでの継続的なアピールが必要だと痛感しました。

――それでも再び招集されるようになり、8月のFIBA ASIAカップ2017にも参戦しました。
篠山 HCが(フリオ)ラマスに替わって、7月のウルグアイ戦では2戦ともいい仕事ができたと手応えをつかんだ中でアジアカップに乗りこみました。チャイニーズ・タイペイと香港はA代表とは言えないチームで、この2チーム相手にはいいゲームができましたけど(チャイニーズ・タイペイ戦87-49で勝利、香港戦92-59で勝利)、初戦のオーストラリア戦(68-84で敗北)と決勝トーナメント1回戦の韓国戦(68-81で敗北)はいいプレーができませんでした。個人的にも良くなかったし、チームとしても課題が多かったと思います。苦しい試合で結果を出せなかったことは悔しかったですし残念でした。

――チーム全体では何が足りないと感じましたか?
篠山 メンタルの部分が大きいかなと。日本は長年、強豪国に勝てていないので、負け癖があるというか。韓国戦は特にそうで、やっぱり自滅だったと思うんですよ、実際リードしている場面もありましたし。ただ、疲れて逆転された時に、どうやって状況を打開するかの答えを誰も出せなくて。そこはチームとして変えないといけないところだと思います。

――かなり聞きにくい質問ですが、現時点で、日本代表において自分はどういう立ち位置にいると思いますか?
篠山 非常に危ないところにいると思っています。今回招集された宇都(直輝/富山グラウジーズ)もはっきりしたストロングポイントがあって、大きいしスピードがあるしドライブの突破力もすごい。富樫(勇樹/千葉)も得点力があり、自分でクリエイトできる選手です。でも自分の絶対的な武器は何かと聞かれても正直、「これです」ってすぐに出てこないんですよ。例えばディフェンスでも40分間、竜馬よりも激しいディフェンスができるかと言うと、竜馬の方がよりボールマンに食らいついていけると思いますし。これっていうはっきりした、カッコいい武器がないんですよね(苦笑)。

――点も取れて、ディフェンスもできる、という万能性は特徴の一つだと思います。
篠山 確かにそうかもしれないですね。そういう感じでいこうかな(笑)。タイムシェアで20分ぐらいの出場だったらディフェンスもガンガン行けますし。

――Bリーグに加え、定期的な代表活動もあり、これからも過酷なスケジュールが続きます。
篠山 しんどいですし、もう未知の領域ですね。川崎では大事なところでミスをしていますし、チームには迷惑を掛けていて申し訳ないです。なかなかしっかりと休みが取れないんですけど、もっとうまくやらないといけないなと思っています。でも、代表ではこれから重要なゲームが続きますし、試合前の国歌を聞いたら疲れが全部吹っ飛ぶと思っています。それぐらいモチベーションは高いです。

――FIBAバスケットボールワールドカップ2019アジア地区1次予選が始まります。11月24日の初戦で戦うフィリピンにはどんな印象を持っていますか?
篠山 個人技に長けた選手が多くて、組織だったプレーよりも個人のスキルで押しきる印象があります。ディフェンスもそこまで規律があるわけではなく、オフェンシブに戦うイメージがあり、シュートが入りだすと勢いが出るので、自分たちがいかに我慢強くディフェンスできるかがカギかなと。しっかり守りきることができれば、相手のメンタルも落ちていくと思っています。

――14年間勝てていない相手で、今回も厳しい戦いが予想されています。
篠山 確かにずっと勝っていないかもしれないですけど、僕自身は初めて戦う相手ですし、苦手意識は全くないです。帰化選手が強烈で、過去の歴史からも格上だとは思っていますけど、隙は必ずあると思っています。

――その3日後には、敵地でオーストラリアと対戦します。
篠山 アジアカップで対戦していますけど、その時はリオ五輪のメンバーがいなかったので、全然違うチームと戦うことになると思います。アジアカップではとにかくデカいとは思いましたけど、めちゃくちゃうまいわけではないし、少なくともあの試合は僕らが我慢しきれずに負けたと思っています。40分間我慢強く戦い続けることができれば、結果はもう少し変わっていたかなと。途中で集中が切れて、簡単にリバウンドを取られたり、無理矢理タフショットを打ってチャンスを失ったり、それが点差として出てしまいました。自分たち次第で、もっと違った結果が出せると思います。

――19年にW杯、20年に東京五輪が控えていますが、日本代表として自身が掲げる最終的な目標は?
篠山 東京五輪に選手として出ることです。そこで見ている方々に「ありがとう」と言ってもらえるプレーを見せたいですね。オリンピックはメダルを取る取らないに関わらず、またそのスポーツがメジャーかマイナーかに関わらず、いいプレーを見せたら「感動をありがとう」と言っていただけるじゃないですか。男子バスケットで言えば、強豪国にボコボコにやられて人気低迷につながる怖さもあると思います。出場することをゴールにしたら、そうなる可能性もあると思うんですよ。でも出るからにはしっかり活躍して、バスケットを知っている人、知らない人に関わらず、「すごかった。ありがとう」と言ってもらえるようなプレーを見せたいです。それが今の目標です。

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