2020.01.08

<素顔の朝飛>③ プロの世界に飛び込んで… レバンガ北海道・多嶋朝飛コラム

レバンガに所属して7シーズン目の多嶋朝飛[写真]=石川仁美(北海道新聞)
北海道新聞・道新スポーツとバスケットボールキングのコラボ企画。レバンガ北海道の協力も得て、北海道のバスケ情報をお届けします。

 レバンガ北海道多嶋朝飛です。今回は第1回(https://bit.ly/2FqM51c)の続きにあたる、大学卒業後、プロ選手になってからのことを話したいと思います。

■プロの一歩は育成チームから

 東海大学4年の全日本大学選手権(インカレ)まで卒業後の行き先が決まっていなかった僕は、漠然と「プロになりたい。実業団に入ってもプロ契約でやっていきたい」という思いを持っていました。そんな中、トライアウトを受けるように声を掛けてくれたのが栃木ブレックス(現・宇都宮ブレックス)でした。

 その年の天皇杯で東海大と対戦したのがブレックス。僕たち東海大は延長戦の末に敗れたのですが、それがいいアピールになったようです。トライアウト終了後の個人面談で合格を告げられ、入団するかどうか即答を求められた時は、「この場で自分の人生を決めるのか」と感じたのを覚えています。プロの世界に飛び込んでみたかったので「お願いします」と、迷うことなく答えました。

 2011年から過ごしたブレックスでの2年間はとても濃かった。最初は育成チーム「Dライズ」との契約で、「トップチームに上がることは簡単じゃない」と覚悟していました。ところが、チャンスは予想以上に早くやってきた。ブレックスはけが人が出たり、日本代表の選手が抜けたりで人が足りないとのことで、1年目の最初の方からトップチームの練習に呼ばれるようになったのです。

 でも、僕はDライズの選手なので、朝からDライズの練習をこなし、昼すぎからブレックスの練習に参加します。しかも、夜にはスクールのコーチの仕事が週2回あり、朝から、遅い時は午後9時ごろまでバスケットボール一色の生活を送りました。今、プロ選手としてタフにやっていけるのも、この時の経験があったからだと思います。

 Dライズでは、落合嘉郎さん(現B2仙台でアシスタントコーチ)と出会えたことが大きかった。どうすればブレックスへコールアップ(昇格)できるかを一緒に考え、戦ってくれた方でした。

■「下手くそだな」と言われて

 落合さんは、練習している僕に「下手くそだな。センスないよ、おまえ」って言うんです。今までそんなにはっきりと指摘された経験がなかったので、「どうすればいいのか」と最初は戸惑いもありました。それでも本当に学ぶことが多かった。190センチの人が見る世界と、173センチの僕が見る世界は違う。外から見ればパスの出す方向も考えやすいのですが、目の前に2メートルの選手がいたら、簡単にはできない。そんな時にどんな判断を下すか、どんなやり方があるかを教えてもらいました。

 振り返れば、楽しいながらもきつい2年間でした。コールアップされて何回か試合に出て、プレータイムが減ってきたら、Dライズへ逆戻りする。精神的なきつさを乗り越え、2年目はブレックスで開幕を迎えられ、1年間やってきた経験が認められたのかなと、うれしかった。

 でも、1月に天皇杯が始まる前、ブレックスから再び降格を告げられた。育成でプレーしながらコールアップに向けて頑張って――という生活を、来年も続けるのは厳しいと感じ始めていました。「1年間出られなくてもいいから、トップリーグでプレーしたい」。そんな思いを募らせていた時にオファーをくれたのがレバンガ北海道でした。

■徹底して取り組むとは

 当時、レバンガは「財政面で厳しい」と聞いていたので不安もありましたが、とにかくトップリーグのチームで挑戦したいと飛び込みました。

 チームはちょうどウルタドコーチに指揮官が変わったところでした。体育館に姿を見せると「俺はコーチだから」とピリピリした空気を作れる存在で、選手との距離の取り方も上手な方でした。ちょっとでも気を抜いたらすぐ怒られましたが、若手の僕にとっては、「徹底して取り組むとはこういうことなのか」と教えられた気がしました。

 プロになってからは、パス一つで怒られたり褒められたりすることはなかったので、とてもありがたかった。厳しかったけれど、いろんな気づきを与えてくれるコーチで、「おまえはこうやって戦っていけ」と、自分の道を示してくれたと感じています。

 出身地の北海道に戻ってきて、「道産子が入ってきたぞ」とファンの方々や報道の方々に騒いでもらったりもしました。そこで「プロとしての自分の価値を上げていくのはこういうことなんだな」と知りました。

 レバンガはどんどん人気が出てきて、僕が入団したころには2000人ほどだったお客さんも、今では6000人が入るようになった。皆さんの膨らむ期待に応えたいという気持ちに比例して、のしかかるプレッシャーも大きくなります。そこはプロだからこそ、感じられることであり、うれしさでもある。プレッシャーと戦うこともプロの仕事なのだと思っています。

■キャプテンを3シーズン務めて

 2016年にBリーグが開幕すると同時に、僕はキャプテンを任されました。3シーズン務める中で悩んだのは、チーム、キャプテン、僕個人という3つの立場のギャップです。立場によって意見も違う。ある意味、演じなくてはいけない部分もあった。コーチの考え、チーム全体の雰囲気、僕が感じたことを、他の選手に伝えるべきかどうか迷ったこともありました。

 ベテランの選手だったら率直に言えるのかもしれませんが、当時の僕は20代後半で、チームでも真ん中ぐらい。ただ、プロである以上、戦う姿勢だけは個人としてもチームとしても忘れたくはなかった。勝てない時期でも、常に気持ちを出してプレーしていたし、周りにも「僕の思いに気づいてくれ、感じてくれ」と思っていたので、精神的なきつさもありました。

 でも、そんな経験があったから分かったこともあるし、今につながっている。今季は(桜井)良太くんがキャプテンをやっていますが、本当に苦労していると思います。他の選手に細かく伝えようとしているし、ひとりひとりに声を掛けながらやっていて…。良太くん自身、プレータイムが伸びていなくて、苦しみながらコートに立っている。

 他の選手に対して、試合に出ている時にものを言うのは簡単だけど、試合に出ていない時に言うのはすごく辛い。良太君が以前、キャプテンをやっていた時は常にコートに立っていて、背中で見せるタイプだったので、今の状態はタフだろうなと思います。

 僕が今できることは、コート上でパフォーマンスをし続けること。何か必要なことがあるときは、僕も声を出して伝える。そんなスタンスで、チームやキャプテンを支えていきたいと思っています。

写真=石川仁美(北海道新聞)

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