2021.10.01

加藤誉樹レフェリーが見た・体感した自国開催の『東京2020オリンピック』

東京オリンピックでオーストラリアとナイジェリアの一戦を担当した加藤レフェリー [写真]=fiba.com
鹿児島南高-愛知学泉大-カリフォルニア州立大ベーカーズフィールド校-ベーカーズフィールドカレッジ出身。帰国後FIBA国際代理人資格をアジア初の受験取得。プロリーグ発足後まもなく資格返納しチームスタッフへ。富山-滋賀-岩手-大阪でスカウト/通訳/GM/クラブ代表を経験。現在は様々なカテゴリーのバスケ解説を務める。座右の銘「一緒に日本のバスケを熱くしよう!」

東京オリンピックを経験したのは選手だけではない。ゲームオペレーション、テーブルオフィシャル、大会運営など、様々な分野の経験が、今後の日本バスケ界の発展につながるはずだ。今回はBリーグ開幕直前に、加藤レフェリーにその経験を聞かせてもらった。
取材・文=井口基史

取材協力

加藤誉樹(かとう たかき)
1988年生・愛知県出身。2017‐18シーズンよりJBA公認プロフェッショナルレフェリーとして活動開始。2017年FIBA 男子ユーロバスケットからNBAサマーリーグなど様々な国際舞台を経験。5年連続でB.LEAGUEレフェリーオブザイヤーを受賞。東京オリンピック最終予選(クロアチア開催)から東京オリンピック本戦までを経験した。
(写真提供=日本バスケットボール協会)

誰もが目標に据えた東京オリンピックでのジャッジ

――プロフェッショナルレフェリーとして5シーズン目ですが、選手同様に東京オリンピックという舞台は目標だったでしょうか?
加藤
 一生のうちオリンピックを経験できること自体が大変なことですが、レフェリーを始めたころからチャレンジしたい気持ちはありました。まして自国開催ですので、東京オリンピックが決定した瞬間から、その舞台に立ってみたいとは思っていました。私だけでなく、全国のレフェリー仲間も同じ気持ちだったと思います。

――東京オリンピック決定前後から、国内だけでなく世界を経験するため活動の場を広げられました。
加藤
 もちろんオリンピックを見据えてはいましたが、そのためだけにステップアップするというより、目の前の1試合、1試合、各大会で良いパフォーマンス出すことに集中したつもりです。その積み重ねがあってオリンピックへの招集に繋がったと思います。

 キャリアの中で大きな経験だったといえるのは、2017年のFIBA男子ユーロバスケットにアジアから2人(日本とフィリピン)招集されたメンバーに入り、クォーターファイナル(イタリアーセルビア)まで経験できたことは大きかったと思います。大会期間が長かったこともあり、1試合1試合を厳しく試されている感覚がありましたし、それまでのキャリアで一番レベルの高いカテゴリの大会でしたので、濃密な時間を過ごしました。

――オリンピック担当が決定する前は、全国のレフェリーから期待や応援の声が届いたのではないでしょうか?
加藤
 色々な大会を担当するレフェリー仲間から、代表して出て欲しいとか、ありがたい励ましは多くいただきました。自分はFIBAの大会を経験しており、ノミネーション(選考)はFIBAからの直接通知でした。すぐJBAに共有し、決定の発表をしていただきました。その瞬間は、身が引き締まる。背筋が伸びる。いよいよか。という感情を覚えています。オリンピックは1年延期されており、延期前に一度ノミネートされてはいましたが、FIBAからは1年後にベストコンディションのレフェリーを選考するため、すべて白紙に戻すという通知がありましたので、ドキドキしていたことも事実です。延期が決まってからのシーズンも、モチベーションも変わらず、1試合1試合を取り組んだ結果、30名のオリンピックレフェリーにノミネートしていただいたと思っています。

――30名のオリンピックレフェリーも選手と同じような合宿などがあるのでしょうか?
加藤
 コロナの影響で、国際大会も中止や延期があり、レフェリーの研修は、基本的にオンラインでした。オリンピック選考に入る前から、エリートグループと呼ばれる、世界中のFIBAレフェリーを対象にした、オンラインセミナーが週1回開催され、判定基準、ルールの考え方、審判技術を共有する場がありました。ちなみに漆間大吾さん(JBA公認プロフェッショナルレフェリー)や他の国内のFIBAレフェリーも参加しています。FIBAのあるスイス時間(日本時間23:00~02:00ごろ)開催ですので、他の仕事を持つレフェリーはタフだったと思います。私たちはプロとして活動できているため、その時間を費やせたのは大きいと思います。
個人としては6月末から4カ国で開催された、オリンピック最終予選(クロアチア開催)に参加しました。そこでは実際のゲームだけでなく、オンラインや対面式のセミナーが行われ、オリンピックに向けた良い準備期間を過ごすことができました。

【加藤レフェリーが担当した東京オリンピック最終予選ゲーム】
グループフェーズ:ドイツ 82−76 メキシコ
グループフェーズ:ロシア 67−69 ドイツ
準決勝:ブラジル 102−74 メキシコ

日本でのルーティーンが五輪の舞台でも適応

――実際にコートに立つオリンピックデビュー戦は高揚感があったでしょうか?
加藤
 正直、オリンピックだから特別だということはなくて、Bリーグのゲームと同じ緊張感でのぞむことができました。オリンピック最終予選から帰国したさい2週間の隔離期間があり、その時間が最終予選の自分の試合を振り返る時間に有効活用でき、本選に向けて良いマインドセットができたと思います。

――30名のオリンピックレフェリー中で、さいたまスーパーアリーナを一番知る加藤レフェリーにホームコートアドバンテージがありましたね!
加藤
 そうですね(笑)。日本のファンが会場にいたらどういう雰囲気だったのだろうと思います。また国際大会は時差対策が常にありますので、自国開催で、その対策が不要だったことは、ホームコートアドバンテージでしたね(笑)。

――大会期間で試合の振り返り・フィードバック・世界のバスケトレンドなど参考になった点などありますでしょうか?
加藤
 FIBAレフェリーデパートメントより、1日に起きた事象や顕著なケースを、スマホのアプリを使って映像で共有していました。担当していないゲームで起きた事象を、すぐに技術革新で共有できる取り組みは、大会期間中に有意義だったと思います。同時に普段JBA審判グループがトップリーグなどで行う、情報共有や試合へ向けた準備のルーティーンが、非常に質の高いレベルで行えており、決してFIBAから遅れをとっていないという自信にもなりました。

国内でのルーティーンがオリンピックでも適応できたと加藤レフェリー(写真は昨季のBリーグファイナルから) [写真]=B.LEAGUE


 世界のバスケトレンドというか、2019年FIBAワールドカップでも感じたことですが、プレーヤーの多くが、コンタクトが起きた時も、ファウルコールに頼らず、プレーをやり切るシーンが多いのを感じました。「RSBQ※」という言葉があり、私たちレフェリーはコンタクトが起きた際にこのうちどれかに影響が起きた時にファウルの笛を吹きます。

※RSBQ
Rhythm(リズム)
Speed(スピード)
Balance(バランス)
Quickness(クイックネス)

 コンタクトがあっても、結果としてRSBQが崩れていなくて、ノーコールにするというケースが相対的に多くあると感じました。コンタクトを起こしたとしても相手プレーヤーのRSBQに影響がないのに簡単にファウルを吹くと、『Marginal(マージナル)=あまり影響を与えていない』と私自身もFIBAインストラクターから指摘を受けたケースもありました。コンタクトが起きても、どれくらいRSBQに影響があったかしっかり見極めて、崩れたところでファウルを吹くというケースが、ワールドカップやオリンピックという舞台は特に求められると思います。

――そうするとレフェリーのスカウティングもさらに重要になってきますね。
加藤
 オフェンスのシステム、ディフェンスのシステム、キープレーヤー、コーチの特徴など、かなり緻密にやっています。ただしオリンピックでは担当ゲームの割り当ては前日の最終ゲームが終わったあとに発表されましたので、だいぶ前から準備することはできません。割り当てが決まってからクルーとスカウティングを始めることになります。ただしスカウティングはしますが、先入観を持たずにレフェリングしていくことが大切で、目の前で起きた出来事を判断していくわけですので、バランスは大事にしたいと思っています。

――このオリンピックの経験を通じて全国のレフェリーにも伝えたいことがあれば教えてください。
加藤
 自分はプロだから上から教えたいなどとは考えておらず、みなさん同じレフェリー仲間だと思っています。逆に他の仕事をしながら、プロ意識を持って取り組んでいるレフェリーに、見習う部分は非常に多いです。私自身も仲間と一緒に、1プレー、1プレーに対して、しっかり見える位置にいて、しっかり判定していき、積み上げていくことは、何より大切だと思います。試合に対する取り組みは、地域の大会でもオリンピックゲームでも、変わりはないと思います。その延長線上に地域の大会の決勝だったり、FIBAの試合だったり、オリンピックに繋がると思いますので、全国の仲間と良いゲームを提供できるように、これからもみんなで切磋琢磨していきたいと思います。

――いよいよBリーグが開幕します。ファン・ブースターへのメッセージをお願いします。
加藤
 まだコロナがどういう状況になるか不透明のなか、会場にお越しいただけないファンの方も多いと思います。会場でも映像でも感じていただけるような、少しでもクオリティーの高いゲームを提供できるように、微力ですがベストを尽くしたいと思います。

日本代表チーム以外で、東京オリンピックのコートを唯一知る加藤レフェリーの経験を多くのファン・バスケ関係者と共有することが、日本バスケ界とトップリーグの発展に繋つなががると感じたインタビューでした。さあ、6シーズン目のBリーグが開幕しました。(井口)

【東京2020オリンピックで加藤レフェリーが担当したゲーム】
男子グループフェーズ:オーストラリア 84−65 ナイジェリア
女子グループフェーズ:プエルトリコ 55−95 中国
男子グループフェーズ:イタリア 80−71 ナイジェリア
女子準々決勝:オーストラリア 55−79 アメリカ
女子3位決定戦:セルビア 76−91 フランス

【オリンピックにおける日本のレフェリーの主な実績と担当した主要な試合】
1996年アトランタ(アメリカ)石田秀敏
2000年シドニー(オーストラリア)石田秀敏
2004年アテネ(ギリシャ)須黒祥子
2008年北京(中国)平原勇次/女子決勝
2012年ロンドン(イギリス)須黒祥子/女子3位決定戦
2021年東京(日本)加藤誉樹/女子3位決定戦

【ワールドカップ(元世界選手権)、女子ワールドカップ(元女子世界選手権)における日本のレフェリーの主な実績と担当した主要な試合】
2002年FIBA世界選手権(アメリカ)宮武庸介
2006年FIBA世界選手権(日本)宮武庸介、平原勇次
2010年FIBA世界選手権(トルコ)平原勇次
2010年FIBA女子世界選手権(チェコ)須黒祥子/準決勝
2014年FIBAワールドカップ(スペイン)平原勇次
2018年FIBA女子ワールドカップ(スペイン)加藤誉樹
2019年FIBAワールドカップ(中国)加藤誉樹/準々決勝、7位決定戦
※資料提供:日本バスケットボール協会

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