2021.01.17

<橋本竜馬のバスケ脳>④ 中学時代の骨折で身についた 気持ちの強さ

チームメートを鼓舞する橋本=2020年12月12日、北海きたえーる
北海道新聞・道新スポーツとバスケットボールキングのコラボ企画。レバンガ北海道の協力も得て、北海道のバスケ情報をお届けします。

■「すごい所に来てしまったな」

 小学4年で始めたバスケットボールに夢中になった僕は、福岡市の百道(ももち)中へ進んで競技を続けました。入学の前年、県大会を制した強豪で、かっこいいチームだなと憧れていました。

 最初の練習で体育館に入った瞬間、その張り詰めた空気に驚きました。みんなで楽しみながらやっていた小学校のときの感覚とはかなり違ったからです。競技のレベルも比べものにならないくらい高くて、「すごい所に来てしまったな」というのが第一印象でした。

 小学校では週4日だった練習が6日に増えました。週末は1日に練習試合を2~3戦こなしていました。最初はついていくのが精いっぱい。本当に厳しかったです。

 運良く、入学して間もなく試合に出る機会をもらうことができました。1年生しかいないチームと練習試合をすることになり、こちらも1年生だけでメンバーを組むことになったのです。そのゲームでたまたまシュートがバンバン決まったのがきっかけで、3年生に交じってプレーさせてもらえるようになりました。

三遠戦で攻め上がる橋本(左)=12月12日、北海きたえーる

■喪失感を経て

 あのころは自分が足を引っ張ってはいけないという思いがすごく強かった。負けず嫌いで、先輩たちについていきたい一心で練習に励んでいました。

 1年の夏は県大会でベスト8ぐらいまで勝ち上がった覚えがあります。2年では九州大会を優勝し、全国でもベスト8へ進出しました。ただ、僕はその全国大会で右足首を骨折してしまいました。

自分にとって最初の試練でした。3~4カ月入院するほどの大ケガだったのです。その間は病院から学校へ通っており、もちろんバスケットボールはできません。そこまで良い感じで前へと進んでいただけに、喪失感はとてつもなく大きなものでした。

■ハングリー精神を持ち続け

 でも今振り返ると、それは貴重な経験でした。人生は山あり谷ありで、すべてがうまくいくわけではないことを知る機会になったからです。一生懸命リハビリをして、半年後に再びバスケットができるようになった。困難を乗り越えていく気持ちの強さが、そのときに身についたと感じています。

 3年の最後の夏は県大会の4強止まりで悔しい思いをしました。その時のチームには2学年下に比江島慎(現B1宇都宮)もいました。中学の福岡県選抜チームでは、1年先輩の小林大祐さん(現B2茨城)や同学年の金丸晃輔(現B1三河)と一緒になりました。

 中学時代にそうそうたるメンバーとプレーさせてもらったことで、自分も負けてはいられないというハングリー精神を持ち続けることができました。そういう意味では、とても恵まれた環境だったと思います。

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