2021.02.04

<橋本竜馬のバスケ脳>⑤ 福岡大大濠高時代 寮に入ってバスケ漬け 一番の楽しみはー

ボールへ飛び込む橋本=1月2日、北海きたえーる
北海道新聞・道新スポーツとバスケットボールキングのコラボ企画。レバンガ北海道の協力も得て、北海道のバスケ情報をお届けします。

 故郷の福岡県は、高校のバスケットボールのレベルがとても高い地域です。僕は福岡大大濠高へ進学しました。過去に何度も全国制覇を果たした強豪です。

■ウインターカップ
 夏のインターハイ(全国高校総体)では1年生の時にベスト16に入り、2年で準優勝しました。ところが、もう一つの大舞台である年末のウインターカップ(全国高校選手権、2016年までは全国高校選抜優勝大会)には、高校入学から2年連続で出場することができませんでした。県予選でライバルの福岡第一高に敗れたためです。

 相手も全国トップレベルの実力校。福岡市内の大会から顔を合わせるので、さまざまな場で毎年計10回は対戦していたと思いますが、いつも緊張感がありました。ウインターカップの県予選では「ここで勝つというのは、全国で勝つよりも難しいな」と感じたこともありました。

 3年の時は秋の県予選決勝で福岡第一高を破って、ウインターカップ進出を決めました。「ああ、これでやっと(会場となる)憧れの東京体育館でバスケットができるんだな」と、喜びはひとしおでした。

 直後には国体の県代表で、福岡第一高の選手と一緒になりました。そこで「ぜひ優勝してきてほしい」と温かく声をかけてもらったことには、今でもすがすがしい思いがこみ上げてきます。彼らとは力を合わせ、国体制覇を達成しました。

■高校時代の恩師は
 3年で初めて進んだウインターカップは3位に終わりました。準決勝で京都の洛南高に敗れました。僕たちは同期の金丸晃輔(現B1三河)をはじめ、良いメンバーがそろっていたのですが、相手も2年の辻直人(現B1川崎)や福岡の中学時代の後輩で1年の比江島慎(現B1宇都宮)ら、すごい選手ばかりでした。

 春先は僕たちの調子がとても良くて、練習試合で洛南高に勝っていました。でもウインターカップでは、向こうのバスケットがすごく洗練された印象で、シュートも皆、よく決まっていました。優勝を狙っていただけに、本当に悔しい敗戦でした。

 高校時代の恩師は田中国明先生です。2018年に亡くなりましたが、生徒それぞれの個性をとても大切にして、指導してくださる監督でした。だから、いつも「僕は何が得意なのだろう」「どういう技をこなしていくことができるかな」などと自分なりに思いを巡らせて練習していました。

■仲間と焼き肉食べ放題
 自分はマッチアップした選手に点を取らせない―。それが当時、たどり着いた考えです。田中先生からはよく「目の前の相手に負けるな」とも言われていましたので。

 そうした姿勢は、ハードな守備を追求する今のスタイルの原点になりました。振り返ってみると、バスケット人としての自分が、その後に何を軸にして生き残っていくべきか、道しるべを示していただいた貴重な時間だったと感じます。

 高校時代は初めて親元を離れ、学校寮で暮らしていました。バスケットボール部以外の生徒もたくさんいて、風呂で競技以外のいろいろな話をしたことなど、思い出は尽きません。

 中でも一番楽しかったのは2カ月に1回ほど、仲間と焼き肉食べ放題の店に集まったこと。親からの仕送りを節約してためて、柔道部や剣道部など、ほかの部活動の友達と、互いに練習がない時間に合わせて出かけました。満腹になってみんなで寮に帰って行くときが心底、幸せでした。

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