2018.08.08

届かなかった全国制覇…中部大第一の“期間限定”キャプテンが示したリーダーシップ

中村拓人を代表活動で欠いたため、インターハイで主将を担った青木遥平 [写真]=山口剛生
本格的に取材を始めたのが「仙台の奇跡」と称された2004年アテネ五輪アジア予選。その後は女子バスケをメインに中学、高校と取材のフィールドを広げて、精力的に取材活動を行っている。

「平成30年度全国高等学校総合体育大会 バスケットボール競技大会(インターハイ)」男子決勝の試合開始早々、中部大学第一高校(愛知県)の留学生、ブバカー・ンディアイエが開志国際高校(新潟県)の留学生、シラ・エルハジ・アサン(3年)にバスケットカウントを決められてしまった。その瞬間、中部大第一の今大会のキャプテン、青木遥平(3年)が厳しい口調で「ブバカー!」と詰め寄ってきた。

「試合前に相手のビデオも見て、留学生の得意なターンがわかっていたはずなのに、その動きでバスケットカウントを取られたので、出だしとしてはよくない、流れを止めなければと思って、言いました」

 青木はそのシーンをそう振り返る。

「今大会のキャプテン」と書いたのは、青木が本来のキャプテンではないからだ。本来のキャプテンは中村拓人(3年)である。彼は今、「FIBA U18アジア選手権大会」に参戦するためタイのバンコクにいる。本来のキャプテンがいなくなる以上、暫定であってもキャプテンを立てなければチームはまとまりを欠く。中部大第一を率いる常田健コーチは「こいつしかいない」と青木を指名した。

 常田コーチは言う。

「本音を言えば、青木は得点を取る役割の選手なので、余計な負担をかけずに彼の役割に専念させたかったんです。でも青木という選手は、(自宅)通いの生徒なのに1年生の時から寮生の朝練よりも早い時間に朝練を始めて、誰よりも遅く帰っていくような選手なんです」

チームをまとめる一方、14得点の活躍を見せた [写真]=山口剛生

 普段の練習を疎かにする選手は、たとえ実力があっても使いたくない。日頃からそう考えている常田コーチにとって、努力を重ねる青木は中村に次ぐほど信頼のおける選手なのかもしれない。

 青木の毎朝は午前5時30分から始まる。親に車で送ってもらってもらい、西村彩アシスタントコーチが体育館を開けるというが、それにしても早すぎる。

「自分はほかのみんなと比べて小中のキャリアがとても少ないので、高校に入って全国の舞台に立たせてもらって、なおかつ全国優勝をしたときの景色を見に行こうという気持ちにもさせてもらったときに、周りから一歩劣っている差をちょっとでも埋めようと思ったんです。そのためにはみんなと同じことをしていたら差が埋まらないので、みんなよりも早く行くことを意識しました」

 そうした日々の努力が、インターハイ期間だけとはいえ、キャプテンに任命されるほど信頼につながったのだろう。

 冒頭のブバカーへの叱責はキャプテンとしての責任から生みだされたものだ。

「拓人の存在は気持ちの面でも、プレーの面でも大きくて、でも拓人の代わりに自分がプレーで引っ張ろうというのは、自分のプレースタイルからもできないと思ったんです。でも声を出すとか、普段の生活面でなら自分にもできることがあると思って、コート内でも声を掛けたり、周りに笑顔で話していくようにしていました」

 常田コーチは中村の不在で一番の問題は「留学生とのコミュニケーション」と言うが、少なくとも青木自身もそれを感じていて、最初に締めておかなければいけないと思ったのだろう。ただその叱責の直後に「自分の守っている選手に3ポイントシュートを決められてしまったので、キャプテンとしては不甲斐ない感じだったのですが……」と苦笑いを浮かべる。

 キャプテンとして挑んだ地元インターハイでの全国制覇にはあと一歩届かなかったが、それでもキャプテンとして過ごした日々は青木にとって間違いなくプラスに働く。青木だけではない。捲土重来を期す中部大第一にとっても大きな力になるはずだ。それは青木自身が最もよくわかっている。

「拓人がいたら任せてしまうところがありました。今回の経験を活かして、拓人が帰ってきても『自分たちは変わったんだよ』というところを見せて、拓人も含めてチームとして成長できたらいいなと思っています」

 キャプテンは期間限定だったが、その期間で得たものはとてつもなく大きい。その経験を糧に、つかみかけて獲れなかった全国制覇の夢を追うため、青木はまた午前5時30分に体育館へと足を踏み入れる。

インターハイの悔しさを冬にぶつけられるか [写真]=山口剛生

文=三上太