2021.07.24

【Bリーガーが語るインターハイ】寺園脩斗「僕らだってできるんだと証明できた」(後編)

北海道の寺園が高校時代2連覇を果たしたインターハイの思い出を語った[写真]=レバンガ北海道
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 2年ぶりのインターハイが北信越地区を舞台にまもなく幕を開ける。昨年の大会は新型コロナウイルスの影響により中止を余儀なくされ、今年の高校生プレーヤーのなかには夏の全国を知らない選手も、数多くいるだろう。そこでバスケットボールキングでは、かつてインターハイで激闘を繰り広げたBリーガーにインタビューを実施。当時の思い出とともに、彼らにとってインターハイがどのような舞台だったのかを伺った。

 第四弾は今シーズンからレバンガ北海道でプレーする寺園脩斗。宮崎県に生まれ、指導者である父親の影響で小学生のときからバスケットをプレーしてきた寺園は、地元の強豪・延岡学園高校で2度にわたって“夏の王者”に輝いている。そんな彼にとって、インターハイとはどんな舞台だったのか。後編では主力として制した3年次の大会について話を聞いた。

インタビュー・文=峯嵜俊太郎

「礼生さんたちの代以上にチームがまとまっていた」

――3年次はキャプテンに就任されていますが、これは北郷純一郎先生に指名されたのですか?
寺園 そうですね。先輩方が高校3冠を達成して、僕らの代でその当時出ていたのは(ジュフ・)バンバ(現・東京八王子ビートレインズ)だけだったので、「絶対次の年無理でしょお前ら」なんて先輩からもちょっと茶化されたりもしたんですけど、僕は「いけないことはないな」と思っていました。

――そう感じていた理由は?
寺園 やっぱりバンバの存在が大きかったですね。あの当時、バンバを止められる選手がいなかったので。そこを中心に組み立てればいけるんじゃないかなと思っていました。

――キャプテンに就任したことで、心境的な変化もあったかと思います。
寺園 その当時考えたのは、日本人選手がレベルアップしないとインターハイでは優勝できないなということ。それでキャプテンとして、チーム全員で朝にシューティングをするようにしました。結局インターハイでは僕とバンバを中心に点を取っていたんですけど、それでも試合を重ねるごとにほかの選手も徐々に経験を積んでいって、チームの歯車がうまく回っていったという印象はあります。

――インターハイは前回大会王者として臨むこととなりました。
寺園 大会初日に優勝旗を僕が返還して、「これをまた持って帰らなきゃいけない」という気持ちがありました。周りのチームからは「今年は弱いだろ」と見られていたと思うんですけど、僕らは「やってやる」という気持ちが強かったですね。

――王者ではあるものの、前回大会を経験していた選手があまりいないという点が逆にチャレンジャー精神につながったのでしょうか?
寺園 そうですね。本当に全員「やってやる」という気持ちが強くて、(ベンドラメ)礼生(現・サンロッカーズ渋谷)さんたちの代も一体感はあったんですけど、それ以上にチームがまとまっていたんじゃないかなと感じています。

――大会が始まると1回戦で育英高校、2回戦で県立倉敷青陵高校に大差で勝利しました。
寺園 やっぱりトーナメントの1回戦ってすごく難しくて、ドカンと一発インパクトを残したいと選手同士で話し合っていたので、大差で勝てたのは気持ち的にもすごく楽になりました。それで2回戦もそのままの勢いでいくことができたので、チームとして決勝に向けていいリズムをつかめていったのではないかと思います。

――3回戦は満田丈太郎(現・京都ハンナリーズ)選手を擁する北陸高校と対戦し、終盤に追い上げられながらも76-68と接戦を制しました。
寺園 正直言うと、やる前に「下手したら負けるんじゃないか」という気持ちもありました。でもバンバがすごく点を取ってチームにリズムを持ってきてくれて。内容としてはあまり良くなかったんですけど、勝ち切れたことはチームにとって良かったと思います。北陸という強豪校に勝つことは自信にもなりますし、次の準々決勝に向けて勢いがつけられました。

――満田選手の印象はいかがでしたか?
寺園 丈太郎は能力が高くてすごく走れる選手。加えて3ポイントもバンバン打ってくる選手だったので、そこをどう止めるかと話し合いましたね。一人じゃなかなか止めることはできないのでチームで助け合って、相手の強みを消すという部分はできていたと思います。

満田とは今もプロの舞台でしのぎを削っている[写真]=B.LEAGUE

「ウインターカップよりインターハイの優勝のほうがすごくうれしかった」

――続く準々決勝では角野亮伍(現・シーホース三河)選手擁する藤枝明誠高校と対戦し、75-69とこちらも接戦の末に勝利しました。
寺園 そのとき、亮伍以外にも成田(正弘)という僕とU18日本代表で一緒だった選手がいて、成田選手はなかなか止めることが難しかったので、亮伍のほうを抑えようと話し合った記憶あります。オフェンス力のあるチームには、流れを持っていかれると勢いに乗られるので、そこをどう断ち切るかというのを常に考えていましたね。

――その後、準決勝の正智深谷高校戦に95-63で大勝し、洛南高校との決勝を迎えます。
寺園 当時、洛南と僕らはすごく相性が悪いと思っていたんです。層が厚いチームに対して、うちは控えの選手があまりいなかったので。

――実際に試合が始まると、終盤まで延岡学園のペースで試合が進みました。しかし、21点差リードで迎えた最終クォーターに猛追を受け、一時は4点差まで迫られてしまいます。
寺園 残り7分くらいから、いきなりディフェンスでダブルチームを仕掛けてきて、それでチーム全体が焦ってしまいミスにもつながって……。

――経験の浅さが出てしまったのでしょうか?
寺園 経験も浅いですし、トーナメントの疲労も終盤になると出てきて。チーム全体の足が止まった部分もありました。それでも、終盤にリバウンドのこぼれ球を僕がそのまま速攻で持っていって、それで結果的に点差をつけることができて。監督からはタイムアウトで球際の強さや泥臭いところで負けちゃいけないと言われていたので、それを体現できたのが最終的に結果につながったのではないかと感じています。

――結果として78-73で勝利し、見事全国制覇を成し遂げました。主力として果たした全国制覇だけに喜びも格別だったのでは?
寺園 いやぁ一番うれしかったですね。県予選のときから「今年の延岡学園は弱いからいけるでしょ」みたいな雰囲気はあって、それを見返せたというか、僕らだってできるんだってことを証明できたので。優勝した、連覇できたっていうことに加えて、見返せたというところでもうれしさが込み上げました。チーム全体で喜び合えて良かったです。

――寺園選手にとってインターハイとはどんな舞台でしたか?
寺園 個人的には、ウインターカップよりインターハイの方がすごく印象に残っています。初めてのタイトルということもあって、ウインターカップの優勝よりインターハイの優勝のほうがすごくうれしかったので。高校バスケの集大成として3年間やってきたことを披露する場がインターハイだと思っていますし、そこに出る選手は緊張せずに、3年間やってきたことをすべてコートに残して、悔いのないようにやってほしいなと思います。僕もそういう思いでやっていたので。

――高校3年間を通じて学んだことで、現在の自分にも役立っていることは?
寺園 僕が3年間で学んだのは、やっぱり自分一人でバスケットボールができているのではないということ。なぜ延岡学園という強豪校でバスケットボールができているのかというと、親や周りの人の支えがあったから。だからこそ中途半端なことはできないと思って、常にうまくなるためにどうしたらいいのかを考えて自主練もしていましたし、毎日の練習、1分1秒も無駄にはできないと思って必死に先輩たちに食らいついていました。その気持ちは今も変わらず持っています。

――キャプテンを務めた経験から、最後にインターハイに臨む各校のキャプテンにアドバイスをお願いします。
寺園 大きい舞台なので緊張もすると思うんですけど、そういうときにキャプテンも緊張するんじゃなくて、しっかりと周りの選手を見て、声を掛けて、「自分たちが3年間やってきたことを出そうぜ」とみんなで話し合ってほしいです。そういうチームが多ければ多いほど、試合で接戦が起きて、感動が起きて、見ている人がワクワクするようなプレーができると思うので、悔いのないよう自分たちを表現してほしいなと思います。

寺園は新天地北海道でも副キャプテンとしてチームをけん引する立場となる[写真]=B.LEAGUE

PROFILE
寺園脩斗レバンガ北海道
宮崎県出身。延岡学園高校時代には2年連続でインターハイとウインターカップ2冠を経験した。卒業後は東海大学に進学し、3年連続でインカレ優勝。その後は社会人チームを経て2018年6月に三遠ネオフェニックスでプロキャリアをスタートさせ、今シーズンからレバンガ北海道に活躍の場を移す。

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