2021.09.25

【短期連載・TOKYOの先へ】東藤なな子(トヨタ紡織/女子日本代表)

トヨタ紡織では若きエースとして奮闘中の東藤なな子[写真]=Wリーグ
取材歴17年目でミニバス、中学、高校、大学、トップリーグに日本代表と様々なカテゴリーをカバー。現場の“熱”を伝えるべく活動中。

 東京2020オリンピックでは、3x3女子日本代表がメダルこそ届かなかったものの5位と健闘。そして5人制では快進撃を続けて準優勝、銀メダルを獲得した。

 日本だけでなく世界を熱狂させた日本代表選手たちにオリンピックのことや10月から始まるWリーグ、さらにはその先についての話を聞いた。

 第6回は相手のポイントゲッターを封じるディフェンスが光った、チーム最年少の東藤なな子。東京でかけがえのない経験をした20歳は、3年後のパリ、そしてその次のロサンゼルスでの夏の祭典を見据える。

代表合宿中は「リバウンドやディフェンスなどでもアピールしました」

――東京オリンピックから1カ月が経ちました。
東藤 いろんなところで女子バスケットが取り上げられ、改めて注目度が上がったことを実感します。昔のことのように感じるのですが、本当にいい経験ができ、今に生きています。

――自分自身にプラスになったことは?
東藤 世界のトップレベルの人たちとマッチアップをし、日本代表合宿などでも高いレベルでやっていた分、周りが見えるようになったと思います。それにディフェンダーの役割で試合に出ることが多かったのですが、体の強さ、当たりなどには思ったよりも負けずにやれました。得意とするドライブでうまくいったこともあり、通用したのかなと感じます。

――町田瑠唯(富士通)、長岡萌映子(トヨタ自動車アンテロープス)選手の札幌山の手高校の先輩たちも一緒でした。
東藤 札幌山の手は、粘り強さ、それにディフェンスやルーズボール、リバウンドというのが特長で、瑠唯さんも萌映子さんもそれを表現していたので、山の手のバスケは世界に繋がるなと改めて感じました。

――5年前のリオデジャネイロ・オリンピックにも町田、長岡選手は出場していましたが、その時は高校生?
東藤 高校1年です。もう雲の上の存在で、『自分もいつか』とさえ思わなかったです。高校のバスケットをやる上で、リオに行った先輩たちのプレーを見て学ぼうという感じでした。

――そこからオリンピックを意識し出したのはいつ頃ですか?
東藤 世界で戦うことが楽しいと思い始めたのが高校3年生のU-18女子アジアカップ。それで高校卒業したら東京オリンピック目指しますと宣言しました。

――U-18女子アジアカップに出場中で、不在だったウインターカップ北海道予選でチームが敗れ、本戦の出場できなくなった後でしたよね。
東藤 最後の年にウインターカップは出られませんでしたが、高校3年間が無駄ではないということを証明したくて、オリンピック選手になることでそれを証明できたらいいなと思って言いました。

――ただ、オリンピックへのメンバー争いは激しかったと思います。
東藤 以前、代表合宿に参加してメンバーから外れたことがありました。その時に簡単に入れる場所ではないと思ったし、日本代表に入ることの難しさや甘さを感じました。今回、私はギリギリの立場だったので精神的にきつかったですが、そこを乗り越えることができ、自分の中では大きな経験になりました。

――メンバー入りはディフェンスのアピールが大きかったですか?
東藤 私はシューターのポジションですが、(シューターたちと比べて)特別3ポイントシュートがあるわけではなかったので、他のところでいかにアピールできるかだと思っていました。得意な1対1もありますが、リバウンドやディフェンスなどでもアピールしました。

――精神的にきつい時期に支えになったものは?
東藤 個人的には昨シーズンは1年間ずっときつくて、その時に『なんかいいことがある』と思って頑張ってきました。その経験から、『あの時に頑張ったんだから、今頑張らないと意味がない』と自分に言い聞かせたり、友達と話をして元気をもらったりしていました。でも一番は、『この経験は絶対に無駄にはならないし、マイナスなことはない』と感じていたので、どれだけ自分が成長したかがこれからのトヨタ紡織の成績にも関わってくると思い、『チームに帰った時に大きい選手になれるように頑張ろう』という気持ちでいられたことですね。

――背負っていますねトヨタ紡織を。友達とは、小学校から高校まで一緒だった日立ハイテククーガーズの関ななみ選手とか?
東藤 そうです。オリンピッ初戦の前日に、中学、高校の友達が動画を送ってくれました。緊張し始めていた頃だったので、ドンピシャのタイミングで。動画のメッセージには「自分らしく」「なな子らしくやってくれたら」という言葉がたくさんあって、自分らしく頑張ってみんながいい気持ちになってくれたらいいなという思いが強くなりました。友達の支えは本当に大きかったですね。

オリンピックではディフェンスでの役割が多かった東藤だが、高い得点能力も持つ[写真]=Getty Images

3年後の「パリでは勝利に貢献する選手になりたい」

――20歳でオリンピックに出場。やること見ることすべてがプラスになったのでは?
東藤 合宿の時からプラスなことしかないと思いながら過ごしていました。先輩方から1つでも多く、残すことなくすべて吸収しようと思っていました。

――次のパリ、その次のロサンゼルス・オリンピックまで期待してしまいます。
東藤 東京オリンピックに出たら燃え尽きちゃうかなと思っていたのですが、全然燃え尽きなくて(笑)。逆に、東京オリンピックは、つなぎ役というかディフェンスとして自分の役割を果たせばそれが合格ラインという立場だったけれど、パリでは勝利に貢献する選手になりたいという欲が出てきました。パリまでにもっと成長したいし、その先のロサンゼルスでは安定したプレーができる選手になりたいです。

――当面はどういったところを磨いていきたいですか?
東藤 3ポイントシュートが直近の課題だと思います。リング下付近のシュートセレクションなども含め、もっと高いスキルを身につけていかないといけないですね。

――改めてオリンピックの経験をどのように生かしていきたいですか?
東藤 あの経験が自分自身の成長につながっていて、一番は落ち着きが出ると思っています。これはオータムカップを経て思ったことですが、よく周りを見られるようになりました。

 瑠唯さんのゲームメイクの仕方なども一緒にやりながら学ばせてもらったし、『あんな選手になりたい』と思いながら、先輩たちの動きを見るようにしていました。いろんな先輩から学んだことをそのままプレーで表現したいです。

――トヨタ紡織では得点を取ることがメインですよね。
東藤 得点に絡んで、味方のシュートのアシストもしていきたい。ディフェンスでも、新しいシステムにうまく対応しながら、昨シーズンよりもっといいトヨタ紡織のバスケットができたらと考えています。

――9月のオータムカップでのブロック優勝はいい弾みになりますね。
東藤 勝ち方も良く、我慢して最後に逆転できた経験はこれからに生きると思います。

――決勝点のシュートは東藤選手が決めました。
東藤 実は残り時間が見えてなくて、周りが声出してくれなかったらわからなかったんです(笑)。ただ、「10、9」という聞こえたので焦りはなかったです。ファウルをもらえたらいいかなと思っていました。

 ああいった局面は最近なかったので、自分でもどうなるかわからなかったのですが、チームの雰囲気というか、あの時も私の感覚をみんなが信じてくれていたので、プレッシャーを感じずにでき、すごく楽しかったです。

――女子バスケットが注目されるシーズンでの抱負をお願いします。
東藤 今シーズンはチャンスだと思うし、メダリストはより注目されると思うので、見ている方たちに元気を与えられるプレーをしていきたいです。

取材・文=田島早苗

TOKYOの先へのバックナンバー

BASKETBALLKING VIDEO