2020.08.11

【車いすバスケリレーインタビュー 女子Vol.5】 萩野真世「持ち点変更によるシューターとしての覚醒」

シューターとしての才能も開花させ、女子日本代表の主力となっている萩野真世[写真]=斎藤寿子
新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年よりスポーツ専門ウェブサイトで記事を執筆。車いすバスケットボールの取材は11年より国内外で精力的に活動を開始。パラリンピックは12年ロンドンから3大会連続、世界選手権は14年仁川、18年ハンブルク、アジアパラ競技大会も14年仁川、18年ジャカルタの各大会をカバーした。

インタビューした選手に「現在成長著しい選手」「ライバルだと思っている同世代選手」「ベテランから見て将来が楽しみだと思っている若手」「若手から見て憧れているベテラン」などを指名してもらい、リレー方式で掲載するこの企画。車いすバスケットボール選手の個性的なパーソナリティーに迫っていく。

文=斎藤寿子

Vol.4で登場した北間優衣(カクテル)が「二人で一緒に頑張ってきた。マヨ姉がいなければ、きっとここまで頑張れなかったと思う」と慕うのが、2歳上の萩野真世(SCRATCH/宮城MAX)だ。ともに10代の頃から女子日本代表の次世代を担う若手として期待され、現在では主力としてチームに欠かすことのできない存在となっている。ローポインターながら、今や国内トップクラスのシューターとしても活躍する萩野。彼女にはプレースタイルの変化をもたらした転機があった。

メンタルの強さとスキルの高さを示したAOC初戦

 コート上ではどんな局面でも表情を崩さず、常に冷静に対応するクールなイメージが強い萩野。大きな舞台であればあるほど、相手が強ければ強いほど「自分がどこまでやれるか楽しみ」という気持ちがわいてくるのだという。ほとんど緊張することはなく、強敵を前にすると集中力が高まるというのだから、メンタルの強さは一級品だ。

 そんな萩野の真骨頂ともいえるプレーが見られたのが、昨年のアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)だ。同大会は東京パラリンピックの予選を兼ねて行われ、開催国枠の日本を除く各国にとって、世界最高峰の舞台への切符がかかっていた。

 予選リーグ第1戦、日本はオーストラリアと対戦し、結果は33-50と2ケタ差で敗れた。初戦という難しさも手伝い、ハイポインター陣が苦戦を強いられ、得点が伸びなかったのだ。

 しかし、そうした中で存在感を示したのが萩野だった。フィールドゴール成功率はチームトップの44.4%を誇り、チーム2位の10得点をマーク。さらにアシストもチーム最多タイの4を数えた。

 この試合では、萩野のメンタルの強さだけでなく、日本が誇るシューターとしての存在の大きさも示された。

昨年のAOCでは初戦から高確率でシュートを決め、メンタルの強さを見せた[写真]=斎藤寿子

 もともとは「得点」よりも「アシストプレー」を強く意識していたという萩野の考えが変わったのは、5年前のある出来事がきっかけだった。

 2015年9月、女子日本代表はリオパラリンピックの予選を兼ねて行われたAOCに臨んだ。萩野に突然の知らせが届いたのは、その2カ月前のこと。持ち点が、それまでの1.0から1.5へと上がったのだ。

 理由は、同年に開催された女子U-25世界選手権だった。同大会での萩野のプレーが1.5に相当するレベルにあると判断されたのだろう。大会最終日に、通達があったのだという。それだけキレのある動きとスキルの高さを示した証でもあり、はたから見れば、喜ばしいことに思える。だが、ことはそう簡単ではない。

 車いすバスケではコート上の5人の持ち点の合計が14点以内というルールがある。そのため、14点以内となる組み合わせで、ラインナップを考え、チームは戦略を立てる。誰か一人でも持ち点が変われば、ラインナップも戦略も変更を余儀なくされるのだ。

「自分ではどうすることもできないこととはいえ、予選の直前でしたから、なおさら責任を感じました。その時は、チームに迷惑がかかるなと思っていたので、1.5に上がったことをプラスにはとらえられなかったんです」

世界で勝つために強まった得点への意識

 しかし、リオ予選が終わり、東京パラリンピックに向けてチームが新たなスタートを切ったのをきっかけに、萩野は徐々に1.5となったことを受け入れるようになった。そして、プレースタイルについても考えを新たにしていった。

「1.0の時は、ピックをかけて相手の動きを封じ、ハイポインターの走るコースを作ったり、シュートしやすいシチュエーションを作ったりというプレーを一番に意識していました。でも1.5になった自分は、それ以上の働きもしなければいけないと思うようになったんです」

 この意識の変化によって、萩野はシューターとして覚醒し始めていった。今では3Pも強みの一つとなっている。

 車いすバスケでは、障がいによる体の機能が低いローポインターは、体の機能が高いハイポインターをいかすことが役割とされてきた。しかし現在、世界ではローポインターも得点に絡むプレーが増え、シューターとして活躍する選手も少なくない。

 それは男子に限らず、近年では世界トップクラスの女子もその傾向が強い。つまり、持ち点に限らず、どこからでも得点を奪うことができるチームでなければ、世界では勝てない時代となっているのだ。

 そんななか、持ち点1.5の萩野がシューターの一人として台頭してきたことは、女子日本代表の戦力アップにつながっていることは間違いない。そして、それは萩野自身も自覚している。

「これまで通り、いかにハイポインターが気持ちよくシュートを打てるか、そのためのプレーも磨いていきたいと思っています。それに加えて、持ち点1点台の自分がシューターとしても戦力の一人となれば、相手にとっては嫌なはず。どのプレーが飛び抜けてうまいではなく、どのプレーにも自信を持てるプレーヤーになりたいと思っています」

 来年の東京パラリンピックで、5大会ぶり3度目のメダル獲得を目指す女子日本代表。そのカギを握る一人として、萩野の存在は欠かすことはできない。

1年後、自身初となるパラリンピックで、萩野は実力を試すのを楽しみにしている[写真]=斎藤寿子

(Vol.6では、萩野選手が注目している選手をご紹介します!)

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