2019.02.06

北海道・礼文島から米国へ プロ生活8年、松田鋼季が見る世界のバスケ【松田鋼季@アメリカ独立リーグ日記】①

筆者・松田鋼季
北海道新聞・道新スポーツとバスケットボールキングのコラボ企画。レバンガ北海道の協力も得て、北海道のバスケ情報をお届けします。

 こんにちは。アメリカ独立プロバスケットボールリーグABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)のChicago Steam(シカゴ・スティーム)に所属している松田鋼季です。

■ジョーダンにあこがれて
 ABAは全米各地の約100チームが参加する独立プロリーグで、11月から3月までの約5カ月間、ホーム・アンド・アウェイ方式で戦います。ABAには、NBAや海外プロリーグを目指してスカウトやトライアウトに参加する選手も多く在籍しています。

Chicago Steamの仲間と(左から4人目)

 私は北海道の最北端に位置する稚内市からフェリーで2時間ほど、人口約2500人の礼文島で生まれ育ちました。幼少期は、バスケットをやっていた父と一緒に神様マイケルジョーダンを衛星放送や雑誌で見るのが日課で、当時の夢は当然「アメリカでプロバスケットボール選手になる」ことでした。しかし、礼文島にはバスケットボールはもちろん、ミニバスケをする環境もなく、野球とスキーに没頭していました。父から1対1で、バスケのルールやドリブルシュートを教わっていました。

■中学生に完敗、帰国したが・・・
 高校進学のため札幌に出て、ようやくバスケットボール部に。2年生の後半から試合に出られるようになりました。この時、恩師や仲間に恵まれたことで、この先もバスケットボールを続けたいと強く思ったのでした。そして日本大学(神奈川)に進学後、アメリカでプレーするという夢、そのためのトライアウトにどうしても挑戦したくなり、アメリカへ留学しました。

 単身ロサンゼルスに渡り、ストリートバスケが盛んな南カリフォルニアのベニスビーチに入りびたりました。身長2メートルを超す選手や、185センチの自分より小さいのにダンクシュートを軽々とする選手を目の当たりにし楽しい日々を過ごしていました。

 しかし、アメリカ人の中学生に1対1で完膚なきまでに叩きのめされ、心が折れてしまいました。「アメリカでプロ選手は無理」と痛感し帰国。2007年、北海道文化放送(UHB)に就職し、事件担当の記者になりました。

 報道記者の仕事は、とてもやりがいがありました。しかし、どうしても夢を諦められず、2011年にChicago Steamのプロテスト(トライアウト)を受験。3ポイントシュートが高確率で入り、一発合格。迷わずUHBを退社し、2011年に入団しました。

■ABAベスト4を目標に
 2軍まで合わせて約30人の選手中、ベンチメンバーであるロスターは12人。狭き門ですが、2シーズン目以降、ロスターから外れることは、ほとんどなくなりました。日本人らしい、低い姿勢からスティールを狙うディフェンスと3ポイントシュート、そしてアシストを武器に、これまで8年目を迎えることができました。途中、ほかのプロリーグへのレンタル移籍やNBAの下部組織のトライアウト、練習参加も経験しました。

3ポイントを狙う筆者

 現在、アメリカでもバスケはシーズン中盤から終盤。チームは、3年前までのチームメイトでABAのMVPを2度受賞しているANDRE MUSEがヘッドコーチに就任し、とてもバランスよく機能しています。今季は、6つに分けられた地区(Chicago SteamはNORTH CENTRAL REGION)で上位に入りプレーオフに進出、全米ベスト4を目指しています。

 これから、アメリカでの生活やバスケットボール事情について、記していきたいと考えています。よろしくお願いします。

文・松田鋼季(Chicago Steam)
<まつだ・こうき>北海道の離島・礼文町で生まれ、中学まで育つ。小中時代は学校にバスケットボール部がなく、野球部でキャッチャー。札幌北陵高校に入学しバスケットボールを始め、日本大学に進学。2007年に北海道文化放送(UHB、フジテレビ系)に入社。報道部で記者を務めた後、2010年からABAのChicago Steamに所属している。礼文島国際観光大使。スキーはSAJ検定一級。ピアノと釣りが趣味。185センチ、85キロ、33歳。
https://www.facebook.com/matsudakouki888/