2018.03.15

【NBA】今日は何の日? 20年前、レジェンドのチャールズ・バークリーがフリースロー成功数で歴代TOP10入り

現役時代に輝かしい実績を残してきたバークリー[写真]=Getty Images
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不世出と言っても過言ではないパワーフォワード

 今からちょうど20年前。1998年3月15日(現地時間14日)、当時ヒューストン・ロケッツに在籍していたチャールズ・バークリー(元フェニックス・サンズほか)が、サクラメント・キングス戦で9投中7本のフリースローを成功させた。

ルーキーシーズンを除く15シーズンすべてで、平均2ケタリバウンドを奪ったバークリー[写真]=Getty Images

 これにより、通算フリースロー成功数でウィルト・チェンバレン(元フィラデルフィア・ウォリアーズほか)が保持していた6,057本を抜き、バークリーは6,059本で歴代10位に浮上した。

 バークリーは198センチ114キロのパワーフォワードとして80年代中盤から90年代中盤にかけて、人気と実力を兼備したリーグトップクラスの選手として活躍したレジェンド。

 1984年ドラフト1巡目全体5位でフィラデルフィア・セブンティシクサーズに指名されてNBA入りすると、2年目の85-86シーズンから95-96シーズンまで、11シーズン連続で平均20得点10リバウンド以上をマーク。

パワーとスピードを兼備したバークリーのボースハンドダンクは迫力満点だった[写真]=Getty Images

 87-88シーズンにはキャリアハイとなる平均28.3得点を残し、平均のフリースロー試投数(11.9本)と成功数(8.9本)でも自己ベストと、当時はアンストッパブルなスコアラーとして対戦相手から恐れられた。

 サンズ加入1年目となった92-93シーズンには平均25.6得点12.2リバウンド5.1アシスト1.6スティール1.0ブロックをたたき出し、チームをリーグトップの62勝へと導いた功績を評価され、シーズンMVPを獲得。93年プレーオフではNBAファイナルまで勝ち進み、マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)率いるブルズと激突するも、2勝4敗で敗退。

親友のジョーダン(左)とは、93年ファイナルを筆頭に、激しいバトルを繰り広げた[写真]=Getty Images

 公称では198センチだったバークリーの身長だが、実際には194センチ前後しかなく、198センチにしたのは「響きがいいから」とバークリーが語っていたという話もあった。今ではガード並みの身長だが、バークリーが現役の時でも、パワーフォワードとしては明らかに低かったものの、横幅と自慢のパワー、そして幼い頃に公園の策を何度も跳び越えたことで身に付けたクイックジャンプを駆使し、得点とリバウンド、そしてアシストを量産してきた。

 キャリア16シーズンで通算2万3,757得点(歴代26位)、1万2,546リバウンド(歴代19位)、4,215アシスト、1,648スティール(歴代25位)を記録。今ではフリースロー試投数(8,643本)は歴代12位、成功数(6,349本)では歴代14位ながら、見事な数字を積み重ねてきた。これだけの実績を残すことのできる身長2メートル未満の選手は、今後現れることはないだろう。

92年と96年には、アメリカ代表の一員としてオリンピックに出場し、いずれも金メダルに輝いた[写真]=Getty Images

観ている者に強烈なインパクトを与えた男

 バークリーを語るうえで特筆すべきは、フィールドゴール成功率の高さだろう。インサイドでプレーする選手としては低身長の部類ではあったものの、キャリア平均で54.1パーセントと高かった。3ポイントシュートを除く2ポイントのシュート成功率では、80年代後半から90年代初期にかけて5シーズン連続でリーグトップに立ち、いずれも60パーセントを超えていた。最高到達点に達する速さに定評があったクイックジャンプに加え、マッチアップ相手との駆け引きの巧さとシュート力の高さがバークリーには備わっていた。

 “サー・チャールズ”の愛称で親しまれたバークリー。ファンやチームメートとの口論、相手選手を激高させるほどのトラッシュトーク、試合後に訪れたナイトクラブで喧嘩やトラブルを起こすなど問題児という側面もあったが、ユーモアあふれるコメントでメディアから引っ張りだこで、ファンからも愛され続けた“憎めない”男でもあった。

引退後は、持ち味であるユーモアを駆使してコメンテーターとして活躍中のバークリー[写真]=Getty Images

 それはバスケットボールをプレーしている時のバークリーが、まるで子どものように満面笑顔で楽しんでプレーしている姿が印象的だったからではないだろうか。キャリア中盤以降、背中や腰に負傷を抱えていたものの、バークリーはコートに立てば、チームを勝たせるべく全身全霊を込めてプレーしていたのである。

 観ている者の心を突き動かす選手——。それがバークリーという男だった。

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