2020.05.28

元ネッツのエグゼクティブがマーティン移籍を回顧「2度と同じチームにならなかった」

現役時代にネッツやナゲッツで活躍したマーティン[写真]=Getty Images
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ブルズやネッツでフロントを務め、2018年に殿堂入りしたロッド・ソーン

 5月28日(現地時間27日、日付は以下同)。かつてシカゴ・ブルズでゼネラルマネージャー(GM)を務め、ニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツではエグゼクティブを務めていたロッド・ソーンが、ネッツの実況アナウンサーを務める『YES NETWORK』のイアン・イーグルとのインタビューに応じ、ネッツ時代を振り返った。

 2018年に功労者としてバスケットボール殿堂入りを果たしたソーンは、NBAでエグゼクティブバイスプレジデントとして働いたほか、ブルズのGM、ネッツのエグゼクティブとしても活躍。現在はワシントン・ウィザーズでシニアアドバイザーを務めている。

2018年に功労者としてバスケットボール殿堂入りを果たしたソーン[写真]=Getty Images

 先日はウィザーズの実況アナウンサー、ジャスティン・クッチャーとのインタビューに応じ、「八村塁にとって、すばらしい1年目だね。これからはうまくなっていくだけだ。実に努力家だし、非常に頭がいい。今シーズンのベストルーキーの1人だ」と日本の至宝を絶賛していた。

 『NBA.com』へ28日に掲載された記事の中で、ソーンは84年のドラフト1巡目全体3位でマイケル・ジョーダン(元ブルズほか)を指名した時についてこう話している。

「本音を言ってしまうと、私にとってはワクワクさせるものだった。もし何らかの形で知られるようになるなら、その年に残っている指名可能なベストな選手をドラフトすることだからね。それは悪いことではないんだ」。

 5月18日まで5週にわたって配信された『ザ・ラストダンス』でも、ジョーダンをドラフト指名した男としてソーンは登場しており、ブルズとNBAの歴史どころか、自身の経歴をも大きく変えたと言っていいだろう。

ブルズのGMを務めていたソーン(左)は、84年のドラフトでジョーダン(右)を指名[写真]=Getty Images

「ケニョンはものすごいハートを持ち、全てを捧げてきた。コート上を走り回り、ジェイソンとすばらしいプレーを見せていたよ」と振り返る

 そのソーンは2000年6月にネッツのエグゼクティブに就任し、2010年まで約10年間をネッツで務めてきた。01年夏にトレードでジェイソン・キッド(元ダラス・マーベリックスほか)を獲得し、ネッツは01-02シーズンにシンデレラチームとなり、イースタン・カンファレンスを制してフランチャイズ史上初のNBAファイナル進出を果たす。

 ファイナルではロサンゼルス・レイカーズの前に4連敗を喫してシーズンを終えたものの、ネッツの躍進はすさまじく、ソーンは最優秀エグゼクティブ賞を受賞。ネッツは翌02-03シーズンにもイーストを制し、サンアントニオ・スパーズとのファイナルに敗れはしたものの、2勝4敗と奮戦。

 その当時、キッドと共に主力を務めていたのがケニョン・マーティンとリチャード・ジェファーソン(共に元ネッツほか)。パワフルで驚異的な身体能力を駆使した豪快なプレーで観衆を沸かせた両フォワードは、キッドが繰り出す変幻自在のパスワークから破壊力満点のダンクをたたき込み、ディフェンスでもエネルギッシュなプレーでネッツの躍進に大きく貢献していた。

攻防両面でエネルギッシュなプレーを見せたマーティン[写真]=Getty Images

 ソーンはリチャードソンについて「これまでの中で、大好きな選手の1人。人間性もすばらしく、本当にいい選手であり、あのチームの中でもすばらしい男だった。努力を重ねて、有能なシューターになったんだ。ネッツの中で恐ろしくもすばらしい選手だったね」と回顧。

 そしてマーティンについて聞かれると、ソーンは思い入れが強かったと感じさせる言葉を残していた。

「ケニョンがチームを離れた後、我々は2度と同じチームにはならなかった。彼の代わりはずっと見つからなかったんだ。彼はものすごいハートを持ち、全てを捧げてきた。コート上を走り回り、ジェイソンとすばらしいプレーを見せていたよ。少し小さなティム・ダンカン(元スパーズ)だったけど、このチームのために最高の仕事をしてくれた。私はあの男が大好きだ」。

 キッドのパスで水を得た魚のように暴れ回り、相手チームのリング下を強襲したマーティンは、206センチ106キロという恵まれた体格に超人的な身体能力と人一倍激しい競争心を兼備し、攻防両面でネッツの躍進をけん引した功労者の1人。

 だが2004年夏にデンバー・ナゲッツへと移籍。ネッツはその後、ビンス・カーター(現アトランタ・ホークス)を獲得してプレーオフには出場し続けたものの、ファイナルまでたどり着くことはできなかった。

 マーティンはナゲッツでもプレーオフチームのスターターとして活躍したものの、最も輝いていたのはやはりネッツ時代だった。キッドとジェファーソン、そしてマーティンを加えた3本柱による連係プレーを、もっと長く見ていたかったと思う人は今でも多いのではないだろうか。