コーチKことマイク・シャシェフスキーHCが語る2008年北京オリンピックでのコービーのエピソードとは?

北京オリンピックでアメリカ代表を金メダルへ導いたコーチK [写真]=Getty Images

コービーの新たなエピソードをシェアしたコーチK

 “コーチK”ことデューク大学の名将、マイク・シャシェフスキーHC(ヘッドコーチ)。彼は2006年の日本で行われたバスケットボール世界選手権から、16年のブラジルで開催されたリオデジャネイロオリンピックまで男子アメリカ代表のヘッドコーチを務め、しばらくの間国際大会で金メダルを獲得できなかった代表チームを立て直し、オリンピック3連覇に導いた実績を持つ。

 そんなコーチKが、JJ・レディック(ニューオーリンズ・ペリカンズ)のポッドキャスト、『The Old Man and the Three』に出演。2008年の北京オリンピックでのコービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)にまつわるエピソードをシェアした。

「アメリカ代表のバスケットボールチームのカルチャーを形成し始めた時、そこにはコービー、チャウンシー・ビラップス(現ロサンゼルス・クリッパーズAC/本戦には出場せず)、ジェイソン・キッド(現レイカーズAC)が加わっていた。北京への準備はできていて、ラスベガスでチームスタッフと一緒にいた。すると突然ドアのノックの音がして、2日早くコービーが現れたんだ」と、コーチK。

 当時のアメリカ代表は2004年のアテネオリンピックでは銅メダル、2006年の世界選手権でも3位という結果であり、この年のチームは『リディーム・チーム(名誉挽回)』と称されていた。代表チームにはレブロン・ジェームズ(レイカーズ)、ドウェイン・ウェイド(元マイアミ・ヒートほか)、ドワイト・ハワード(レイカーズ)、カーメロ・アンソニー(ポートランド・トレイルブレイザーズ)、クリス・ポール(オクラホマシティ・サンダー)などの豪華なキャストが集結。シーズン中のケガの影響もあり、2008年にして初めて国際大会に出場できるコービーも、相当気合が入っていたことだろう。

チームメートたちと大会優勝を喜ぶコービー[写真]=Getty Images


 そのためタレント溢れるチームの中で、コービーはこの大会では持ち前の得点力ではなく、ディフェンスにフォーカスした。「『対戦相手のベストペリメータープレーヤーを、俺は毎試合ガードしたい』とコービーは言った。当時の彼はNBAの得点王であり、同時にリーグの最高の選手でもあった。そして自分自身が少しだけ変化を受け入れて、リーダーになる必要があることをわかっていたんだ」とコーチKは語る。コービーもその後の2009年と2010年のNBAファイナル2連覇のためにも、さらなる成長が必要であったことをわかっていたのだろう。コーチKは続ける。「彼と(マイケル)ジョーダンは同じ目を持っている。その鋭い眼差しで相手を怖気づかせてしまうんだ。そうして彼は私にこう告げたよ。『コーチ、約束しますよ。俺が完膚なきまでに敵を叩き潰すと』」。

 コービーが生涯ショットを放ち続け、時にはパスを出さないことを批判されていたのは有名な話だ。しかしコーチK曰く、「最初の練習で彼はショットを打たなかった。だから彼には、『私は今まで君がオフェンスで対戦相手を叩き潰す姿を目にしてきた。しかしここではひどいショットを放つだけで終わりなのか?』と伝えたんだ。だから私は唯一彼にショットを放つように仕向けたコーチだった」と、コービーはそれほどまでに守備に重点を置いていたそうだ。しかし自身の得点よりもチームの優勝を何より優先したことがうかがえる。

スペインとの決勝戦では4ポイントプレーを決め、のちに有名なシーンとなった[写真]=Getty Images


 そうしてコービーは、大会期間中に平均23.5分の出場時間で15.0得点2.8リバウンド2.1アシスト1.1スティールをマーク。さらに“ブラック・マンバ”の異名に相応しいタフなロックダウンディフェンスで相手プレーヤーを苦しめ、有言実行を果たしたのである。死闘を繰り広げたスペインとの決勝戦では、第4クォーター2点差まで追い詰められた場面から3ポイントシュートにアシストとチームをけん引。極めつけは試合終盤に4ポイントプレーを成立させ、左人差し指を唇に添えたシーンは彼のキャリアでも非常に有名なハイライトプレーの1つとなった。最終的にオリンピック金メダルに返り咲いたアメリカ代表だが、コーチKの語ったコービーの勝利に対する姿勢も、間違いなく代表チームに大きな影響を与えたことだろう。
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