8月3日、千葉ジェッツの原修太が母校の習志野市立習志野高校を訪問。後輩となる男子バスケットボール部の部員に、自身の背番号にちなんだ“31”個の校名入りボールとプロテインを贈った。
今回の訪問は、習志野高校男子バスケットボール部の顧問である黒田裕先生の要望によって実現。黒田先生は原と入れ替わるタイミングで同校に赴任したコーチだが、原が卒業後も時折母校に顔を出していたこともあって、連絡を取り合う仲だという。
母校には「結構ひさびさに来た」という原。最初は千葉の田村征也社長や池内勇太GMらとともに、習志野高校の岩波永校長と挨拶を交わした。
その後は、プレゼント用のタペストリーにサインを入れて記念撮影。原は自身の等身大タペストリーを掲げての撮影に、少し照れくさそうな表情を見せつつも、母校とあってか終始リラックスした様子だった。
撮影のあとは体育館に移動し、後輩たちに激励の声をかけるとともにボールとプロテインをプレゼント。肩を組んで記念撮影を行い、サインにも快く応じた。
■「自分のことで精一杯だった」原修太が変わったきっかけ
後輩たちとの交流を終え、あらためてメディア対応に応じた原は、今回の取り組みへの想いを明かした。
「プロに入って1、2年目の頃は自分のことで精一杯で、周りが見えていなくて、自分が活躍するのが大事だと思ってバスケをしていました」
そう昔の自分を振り返る原。しかし、現在はまた違った考えを持っている。
「高校だけではなくて、小学校や中学校、自分が育った場所や千葉県にプロバスケットボール選手だからできることはないかなと思っています」
そうした思いが芽生えたきっかけは、約2年前に厚生労働省が難病指定している潰瘍性大腸炎と診断されたことだという。
「入院して考え方がすごく変わりました。今までそんなこと思わなかったのに、同じ病気のアスリートいないかなと思って探して、見つけたら安心したり、勇気をもらえました」
「自分が高校生や大学生のときにはBリーグがなくて、プロの試合もあまり見ていませんでした。だから、ファンの皆さんに喜んでもらえるようにプレーしていましたが、プロ選手に勇気をもらうという感覚が自分では実感できていなかったんです。けれど、2年前に病気になったことでそれを感じることができて、(自分も)みんなに勇気を与えられるんだと思って、何かできることないかなといろいろ始めてみるようになりました」
原が潰瘍性大腸炎と診断されていることを明かしたのは、今年7月になってのこと。「周囲に余計な心配をかけたくない」と伏せていたが、「同じ病気と戦っている人たちや目標に向けて努力する子どもたちに元気を届けたい」という思いから公表に踏み切った。
公表の際、原はクラブ公式サイトを通じて「これから試合以外でもいろいろな活動にチャレンジしたいと考えていますので、ぜひ皆さんも温かく見守ってもらえたらうれしいです!」とコメント。その直後には、長期療養中の子どもたちとオンラインで交流してエールを送るなど、早速精力的な活動を見せている。
「引退してからだとインパクトに欠けてしまう部分もあるので、現役のうちにいろいろやっていきたいと思います」と語る原。今後も千葉の#31がコート内外で見せる姿に注目だ。