■Bリーグ開幕に向けて体制を一新
Bリーグ発足に伴って、アルバルク東京のほぼすべてが変わった。新法人(トヨタアルバルク東京株式会社)の発足は2016年6月1日。トヨタ自動車に加えて三井物産フォーサイトが出資し、経営陣やスタッフといった運営体制も完全に一新された。チームカラーも緑から赤と黒に変わり、11月上旬には新マスコットのお披
林邦彦社長はトヨタでなく三井物産側の出身。「フロントと言われる事務方が11名いて、そのうち9名が専門性を持った外部人材」(林社長)というから、親会社からの天下りとはどうやら無縁だ。新法人の立ちあげメンバーにはNBAでキャリアを積んだ人材もいる。また三井物産フォーサイトは広島カープなどプロチームのエンターテイメント、マーケティングに携わってきた関連企業。そういったノウハウは、まさにBリーグでも必要とされる部分だ。
「(年間売上の)目標が10億円規模。プレーでも経営でもBリーグをけん引できるクラブを目指す」(林社長)というのが彼らの目標だ。そもそもアルバルクはプレーオフこそ準決勝敗退にとどまったが、昨季のNBLレギュラーシーズンを47勝8敗の最高勝率で終えたチーム。Bリーグの頂点を目指すことは、自然なことだろう。
■“コーチT”よるチーム構築
現場を見れば今季はNBA経験を2シーズン持つガードのディアンテ ギャレット、日本代表の常連、竹内譲次(センター/フォワード)といった強力な人材が新たに加入した。代々木第一体育館のBリーグ開幕節は琉球ゴールデンキングスを連破し、第4節を終えて7勝1敗と順調に勝ち星を積みあげている。ただチーム内はひたすらハングリーだ。15日の仙台89ERS戦(95-69で勝利)を取材して、彼らが目指すレベルの高さを思い知った。
アルバルクのヘッドコーチ(HC)はチーム内で“コーチT”と呼ばれる伊藤拓摩氏。野球の内川聖一(福岡ソフトバンクホークス)、サッカーの大久保嘉人(川崎フロンターレ)と同じ34歳の青年指揮官だ。開幕前には「グッドでなくグレートな、常に優勝を狙えるチームにならなければならない」と語っていた彼にチームの現状を問うと「息が合ってない」というシビアな答えが返ってくる。
ギャレットは早くも本領を発揮しているように見えた。緩急と鋭いステップを活かし、ゴール下まで切れこむドライブは圧巻。3ポイントの決定率も高く、15日の仙台戦は25ポイントを挙げる大活躍だった。Bリーグの外国籍選手はほぼ全員がパワフルなビッグマン(センター/パワーフォワード=インサイドを任される大型選手)だが彼はガード。本場の技と創造性を見せてくれる貴重な存在だ。
ただ伊藤HCに「ギャレットも日本のバスケ、チームに慣れてきましたか?」と水を向けると、彼は強く首を振った。
「全然。本人も納得いっていないと思います。日本の選手は(守備が)足元に入ってくるんです。アメリカ人とかは上を合わせてくるから、そこを外せばいい。日本人は足元に入ってくるので、彼はそれが怖くて(シュートを)ポロポロ落としている。求めるのはもっと高いところです」(伊藤HC)
そもそもアルバルク東京は“エース”がいないチームだ。リーグ戦のボックススコアを見るとプレー時間を分け合い、得点者も広く分散している。15日の仙台戦はギャレット、竹内に加えて松井啓十郎、田中大貴、トロイ ギレンウォーターの計5人が2ケタ得点を記録した。戦術的にも局面に応じて主役と脇役が入れ替わり、スペースを空ける動きと活かす動きが自在に噛み合っていく。それがアルバルクの目指すオフェンスだ。竹内も「誰がというわけでなく、5人全員が動いてというシステム」と説明する。
伊藤HCはこう話す。「うちは(型にはまった)セットじゃなくて、読みのオフェンスなんです。去年より難しくてオプションが多い。だから息が合ってないと厳しい」
ただ、チームは生みの苦しみでなく、生みの喜びを味わっている。竹内も「今はどんどんチャレンジして失敗して、質の高いバスケをできるようにしている段階。ただ得点が分散しているというのはいい兆候。HCからも『去年の今よりかは、今年のチームの今の方がいい』と言われている」と口にする。伊藤HCも「今のプロセスには満足しています」と“経過”については及第点を出す。つまりアルバルクは“順調かつ発展途上”の状態にある。
■日本代表の戦力底上げを促す
アルバルクにもしバスケ界をけん引する野心があるなら、まず「世界に通用する選手やチームの輩出」というBリーグの掲げる使命を果たさねばならない。外国人同士が潰し合って、日本人選手が高レベルの経験を積めない――。それは代表強化と絡むBリーグの課題だった。日本人と外国籍選手の対決を増やすために、オン・ザ・コート(外国籍選手の同時起用)の数をピリオドごとにクラブが自由に選択し、「ズレ」を作る仕掛けさえ用意されている。アルバルクでは竹内が普段から外国籍選手を封じる、リバウンドやスクリーンなどでマッチアップする仕事を任されている。207センチ(双子の兄、公輔とともにB1日本人最長身)という体格に加えて、それだけのスキルとキャリアを持っているからだ。
そもそも彼の存在があるから、チームは外国人枠でアウトサイドの選手(ギャレット)を起用できる。竹内自身もそんな起用にやりがいを感じている様子で、「自分にとってはいい刺激。成長も促してくれる」と胸を張る。竹内は2020年の東京オリンピックを34歳で迎えることになるが、今の起用のされ方は代表につながるはずだ。アルバルクの戦いの先には、日本の底上げがある。
全国をファンとアンチに二分していた二十世紀の読売巨人軍のようなチームが、Bリーグに誕生してもいい。Bリーグにはドラフト、サラリーキャップ(年俸総額規制)といった制度もなく、突出したクラブが生まれても不思議はない。アルバルクは当然、その候補だ。
リーグの象徴となるクラブがあれば、バスケを見始めるファンを引きつけるだろう。全国紙やテレビのキー局が運動部の記者、カメラを出すのは1節あたりせいぜい1試合か2試合。身もふたもない話ではあるが特定のチームを主役に据える報道はわかりやすく、出し手にとって効率がいい。実際にフジテレビ系列による開幕戦中継で、彼らはそういう役を振られていた。
■期待される「憎らしいくらいの強さ」
大河正明チェアマンも10月上旬の記者会見で「アルバルク東京が憎たらしいくらい強くなってほしいという期待感も個人的には持っている」とコメントしている。それは決して個人的な肩入れでなく、そういう“キャラ立ち”がBリーグの振興に寄与するからだろう。揶揄の意味も含まれたエリート呼ばわりや、憎まれ役扱いは彼らにとって不本意かもしれない。しかしそれを受け入れて、逆に利用するくらいのしたたかさが、プロには必要だ。もちろん「巨人軍」の意味が資金力と政治力でリーグを支配するという意味なら芳しくない。ただ1950年代、60年代の巨人は競技面でも間違いなく日本の野球を引っ張る存在だった。日系アメリカ人ウォーリー与那嶺はアメリカから本格的なスライディングを日本に持ちこんだ。川上哲治監督はロサンゼルス・ドジャースの戦術に学び、我が国の野球を近代化した。
アルバルクもマルチカルチャーで、先進的なチームだ。伊藤HCは高校時代から10年間にわたってアメリカでバスケを学んだ。松井と伊藤大司(伊藤HCの実弟)も高校、大学時代をアメリカで過ごしている。日本人登録のセオン エディ、バランスキー ザックも含めてバイリンガルの選手、スタッフを意図的に集めてきた。つまりアルバルクは日本的な学閥派閥と縁が薄く、アメリカの基準で動けるチームだ。
ただそんな彼らもBリーグの三つの使命の残る二つ「エンターテイメント性の追求」、「夢のアリーナの実現」には少し時間がかかるだろう。現ホームアリーナの代々木第二体育館は日本バスケの聖地的存在だが、最大収容人数は3千人以下。椅子や飲食、照明も含めて施設面がプロ仕様でない。場内の演出も無難にまとまっていたがオリジナリティに乏しく、ブースターの熱も決して高くない。
林社長も「公表はされていないけれどアリーナの建設予定、計画があると聞いている。この1年で探していく」と明言しており、そう遠くない時期に移転地が明らかになるはずだ。新アリーナという器を得て初めて、アルバルクはBリーグの“巨人”となり得る。
アルバルクは今週末に、アウェイで栃木ブレックスと対戦する。ブレックスもここまで7勝1敗という戦績を残しており、東地区はもちろんB1全体の覇権を争うアルバルクのライバルだ。スポンサー営業、地域密着といった面についてはアルバルクの先を行く存在でもある。
ブレックスは日本バスケのレジェンドである田臥勇太や、昨季のレギュラーシーズンMVPであるライアン ロシターを擁し、今季は竹内公輔も加入。譲次との“兄弟対決”という見どころもある。22日、23日のブレックス対アルバルク戦は、今季のBリーグを占う注目の一戦だ。
文=大島和人