2016年9月22日に産声を上げた日本の男子プロバスケットボールのトップリーグB.LEAGUE。その立ち上げの歴史や、苦労、本質的なスポーツビジネスのポイントをまとめた『稼ぐがすべて』が出版された。執筆者のBリーグの葦原一正事務局長は、「人材採用論」、「リーダーシップ論」、「事業戦略論」、「マーケティング戦略論」や「営業論」などスポーツビジネス関係者のみならず、“ゼロからイチ”を創りだすことに試行錯誤するビジネスパーソンに参考にしてほしいという想いで筆を取ったという。新リーグを立ち上げ、日本のスポーツビジネスを知り尽くす葦原事務局長に、3年目のBリーグへの想いとBリーグの根幹となるスポーツビジネスの本質について話を聞いた。
取材・文=村上成
稼ぐことから逃げないことが重要
――今回Bリーグ開幕までの準備期間の1年、それから今シーズンの開幕までの2年をまとめて本を出されました。その中で人材採用やリーダーシップ、さらに事業戦略などといろいろ語られる中で、インパクトがある『稼ぐがすべて』というタイトルを選ばれた理由から教えてください。
葦原 正直、最初に出版社の方からタイトルの提案をもらった時は、「えっ!」と思いました。まるで金の亡者みたいなタイトルなので(苦笑)。今でも覚えていますけど、タイトルを聞いた直後に「ちょっと(このタイトルは)嫌です……」とハッキリ言いました。ただいろいろと考えれば、出版社側のギャップ戦略が狙いだとも言えますし、「稼がないとすべてが始まらない」ということは、本を読んだ人にはわかってもらえるはずです。タイトルの負のイメージから、読後の良いイメージに変換されるので、悪そうに見えて実は真面目っていうギャップと同じだなと。そう考えれば、今は非常に良いタイトルだなと思っています。とは言うものの、当初は「このタイトルやめませんか?」と2度言いました。タイトルが正式に確定した後にも「やめませんか?」と聞いていたりしていました(笑)。
――本書の前書きにもありましたが、これまでのスポーツ競技団体は、まず普及・競技強化があり、最終的に稼ぐ、お金がついて来ればよいという考え方に立っていたかと思います。しかしこの本の中では、最初にまずしっかりと収益を上げる。最初にまずは稼ぐ。そして収益があって、その後に競技強化や普及に力を入れるというお話でした。この考え方は従前とは真逆ですね。
葦原 そのお話については、私がBリーグに入った初日から言い続けています。ところが、当初はバスケットボール関係者の中でも「競技普及して、競技人口が増えて、今60万人いる登録者が100万人になれば、日本代表は強くなります。強くなったら人気も出ます、テレビにも出ます。そしたら、アリーナに来るお客さんも増えます!」みたいな話をよく聞きました。僕からすると、それで成功しているモデルが日本の競技団体、もしくは世界の競技団体にありますかと疑問に思っていました。基本的に、他の競技団体もそうですが、勝率とお客さんの入場数って相関性は高くありません。
そもそも普及したから強くなるという話で言えば、すでにバスケットボールの競技登録者数は60万人もいるのに、日本代表は弱いじゃないかと思っています。そこも非相関だと思いますし、そんな不確実な2段ロジックでどうやって成功させるのですかという思いでいました。
――確かにバスケットボールに関しては、すでに登録者人口、競技人口は多いのだし、十分普及しているじゃないかという実感もあります。
葦原 そうです。今でこそ、期待値が高まってきましたが、男子日本代表は当時アジアで7番目。2020年の東京オリンピックにも出場できそうにありませんという状況で、「強くなってから儲かる」と主張する方に対しては、「ではそれを証明してください」ということなのです。何を言いたいかというと、「逃げているだけですよ、みんな。言い訳しているだけ」。そんなこと言っていたらいつまでたってもダメだと思いますね。正直なところ、バスケットボール界の関係者も、稼ぎ方がわかっていなかったと思います。結局、「言われれば確かにそうだ」という話なのでしょう。みんな「そうだよね」、「そうだよねって」で、「どうやって稼ぐ?」というのが当時の状況だったと思います。
――「稼ぐ」ことと比べると、普及や強化という経験があり、やったことがある方に懸けたいという気持ちが強かったのでしょうか?
葦原 そうですね。例えば会議やっても、「競技者人口増やす」とか「代表を勝たせる」という議論はとても活発な議論をします。それこそ、1時間の会議であれば59分その話になっていました。
――知らないことは議論できないですよね。マネタイズに関して経験を積んでいないということはやはり大きいということでしょうか。
葦原 余計なお世話かもしれませんが、今後、他の競技の統括団体が一生懸命に、なんとかその競技やスポーツを発展させたいと思っているなら、そこは一番強く「(マネタイズから)逃げてはいけない」と言いたいですね。
――これから成長を目指すスポーツ団体の関係者には手に取ってほしいということも本書の狙いになりますね。
葦原 はい。一方、出版社からは、ビジネスマン、一般の人に向けて書いてほしいというリクエストもありまして、書店のスポーツの棚ではなく、ビジネスの棚に置きたいという要望でした。難しいこと言うなと思いましたが(笑)。
ですから、スポーツのコアファンではなく、30代~40代の、何か“0”から“1”を立ち上げようとしている人が1ミリでも参考になるような本にしたいという思いで執筆しました。本当はバスケットボール関連で書きたいことがたくさんあるのですが、そこはグッとこらえました。
目先の数字にとらわれず投資する感覚を持つ
――本書の中には様々な話がありました。「目先の10円、遠くの100円。どっちを取るか?」という話がありますが、ちょっと面白いなと思ったのですが、普段からリーグの中でも話をしているのでしょうか?
葦原 本を読んだ野球時代のスタッフからも「目先の10円の話は、いつも話していましたね」という感想をいただきまして、昔からその話をしていたようです(笑)。要は、手堅い10円を取るのか、リスクがあっても、もしくは投資してでも遠くの100円を取るのかっていう話でして、一番言いたいのは目先の小銭を追うなということです(笑)。
――もう少し具体的に例示していただけますか?
葦原 何かに投資をする時に、多くの方が“コスト”と考えてしまいます。例えばファンサービスをする時に、「これで何人動員できる?」と言ったら、そのイベントの費用に300万円かけて、結局100万円しか稼げませんというのはよくある話です。そこで「それってダメだね」という結論になってしまうと、何をやっても全部が「ダメ、ダメ」となってしまうのです。
「これでライトファンに投資して、いつか来てくれて、客単価もぐっと上がって回収できるね」という視点に立てば、それはコストじゃないよね、投資だよねという判断ができます。だから目先の数字にこだわらず、投資する感覚を持たないと全部シュリンクしてしまいます。
――投資する感覚を持つということですね。
葦原 ですから、リーグ内ではKPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)や、費用対効果という話は大事ですが、あまり細かく運用していません。費用対効果の測定方法次第ですが、KPIが単純に入場者数やチケット収入だけとかになると、時として投資対効果が合わなくなってしまいます。スポーツは「エモーショナルマーケティング」で。であることの部分も大事にしていきたいと思っています。
――葦原さんは、かなりこだわって分析をして、データを回してというイメージが強く、KPIにそこまでこだわらないというのは、意外な印象です。
葦原 KPIは大事ですが、本質を外したKPIを設定した瞬間、すぐに費用対効果で「あれもダメ」、「これもダメ」となってしまいがちです。。マーケティングをやる人ほど、意外とその辺はファジーな気がします。
――KGI(Key Goal Indicator/重要目標達成指標)があり、中間仕様としてKPIを設けて、細かく追っかけるマーケターもいますね。
葦原 そこまで本質がわかったうえでやっているのであれば良いのですが、まだまだ世の中で費用対効果ならKPIと言った瞬間、目先の費用の回収という感覚が多いですね。KPI管理も大事なことですが、何より本質をしっかり全員理解することがまず大事だと思っています。
――ちょっと違うかもしれませんが、本書の中に「GIVE&GIVE&TAKE」という話もあります。
葦原 ギブ&テイクも、「これをあげるから、これちょうだいね」みたいな関係をイメージすると思いますが、それではとてもザラザラした関係になってしまいます。本にも書きましたが、誰かが困っている時に、「良い人を紹介しますよ」とか、「何か手伝いましょうか」など、そういったことを積み重ねていくと、僕が本当に困った時にパッと助けてくれる人との関係性を大事にしたいですね。僕がチケット100枚売らなきゃいけないというような時ですが(笑)。使った費用をすぐに回収ということとも類似しますが、人の関係も同様に、すぐに回収ということを考えてしまうと窮屈なことになりますね。
いずれにせよ、リアルな世界をウェットにしたいのです。そのためのスポーツだと思いますし。サッカーボール1個あれば、もしくはバスケットボール1個あればみんな友達ができるじゃないですか。それと同じで、物事を進める時もお互いの信頼関係、相手への恩義で考えたいと思っています。
――随分タイトルと違って本当に浪花節的な感じですね(笑)。
葦原 そうですね。立ち上げ時の広報部長が考えた戦略だと思いますけど、何でも数字で判断するとか分析好きなど、そういうイメージを付けられてしまって……。何かいうと取材も全部そっち系なのは、正直悩ましいです(笑)。
※後編に続く