BリーグやWリーグの選手たちに、高校時代のことを振り返ってもらうインタビュー企画、
第8回は秋田県の能代工業高校出身の長谷川技だ。
バスケ一家の末弟として知られている長谷川選手が能代工業に進んだわけ、
その高校バスケ界の超名門校でどのように過ごしたのか。
さらに新型コロナウイルス感染拡大の影響で思い通りにバスケができない部活生へメッセージを送ってもらっている。
写真=B.LEAGUE
取材協力=川崎ブレイブサンダース
兄たちの後押しを受けて高校バスケの超名門の扉をたたく
――バスケを始めたきっかけは?
長谷川 小学4年生の時に本格的にスポーツ少年団に入って始めました。ただその前からすでに始めていた兄と庭などで一緒にバスケをしていました。
――当時のプレースタイルは?
長谷川 小学6年生で175センチくらいありましたし、ボールも運べたのでそのまま自分で持っていってインサイドで簡単に点を取ってました。
――ミニバス、中学時代、思い出に残っている試合は?
長谷川 僕のバスケ人生で唯一ユニホーム貰えなかった中1の最初の大会ですね(笑)。
――お兄さんたちは地元の高校に進学しましたが、長谷川選手は能代工業高校に進学しました。その理由は?
長谷川 最初は県内の高校に行くつもりでしたが、能代工業に声をかけていただいたからです。
――能代工業に進学が決まった時の心境は?
長谷川 中学時代は特に能代工業とか興味なかったんですけど、声もかけていただいて。兄たちにも「行ってこい」と言われたので、行ってみるかって感じでした。
――同じ東北とは言え親元を離れる不安は?
長谷川 親元を離れる不安は特になかったと記憶しています。
――とはいえ、能代工業といえば、高校バスケファンなら知らない人はいない超名門チームです。入学して驚いたことがありましたか?
長谷川 「どんだけ走るの?」「5対5練習ないの?」って感じで、やっぱりキツかったですね。
――環境の変化に適応するためにはどんなことに注意すればいいのでしょう。
長谷川 周りをよく見て、行動することでしょうか。
――当時の加藤三彦(現:西武文理大学)監督の印象は?
長谷川 今思えばあそこまで結果を残してるのがすごいと思いますし尊敬します。
――インターハイ、国体、ウインターカップで思い出に残っている試合は?
長谷川 3年の時の佐賀インターハイと、地元での開催だった秋田国体での優勝です。
――高校3年間を振り返って、どのような点で成長できましたか?どんなことを学びましたか?現在の自分に役立っていることは?
長谷川 部活では挨拶や礼儀を学ぶことができました。これは社会人になっても役に立つと思います。
――休部などで部活ができない選手たちへ励ましのメッセージをお願いします。
長谷川 新型コロナウイルス感染拡大の影響で思い通りに部活ができないかもしれませんが、探せばやれることはたくさんあると思います。ライバルに差をつけるチャンスだと思って頑張ってください。
――部活に励む中高生へ何かアドバイスはありますか?
長谷川 コロナが終息したら部活ができることを当たり前に思わないで、部活ができる環境にしっかり感謝して。そして部活に励んでください。
長谷川技(はせがわ・たくみ)川崎ブレイブサンダース
高校バスケ界の名門、能代工業高校出身。3年生の時には満原優樹(琉球ゴールデンキングス)らとともに、インターハイ、国体を制して高校タイトル2冠を達成した。高校卒業後は拓殖大学に進学、そして東芝(現川崎ブレイブサンダース)に入団。バスケIQが高く、チームの危機を未然に防ぐゲームの読みには定評がある。現在も川崎の攻防の要として、なくてはならない稀有の存在だ。