バルセロナに栄光を導いたスーパースター
スペインバスケットボールのアイコンであり、所属するバルセロナでは20年もの間チームの顔として活躍したファン・カルロス・ナバーロが、クラブを通して現役引退を発表した。ナバーロは、昨年行われたFIBAユーロバスケットを最後に代表活動からは引退をしていたが、今回は選手生活にピリオドを打った。現役引退後は技術スタッフとしてチームに残ることになっている。
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— Barça Basket (@FCBbasket) August 17, 2018
ナバーロは1997年にスペインリーグでプロデビュー。その後、2007−08シーズンでNBAメンフィス・グリズリーズに所属した1シーズンを除く20シーズンをバルセロナ一筋でプレー。バルセロナからのリリースによれば公式戦1,139試合に出場し、通算得点は13,609得点を数えたという。
ナバーロが獲得したチームタイトルはスペインリーグの5回をはじめ、ユーロリーグも2回制するなど、実に合計35個。さらに9度のMVPに選出されるなど、スペインだけでなくヨーロッパを代表する選手として知られている。
国際大会でも輝かしい経歴を持つラ・ボンバ
さらにスペイン代表での実績も見逃せない。パウ・ガソル(サンアントニオ・スパーズ)らとともにスペイン黄金世代を形成。1999年のFIBA男子世界ジュニア選手権の決勝でアメリカ代表を破り初優勝を果たすと、2000年のシドニーオリンピックでA代表の公式戦にデビューした。
ナバーロは、FIBAユーロバスケットに7回、オリンピックに5回、FIBAワールドカップ(世界選手権)にも4回出場。代表として251試合出場はスペインでは最多出場を誇り、長きにわたり自国に栄光をもたらした。オリンピックでは、2008年北京大会、12年ロンドン大会で銀メダル、16年リオ大会で銅メダルに輝き、FIBAユーロバスケットでは09年と11年の2回、優勝に導いている。
多くのファンを日本に持つナバーロだが、思い出されるのは、2006年、日本で開催されたFIBA世界選手権だろう。スペインは準決勝でアルゼンチンを破り、決勝に進出。しかし、この準決勝でパウ・ガソルが足の小指を骨折して決勝には欠場。アメリカを破って決勝に勝ち上がってきたギリシアとの決勝戦、ナバーロはチームメイトのホルヘ・ガルバホサ(元トロント・ラプターズほか)とともに両チーム最多タイの20得点をゲット。”ラ・ボンバ(爆弾男)”のニックネームそのままに、爆発的な得点能力を遺憾なく発揮、スペイン代表を初の世界チャンピオンに導いた。
試合終了のブザーが鳴ると、ナバーロはそれまでの感情を抑えたポーカーフェイスを一転させ、喜びを爆発。スタッフが準備した日本と漢字が書かれたハチマキを上下逆さに巻いて、コートで歓喜の雄叫びをあげたことを記憶している人も多いことだろう。NBAを除く海外選手の中では最も日本人に愛されたとも言えるナバーロ。今後は後進の育成に手腕を発揮することになるが、ここで1本シュートが欲しい場面で決めてきたその勝負強さを継承する選手が出てくることを期待したい。