ダニー・エインジGMが2011年のパーキンス放出について言及「後悔したことはない」

2011年2月のパーキンス放出について振り返ったエインジGM[写真]=Getty Images

プレーオフのシリーズで無敗を記録していた先発陣を解体したエインジGM

 2011年2月25日(現地時間24日)。ボストン・セルティックスは先発センターを務めていたケンドリック・パーキンス(現未所属)をネイト・ロビンソン(元ニューヨーク・ニックスほか)と共にオクラホマシティ・サンダーへ放出した。

 08年にチャンピオンとなったセルティックスは、10年にもNBAファイナルへ進出し、ロサンゼルス・レイカーズ相手に3勝4敗で敗れていた。パーキンスは第6戦で右膝を負傷してしまい、第7戦を欠場。翌10-11シーズンも1月下旬にようやく戦列復帰していたやさきだった。

 セルティックスはポール・ピアース、レイ・アレン(共に元セルティックスほか)、ケビン・ガーネット(元ミネソタ・ティンバーウルブズほか)、ラジョン・ロンド(現レイカーズ)にパーキンスを加えたスターター陣で勝利を重ねてきた。当時の指揮官ドック・リバースHC(現ロサンゼルス・クリッパーズHC)は「我々はこのスターターで臨んだプレーオフのシリーズで一度も負けたことがない」と断言するほど、この先発陣に自信を持っていただけに、チームとしてはショックだったに違いない。

セルティックスに優勝をもたらした不動の先発陣(左からガーネット、パーキンス、ピアース、ロンド、アレン)[写真]=Getty Images

 208センチ122キロの巨漢パーキンスは、かつてピアースが「パークはリバウンドとディフェンス、そしてタフネスをゲームに持ち込んでくれる」と語っていたように、縁の下の力持ちとしてチームに欠かせない存在だったものの、突如としてサンダーへ移籍。シーズン中盤にして、新たな道を歩むことに。

 セルティックスはこのトレードで、ジェフ・グリーン(現ワシントン・ウィザーズ)、ネナード・クリスティッチ(元ニュージャージー・ネッツほか)、2012年のドラフト1巡目指名権と現金を受け取り、プレーオフへ臨んだものの、カンファレンス・セミファイナルでマイアミ・ヒートに1勝4敗で敗れてシーズンを終えた。

 当時、セルティックスに対して「もう1シーズン、現有戦力で優勝を目指すべきだったのでは?」といった意見が集まったものの、翌12年にはカンファレンス・ファイナルへ進出し、ヒートと第7戦までもつれる激戦を演じていた。

エインジGMがパーキンスについて語るも、放出の要因はキャップスペース不足

 4月5日(同4日)、“Toucher & Rich”のポッドキャストに登場したセルティックスのダニー・エインジGMは、パーキンスのトレードについて「まったく後悔していない」と断言。その理由についてこう述べている。

「私は後悔などまったくしていない。人々は、(当時の)彼が健康な状態ではなかったということを忘れてしまっている。彼は前十字じん帯を断裂していたんだ。そして契約延長を望んでいた。我々はキャップスペースが膨れ上がっていたこともあり、彼に高額契約を与えるつもりはなかったんだ」。

 当時、パーキンスはセルティックスとの高額延長契約を望んでいたが、サラリーキャップに余裕がなかったセルティックスは、パーキンスと契約延長する意思はなかったという。そしてケガをしてしまったことで、パーキンスの価値が下がったと見ていたようだ。エインジはこう続ける。

「我々が彼を放出した後、彼は再び手術することになった。だから彼はこのチームを手助けすることはなかったんだ。当時はクリスティッチのほうが、実際にパーキンスよりも良かったんだ」。

ガーネット(左)と共にペイント内のディフェンスに尽力したパーキンス(右)だったが、ケガが与えたフロント陣への影響は大きかった[写真]=Getty Images

 もっとも、エインジGMがパーキンスを毛嫌いしていたわけではない。NBAデビューから7シーズン以上をセルティックスでプレーし、立派な先発センターへと成長したパーキンスについて、エインジGMはこんな言葉を残していた。

「私はパークのことが大好きだ。1人の子どもの成長を手助けしたと私は思ってるよ。我々が彼を獲得した時、まだ18歳だったがいつも楽しくしていたんだ。だが残念なことに、我々は彼に支払うお金が残っていなかった。彼が求める金額、そして彼が得るに値する金額をね」。

 しかしながら、11年のヒートとのシリーズにおいて、セルティックスはリバウンド面でヒート(平均40.4本)を大きく下回る平均34.8本にとどまり、ペイントエリアにおけるディフェンスでインパクトが欠けていたことは事実。それらがシリーズ敗退の一因となったことは否定できない。

 エインジGMをはじめとするフロント陣にとっては良い決断だったかもしれないが、選手たち側からすると、いいトレードではなかったと言っていいだろう。

2011年のヒートとのシリーズ。ガーネットが奮闘するも、ヒートにリバウンドで大差をつけられてしまった[写真]=Getty Images

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