1990年から1996年に集英社の週刊ジャンプに連載した『スラムダンク』は国内発刊1億冊を超える超人気漫画だ。桜木花道に笑い、流川楓に憧れ、三井寿に泣き、自分をメガネ君に位置付けて青春を過ごしたバスケファンも多いはず。そんなバスケ界のバイブル『スラムダンク』の作者、井上雄彦先生がBリーグの主力選手と対談し、イラストも描いて大きな話題を呼んだ朝日新聞連載の「B.LEAGUE 主役に迫る」が、完全収録された『B’(ビーダッシュ)B.LEAGUE×井上雄彦』が9月5日に発売された。
井上先生が描く燃えたぎる情熱とほとばしるバスケットボール愛が詰まった迫力の表紙。深紅の特色を贅沢に使った『B’』のタイトル。表紙だけでも眺めているうちに時間を忘れそうになるが、その中身も魅力が満載だ。田臥勇太(栃木ブレックス)、富樫勇樹(千葉ジェッツ)、川村卓也(横浜ビー・コルセアーズ)、比江島慎(シーホース三河)、田中大貴(アルバルク東京)に加え、レジェンド折茂武彦(レバンガ北海道)や公認会計士や経営者の顔も持つ岡田優介(京都ハンナリーズ)など井上先生と対談する選手も多士済々。井上さんと選手たちのBリーグの発展を願う気持ちと決意に胸が熱くなる素晴らしい連載となっている。この連載の完全収録に加え、井上先生のBリーグ1年目の総括、B1の18チームの顔ぶれやデータを井上先生描き下ろしの各チームのユニフォームを着た”ちびBリーガー”とともに紹介するコーナーも充実。Bリーグのファン、井上雄彦ファンには垂涎の一冊となっている。
2年目を迎え真価を問われるBリーグの開幕に合わせて発売された『B’』は、発売直後から大きな話題を呼び、出版不況もどこ吹く風と、たちまち重版決定。この話題の一冊の編集を担当した朝日新聞出版・週刊朝日専属記者の秦正理(しょうり)さんに、編集担当に指名された喜びと苦労について話を聞いた。
インタビュー=村上成
――9月5日に発売された『B’(ビーダッシュ)B.LEAGUE×井上雄彦』の魅力を教えてください。
秦 Bリーグの選手たちが語るバスケへの熱い思いが読めることだと思います。井上先生が聞き手だったからこそ聞くことができた、選手の素直な思いをぜひ読んでほしいです。もちろん井上先生による選手のイラストを大きなサイズで見られることも魅力の一つです。それに加えて、表紙もじっくり見てほしいです。僕が『スラムダンク』世代ということもありますが、井上先生に描き下ろしていただいたもので、大興奮のイラストだと思います。“バスケをやってる人=井上雄彦ファン”という考えからすると、名前のインパクト、絵の力強さが魅力です。
――特色を使った表紙のタイトル「B’」も特徴的ですよね。
秦 そこにはこだわりがあります。編集担当デスクの堀井(正明)は井上先生と仕事をするにあたり、『スラムダンク』を読み直したようで。その時に買った完全版のタイトル部分に同じような加工がしてあったんです。本を手に取った時のプレミア感や、買った時に大事にしてくれるのではないかということからこれを取り入れました。この重厚な特色を使ったタイトル文字があるのとないのでは全然違うので、僕自身もやって良かったなと思います。
――手に取った時にインパクトがありますよね。
秦 表紙のイラストをいかに殺さないかも大事でした。イラストの選手の迫力を活かしつつ、タイトル位置だったり、デザインだったり、スペースの使い方だったり。「B.LEAGUE×井上雄彦」の文字を縦にするなど、デザイナーにいくつかの案を作ってもらい、かなり試行錯誤しました。
――この本の担当になった時の率直な感想は?
秦 僕はこれまで、こういった雑誌作りの経験はあまりなく、高校野球のムック本制作に携わったくらいでした。学生時代に熱中したバスケットボールの仕事、しかも井上先生の本の編集ができるとは思っていなかったので、デスクからこのムックの話を聞いた時は「やります!」と即答でした(笑)。ただ、同時に不安も少しありました。それでも、期待がすごく大きかったですし、単純に感動しました。心からうれしかったですね。
――題材がバスケということもそうですし、担当になること自体もうれしかった?
秦 そうですね。実は週刊朝日の編集会議でバスケの企画を出しても、なかなか通らなかったのですが、諦めずに出し続けていました。「バスケ好きの秦」としてデスクが声を掛けたようなので、ボツになっても企画を出し続けてよかったと思います(笑)。
――なかなか企画が通らない中、昨年9月に誕生したBリーグはどのように映っていましたか?
秦 僕はNBAがずっと好きで見ていて、日本のバスケはあまり知らなかったんです。NBAファンからすると、「bjリーグとNBL、2つのリーグがあって何をやってるんだ」と。しかも、NBLの方が、競技レベルが高いリーグだと目に見えてわかりました。その後、bjリーグとNBLが統合されると決まった時は、うれしかったという感情よりも、「無事に成功してくれよ」という気持ちが強かったですね。
――ド派手な開幕戦でしたよね。
秦 「日本バスケがこんなにすごい演出をできるんだ」と興奮しました。うまく軌道に乗って、日本にバスケが広まってほしいと思っていました。
――昨シーズンをとおしての出来はいかがでしたか?
秦 チャンピオンシップはとても盛りあがりましたが、レギュラーシーズンに限れば尻すぼみ感はあったのかなと。開幕戦は大きく報道されましたが、それからはニュースで取りあげられることも少なく、「これではこれまでと変わらないのでは」と思いました。
――もっと盛りあがっていたら、秦さんの企画も通っていたかもしれませんね。
秦 そうですね。バスケがもっと盛りあがるにはテレビで特集されたり、何か媒体で取りあげられたりすることも必要ですが、大事なのは多くの人に何回も見に来てもらえるかどうか、です。Bリーグの試合を見て、「実際に会場に足を運んでもらえれば、絶対にバスケの面白さが伝わるな」とも思いました。選手や試合の質が悪いのではなく、魅力を知らなくて見る機会がないというだけで、個人的にはもったいなさを感じました。会場で見るのと、テレビで見るのは全然違いますしね。
――この本を出版するにあたり、印象に残った選手はいますか?
秦 取材機会は多くありませんでしたが、比江島(慎/シーホース三河)選手が本当に印象に残っています。チャンピオンシップ準決勝で栃木ブレックスに負けた後、目にまったく光がなくて、ミスを全部自分で背負っているようでしたが、来季の話になった途端に、目がピカッと変わって。リベンジに燃えてるんだろうなと感じて、そういう意味では比江島選手に注目しています。
――比江島選手は、見た感じからは、そんなに闘志溢れる選手ではないですよね。
秦 比江島選手の中では昨季の終わり方が良くなかったと思うのですが、これがもしNBLだったらどうだったんだろうと。新たに始まったBリーグだからこそより強くリベンジ感が湧いてきたのかなと考えたりしました。特に比江島選手は表情が見えにくいというか。飄々としているので、中にあるものが外には伝わりにくいですよね。
――今回、朝日新聞とBリーグが組んで連載していましたが、一冊の本にまとめる時に気をつけたことはありますか?
秦 インタビューは昨年開幕前にやったものもあり、読者の立場に立つと時間のズレがあって。2シーズン目の前に出すと決まっていたので、時間の齟齬が気になりました。例えば、最初は時制を変えることも考えましたが、そうすることでインタビューの生々しさが薄れてしまうので、丁寧な注釈を付けて元のまま進めました。あとは、新聞の掲載順のままにしたのですが、注目選手順に並べて、富樫勇樹選手(千葉ジェッツ)などを前の方に持ってくる案もありましたけど、やっぱり話をしている時期の話題や空気感があって、時系列順の方がすんなり読めたんです。
――当時と比べて周囲の熱や状況が変わることもありますよね。
秦 インタビューから時間が経っているので、それを補うために選手に追加取材をして、それぞれのインタビューに『Bリーグ2季目の抱負』という項目を付け加える工夫をしました。そもそも長期のインタビューを一冊にまとめることは、ありそうでないですよね。
――2季目の抱負は編集部が直接聞きに行ったのですか?
秦 井上先生の対談企画を担当していて、現場で取材もしている朝日新聞スポーツ部の清水寿之記者と、Bリーグ担当の伊木緑記者の2人にお願いしました。2人ともそのアイデアに賛成してくれて、忙しい中協力してくれました。おかげで、選手のリアルな声を伝えられたと思っています。
――過去のインタビューと現在のコメントが同じページにあるのは?
秦 そこは試行錯誤しましたが、抱負の部分は分量を抑えて、インタビューそのものを補完するような形にしました。あくまで、井上先生のインタビューがメインということで。
――実際に井上先生と仕事をして、何か印象はありますか?
秦 ずっと憧れていた存在で、自分なりのイメージを膨らませていました。実際に会ってみたら、自分が思っていたとおり、すごく熱い思いを内に秘めている人でした。最初の打ち合わせの時、「こういったムックを作りたい」という提案に対して、「どれくらいの大きさのものにしよう」とかいろいろと案を出してくださって、日本のバスケ界を盛りあげたいという思いを感じました。僕はすごく緊張していて、一言も発せずに、うんうんと頷いているだけでした。
――憧れが強ければきっと、そうなりますよね(笑)。
秦 本当に緊張していましたね(笑)。2回目にお会いした時は、失礼なことを言っちゃったのかと思った瞬間がありました。清水記者が井上先生へインタビューする場に同席させてもらったのですが、最後に僕が質問できるタイミングがあって。先ほどの話ではありませんが、「以前の僕のようにNBAと比べたら、日本のバスケは物足りないと思う人たちが多いのではないでしょうか」というようなニュアンスで質問をしました。そうしたら、穏やかな口調で「日本には日本のバスケの面白さがある」という話をされました。やはり日本のバスケのことを深く考えていらっしゃるんだなと感じました。
――改めて、Bリーグの試合を生で観戦する魅力は何だと思いますか?
秦 アリーナのコンパクトさ、応援の一体感は素晴らしいと思います。NBAのような、豪快なダンクや派手なプレーは少ないですが、会場で試合を見ると、スピーディーな展開などバスケの面白さを実感できると思います。
――本の反響はいかがですか?
秦 個人的に周囲に宣伝していたら、僕らスラムダンク世代の人たちにとっては、井上先生の表紙というだけで食いつきが良くて。そこはあくまでも導入なので中を見てほしいですけど、この表紙はやっぱり強みでした。
――本には今季の試合日程まで入れてあるんですね。
秦 ガイドブックとして使ってもらいたいと考えていたからです。スケジュールを入れたのは、この本を持って試合を見てくれたらという思いです。試合を見て贔屓のチームができたら、次はいつどこで試合があるんだろうと調べると思うんです。だから、試合日程は絶対に入れたかったです。
――チーム情報を入れたのは?
秦 チームデータを見て、このチームにこういう選手がいるんだ、このチームのスケジュールはどうなんだろうと。このムックを入り口にして、もっと深くBリーグを知ってもらうためにも、チーム情報、スケジュールは必要だろうと思いました。
――「Bリーグを支える裏方の物語」については?
秦 もちろん選手が主役ですが、それだけじゃありません。Bリーグの方にも協力していただき、たくさんの人の支えがあって成り立っているんだということを伝えたくて盛りこみました。チアリーダーの紹介ページもその一つです。
――インタビューの連載以外にも、コンテンツが充実していますよね。
秦 いろいろなアイデアを出し合い、現実的なものを落としこんでいきました。その中で井上先生が「そういったページがあるといいよね」とおっしゃっていたのが、裏方の物語だったんです。小さな記事でも様々な思いが詰まっています。加藤誉樹審判の話を聞いたのは、高校野球を担当していた記者です。その記者も大のバスケ好きで、「取材できる?」と聞いたら、「やります! やります!」と(笑)。その他に取材をお願いした記者も「いつかこの話が来ると思ってたんですよ!」と、目の色が変わっていました。このムックに関わる多くの人が積極的に動いてくれて、Bリーグを盛りあげたいという純粋な思いを感じました。
――「他の仕事で忙しいんですけど」みたいなこと言われたら……。
秦 みんなが「どんなに忙しくてもやります」と。僕自身も甲子園別冊の担当になることが決まっていて、同時進行でしたが、デスクには「絶対にやりたい」と伝えました。販売、宣伝を含めてみんなが一生懸命で、一つのチームのようになっていて楽しかったですし、面白い経験ができたと思っています。
――全体的にデザインも見やすいですよね。
秦 デザイナーさんたちもバスケ好きで、がんばってくれました。たとえばスケジュール部分は、最初に出してもらったのが少し見にくくて、やり直してもらったんです。そういった細かいことも大事にして作りました。デスクも「この表記はこっちの方がカッコいいんじゃないか」と、細かいところまで指示してくれて、僕はそれに引っ張られるように、よりこだわるようになりました。ゼロから体裁を作っていったので、今回の雑誌作りで得た経験はすごく大きいです。自分でレイアウトしたページが形になるのはうれしかったです。レイアウトといえば、表紙の「週刊朝日ムック」の文字がアルファベットになっているんです。漢字にするとかなり目立っていたので、イラストを活かすために今までにない形に挑戦しました。
――文字も横組みで統一されていますね。
秦 最初に横組みを提案してくれたのはデザイナーさんでした。ムックの全ページ横組みはデスクもやったことがなかったので、僕らは迷っていたんです。井上先生が「やったことがないならやりましょう」と背中を押してくれました。また、文字のサイズや置き方などはスポーツ雑誌だけではなく、サブカル系や文学系の雑誌を買っていろいろと勉強しました。例えば、『永遠のスター 石原裕次郎』というムックは、読者層を考えて字が大きくなっているんです。「B’」は若者の感性を意識して、字を小さくしました。若い人が本を開いた時に「ダサいな」と思われたくない、という思いがありました。
――なるほど。
秦 ある方は「週刊朝日の編集部が作るから、古風で渋いものができると思っていた」と笑っていましたが(笑)。いい意味でそんな予想を裏切るような、カッコいいものができたように思います。井上先生のイラストに合った、スタイリッシュなものに仕上がり、自信にもなりました。
――ところで、朝日新聞の「B.LEAGUE 主役に迫る」も連載が再開するみたいですね。
秦 叶うなら第2号を出したいので、もっと企画を出し続けて、自分のバスケ愛をアピールしたいです。
――最後に、この『B’(ビーダッシュ)B.LEAGUE×井上雄彦』をどういった方に読んでもらいたいですか?
秦 僕みたいな人です(笑)。これまで日本のバスケを知らなかった人や、バスケをやっているのに日本のバスケをあまり見てこなかった人に手に取ってもらいたいです。そういった人たちに読んでもらい、Bリーグを見に行こうと思ってくれればうれしいです。