初のプレーオフへ、ディアンジェロ・ラッセルの覚醒と挑戦

素晴らしい活躍を見せるラッセル(写真中央)[写真]=Getty Images

ディアンジェロ・ラッセル 覚醒の軌跡

 かつて2012年にニュージャージーから本拠地を移したブルックリン・ネッツは、2013年にボストン・セルティックスとのトレードでポール・ピアース(元セルティックスほか)、ケビン・ガーネット(元ウルブズほか)、ジェイソン・テリー(元マブスほか)といったベテランたちを獲得し、ジョー・ジョンソン(元ホークスほか)とアンドレイ・キリレンコ(元ジャズほか)、ブルック・ロペス(現バックス)にデロン・ウィリアムズ(元ジャズほか)という名だたるメンバーを結成。しかしプレーオフではなかなか成績を残せず、チームは早くも解体。2015-16シーズン以降はプレーオフから遠ざかり、多くの指名権をトレードで譲渡したことにより、ドラフトで有望な若手を上位指名できない厳しい期間が続いた。

 しかし4月7日(現地時間6日)、ネッツはインディアナ・ペイサーズに勝利し、4年ぶりとなるプレーオフ進出が決定。そのチームの中心に、ディアンジェロ・ラッセルの姿があった。

2012年にブルックリンへ移転したネッツ [写真]=Getty Images

苦難の中に一筋の輝きを放ったレイカーズ時代

 ラッセルは2015年NBAドラフトで1巡目2位でロサンゼルス・レイカーズから指名されてリーグ入り。天性のパスセンスと、プルアップジャンパーからポストプレーまでこなせる幅広いオフェンスバリエーションは非常に高い可能性とロマンに溢れ、当時レイカーズのフロント、そしてヘッドコーチであったバイロン・スコットは高いリーダーシップを見出していた。

 1980年代を華やかに駆け抜けたショータイムレイカーズの主力選手であり、1979年NBAドラフト全体1位指名で指名されたマジック・ジョンソン以来となる、レイカーズのポイントガードとしては久しく上位指名であったラッセルは、同チームの再建のために大きな期待を背負っていた。

 しかしシーズン開幕後、思うようなバスケットができないことが続く。スコットHCは彼を育成のためという名目でスターターから外し、試合に出たければ自らスターティングラインナップの座を勝ち取れと口にした。また、試合終盤の重要な局面でベンチに下げられることなどが重なって2人の溝は深まっていった。

 2015-16シーズン終了後にスコットHCは解雇され、ルーク・ウォルトンが新たなHCとして就任。チームフロントはマジック・ジョンソン(現地時間2019年4月9日に辞任を表明)と、かつてコービー・ブライアント(元レイカーズ)のエージェントであったロブ・ペリンカがやって来たことで、新時代の幕開けを予感させた。

 新体制の中でラッセルは要所で大きな活躍を見せていく。2017年3月18日(同17日)、当時のキャリアハイとなる40得点に加えて6アシストをマークし、対戦相手であったレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)率いるクリーブランド・キャバリアーズのカイリー・アービング(現ボストン・セルティックス)から抱擁を受け取り、健闘を称えられた。また同年の4月8日(同7日)、ホームのステイプルセンターで行われたミネソタ・ティンパーウルブズ戦では、祖母が亡くなったため当初は欠場する予定であったが、家族の説得を受けて試合に出場。3ポイントの逆転ブザービーターを沈めて見事チームを勝利へ導いた。

レイカーズ時代のディアンジェロ [写真]=Getty Images

 ラッセルが才能の片鱗を徐々に垣間見せていく中、レイカーズはシーズンオフにドラフト全体2位指名権を3年連続で獲得。現地スポーツメディアではカリフォルニア州出身でカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のスタープレイヤー、ロンゾ・ボールの獲得に動くのではないかと報道された。これは同じポイントガードのロンゾとラッセルを共存させるのかということと、もう一つはどちらか1人だけを選択し、ラッセルかドラフト2位指名権をサラリーダンプのために利用するということを意味した。レイカーズはジム・バスとミッチ・カプチャックGMの旧政権の下で契約を交わされたルオル・デン(4年7200万ドル/約80億円)、ティモフェイ・モズコフ(4年6400万ドル/約72億円)、ジョーダン・クラークソン(4年5000万ドル/56億円)の3人を今後どのようにしていくかを、新政権であるマジックとペリンカで検討されていた。つまりは大型契約を交わした彼らをトレードし、スターがフリーエージェントとなる来たる夏に向けて、大物選手を獲得するための十分なキャップスペースを確保することだった。

 しかしこれだけの金額の選手を他球団に引き取ってもらうには、比較的サラリーが低くなおかつ将来性のある若手か、あるいは上位が予測されるドラフト1巡目指名権が必要となってくる。2017年の夏、まさしくレイカーズはサラリーダンプのためにどのような選択をするか、決断を強いられていた。

 レイカーズはマジックを筆頭に、ロンゾのハーフコートバスケットを高く評価。またメディアやファンの中でも、彼はカリフォルニア出身で大学も名門UCLAであり、そして何よりレイカーズが全体2位指名権をその年に所持することは、若き大学のスターである彼を指名するということがある種の運命である、という空気感がわずかにでもあった。

 様々な憶測があらゆる人々や関係者から飛び交う中、ラッセルは新たなシーズンに向けてレイカーズの練習施設にて黙々とワークアウトを続けた。しかし現実は唐突に、非情な結末を迎える。

レイカーズとの別れ、新天地での新たな出会い

 2017年6月21日(同20日)、ラッセルはトレードされた。レイカーズはモズコフと彼を引き換えに、ネッツからビッグマンでアウトサイドからの攻撃にも長けたブルック・ロペスと、その年のドラフトでカイル・クーズマとなる1巡目27位指名権を獲得。これによりレイカーズは将来のスター獲得に向けて、サラリーキャップにスペースを確保していくための最初のステップをクリアし、ロスター編成にフレキシブル性を与えた。そして彼らは憶測されたとおり、ロンゾ・ボールを指名した。

 しかしその後に、マジックはラッセルをトレードした大きな理由として、「彼にはリーダーシップがなかった」という言葉を残し、レイカーズのアシスタントコーチを務めるブライアン・ショウも同じ考えを抱いていた。

 NBAはバスケットボールである以前にビジネスであり、選手の考えや思いが忖度されてそれがトレードに反映されたり、選手が球団に対して絶対的な忠誠を誓っていてもトレードに利用されることもある世界だ。ラッセルの件に関しても例外ではなく、サラリーダンプ目的とロンゾ指名のためにトレードされただけでなく、球団の代表から辛辣な言葉をトレード後に浴びせられることになった。

 しかし彼はそこで諦めることは決してなかった。新天地ネッツにて彼にとって新たなメンターとなる、ポイントガード育成に定評のある指揮官、ケニー・アトキンソンHCと出会う。彼の指導を受けて、レイカーズ時代ではルーキーシーズンなかなか経験できなかった試合終盤に出場。これはラッセルのポテンシャルを見出した指揮官による起用であり、事実ラッセルは勝負所となる場面でクラッチショットをいくつも沈めていくことでコーチの期待に応え、チームを鼓舞してけん引していくようになる。

アトキンソンHC(左)とディアンジェロ(右) [写真]=Getty Images

 ネッツでの1シーズン目こそはひざのケガに苦しみ、シーズン中に手術を受けて計48試合出場で終了したが、2018-19シーズンは4月12日(同11日)の時点で出場したレギュラーシーズン81試合すべてでスターターを務めている。1試合平均21.1得点3.9リバウンド7.0アシスト1.2スティ―ルを記録し、キャリア4年目にしてオールスターに選出された。

 シーズン通じてもっとも成長した選手に与えられるMIPの可能性もささやかれる中で毅然としてバスケットに集中し、2019年3月19日には第4クォーターの27得点含む、キャリアハイ44得点を叩き出した。

初めてのプレーオフに向けて

 ラッセルはレイカーズから放出されたことが自身のキャリアにおいて最良の出来事だったとコメント。そして彼にとって念願であり、ネッツとしては4年ぶりのプレーオフ出場が決定したペイサーズ戦後、ESPNのインタビューで次のような言葉を残した。

「プレーオフ出場が決まったことは本当なのだろうか? 驚きを隠せないよ。そのことに関して意識してなかった。この感覚は素晴らしいものだよ。ネッツは素晴らしいグループだし、優れたコーチがここにはいる。自分は恵まれているし、これからが楽しみだ。初めてのプレーオフに向けて、しっかりとやるべきことはわかっている。チームメートで団結して挑むよ」

 キャリア当初は様々な困難や葛藤を経験しながも、新たなホームにていよいよその才能が開花し始めたネッツの若きスター。そしてまもなく訪れる、自身初のプレーオフという名の大舞台。さらなる真価が問われるであろうポストシーズンを経て、果たした彼がたどり着くであろう新たな領域とは。そして素晴らしい可能性を秘めながら、大きく羽ばたき始めた彼の今後の行く末を刮目していきたいものだ。

今後彼はどのような活躍をみせてくれるのか [写真]=Getty Images

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