現役時代はブルズなどで活躍し、オールディフェンシブチームに6度も選出
5月23日(現地時間22日、日付は以下同)。ユタ・ジャズは、約23シーズンもの間ヘッドコーチ(HC)を務めたジェリー・スローン(享年78)が亡くなったことを発表した。
2016年4月。スローンはパーキンソン病とレヴィ小体病による合併症を患っていることを公表。約4年の闘病生活の末、他界することとなった。ジャズはスローンに対して、下記の声明文を発表している。
A coach teaches.
Inspires.
Gives all of himself in pursuit of something greater. pic.twitter.com/FWOf9Jcm8s
— Utah Jazz (@utahjazz) May 22, 2020
「ジェリー・スローンはこの先もずっと、ユタ・ジャズと共にあり続けることでしょう。彼は永遠に、ユタ・ジャズという組織の一員です。我々は彼の家族、友人、ファンと共に哀悼の意を表します。我々は彼がこの地で20年以上に渡って見せてきた献身、忠誠心、成し遂げてきたこと、そしてこのフランチャイズに粘り強さをもたらしてくれたことに多大なる感謝を申し上げます」。
スローンは現役時代にボルチモア・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)で1シーズン、シカゴ・ブルズで10シーズンをスモールフォワード兼シューティングガードとしてプレー。
通算755試合に出場したスローンは、キャリア平均34.1分14.0得点7.4リバウンド2.5アシスト2.2スティールを残し、オールディフェンシブチームに6度、オールスターに2度選出された。ブルズ時代に着用していた4番は永久欠番となっている。
ストックトン、マローンを擁してジャズを19度のプレーオフへと導いた名将
75-76シーズン終了後に引退後はコーチへと転身し、77-78シーズンにブルズのアシスタントコーチ(AC)を務め、79-80シーズンからはHCへと昇格。約3シーズンを指揮して94勝121敗(勝率43.7パーセント)を記録。すると85-86シーズンからジャズのACを約3年間務め、88-89シーズン途中からHCに就任し、2010-11シーズン途中まで約23年間にもわたって指揮官を務め上げてきた。
ジャズは80年代中盤からNBA入りしたジョン・ストックトン(元ジャズ)、カール・マローン(元ジャズほか)というリーグ史上屈指のピック&ロールを繰り出すデュオを軸に、97、98年には2年連続でNBAファイナルへと進出。古巣ブルズの前に2年連続で敗れたものの、スローンHCが指揮するジャズはマイケル・ジョーダン(元ブルズほか)を中心に90年代2度目の3連覇を果たした王朝を何度も苦しめた。
「選手としてのストックトンとマローン、そしてジェリー・スローンはこの組織を象徴していました。彼が他界してしまったことは、大変寂しい限りです」という声明文のとおり、15年以上に渡ってジャズはこの3人を中心にリーグ屈指のチームを構築し、数多くの勝利を手にしてきた。
スローンはジャズで1809試合(レギュラーシーズン)を指揮して1127勝682敗(勝率62.3パーセント)、プレーオフでは196試合で96勝100敗(勝率49.0パーセント)というすばらしい戦績を残し、2009年にコーチとしてバスケットボール殿堂入りを果たしている。
同一チームで通算1000勝を挙げた史上初のコーチで、1チームにおける勝利数は歴代2位という実績を残したスローンは、ストックトンやマローンを率いて16シーズン連続の勝ち越し、15シーズン連続を含む19度のプレーオフ進出という偉大な実績を残してきた。
今はただ、ブルズやジャズというフランチャイズのみならず、NBA全体において影響を与えてきた功労者とその家族へ、ご冥福をお祈りしたい。