8月、世間の耳目を集めた日本バスケットボール界の不祥事。国の代表という立場で参加した大会中の今回の愚行は、懸命に日本バスケットボール界の発展に尽力する選手、関係者、そして何よりもファンに対する裏切り行為であることは間違いがない。しかし、危機管理、特に説明責任が求められる広報の分野において日本バスケットボール協会(JBA)の迅速な対応はかつてのJBAにはないスピード感のあるものだったと言えるだろう。おおむねつたない対応が目立つ日本のスポーツ界の中で、JBAの対応を危機管理広報のスペシャリストはどう見たのか。多くの企業の事件・事故など企業不祥事や企業危機の対応を行ってきた企業広報、危機管理のスペシャリスト株式会社エイレックス代表取締役兼CEO江良俊郎氏に話をうかがった。
インタビュー=村上成
取材協力=株式会社エイレックス
これからのスポーツ界に必要な危機管理広報とは
――起こってしまった不祥事について、時間は遡れないものではあります。ただし、“これから”という視点に立つと、日本バスケットボール協会(JBA)を含むスポーツ界にとって、今後必要な危機管理広報に関する備えとはどのようなものでしょうか?
江良 問題が起きやすい組織、そして問題が起きた時に適切な対応が取れない組織は権力者に権限が集中しチェックできないといったガバナンスの問題が多いものです。風通しの悪い組織と言ってもいいでしょう。仮に所属する組織の風通しがとても悪く、さらに幹部の方々も危機管理の意識がないのであれば、何か意識改革をする取り組みが必要です。多くの場合、外部の意見を取り入れる仕組みを導入することも効果があります。他の組織の危機管理広報の失敗事例を研究したり、外部講師による研修なども刺激になるかもしれません。トップについては、「謝罪力」、「見識」も問われます。謝罪力にはプレゼンテーション能力というか、自分のメッセージのデリバリー力も含まれますから、それは磨くしかありませんね。
――未然に事件・事故やトラブルを防ぐために、組織として取り組むべきことはどのようなことがありますか?
江良 ハードとソフト、両面から取り組むことです。ハード面で言うなら「しっかり見られている」、「チェックされている」環境を作ること。管理する、監視するということです。基本的に日本の社会は、性善説に立っていて、信頼関係が尊重されてきました。「悪い奴はいないはず、信用しているから」という考え方です。しかし、例えばデパートなど流通業では勤務が終わって退勤する際に、警備員に自身のバッグを開けて、持ち帰っている物がないということを証明することは昭和の時代から行われてきました。今日、個人情報や機密を扱う職場では社内に防犯カメラを設置することも珍しくありません。従来、「社員を信用していないのか」との批判を恐れて見送られていたのですが。
――疑っているわけじゃないのだけれど……、という空気になりがちですね。
江良 でもやはりそういうことが一つ抑止力にはつながるわけです。「管理、管理」というのも嫌な話ですが、設備を導入したハード面からの行動管理なども必要になっています。万一、個人情報が社員の持ち出しなどで流出すれば、企業としては大きな責任を問われるからです。スポーツ選手を管理する組織でも、不正や不祥事を防ぐためにできることはあるはずです。対象者にはきちんと理由を説明して理解を得たうえで、取り組みたいものです。
一方で、不正を起こさせないような環境作りです。満足度の高い風通しの良い環境は、不正につながりにくいものです。「もしもそれをやってしまったら一生を棒に振るよ」、「今の時代、暴力は絶対にダメ」というようなコンプライアンス研修や指導、いわばソフト面も強化していく必要があります。
――今回のアジア大会で、不祥事が起こってしまった事実を踏まえると、選手をそこまで大人扱いしないというか、「そんなことは知っていて当然だろう」というようなことであっても、しっかりと研修などの機会を設けて言い聞かせる必要が生じているということでしょうか?
江良 できることは全部やっておくべきでしょう。成績や記録さえあれば、多少の問題を起こしても許される時代ではありませんので。今の時代、「大したことではないと思った」ことが、大きな事件、不祥事として取り上げられることを、事例を紹介するなどして指導していかなければなりません。
重要なのは本質を見極めて、“自分ごと化”すること
――当たり前のことでも、しっかりと丁寧に教えていくこと、繰り返して伝えることなども必要になってくるということですね。ここまでいろいろとお話をうかがっていると、世論の温度感やその温度感に合わせた対応を行うことができないと、不祥事に関する対応において、早期収束することは難しいということがよく理解できました。
江良 批判の本質をちゃんと見極めて、他人事のスタンスではなく“自分ごと化”するということがとても大事です。記者会見の最後で幹部が「私たちに責任はない。彼の個人的な行動です」と回答すれば、「責任放棄」と映るでしょう。ただ、本音ではまったく落ち度がないと思っている場合に、想定質問を準備し「申し訳ありません、私の責任です」と謝罪しても、結局、本番では失敗します。謝罪会見はそんなに簡単ではありません。記者は、いろいろな角度から聞いてくるので、本質を理解して、本当に心から謝罪し、反省していないと結局ボロが出てしまうのです。
――言い逃れるテクニック、話術ではなく、本質をしっかりと自分で捉えて、それに向かって真摯に対応していくということが大切ということですね。
江良 そうです。何が悪かったのかということです。どこに問題があったのかということを、自分がしっかり納得していないと絶対失敗します。わかりやすい事例として挙げるならば、日本大学アメリカンフットボール部の宮川泰介選手の会見です。事前に周囲の方が助言し周到に準備をして、想定問答を作ったかもしれません。しかし、他の人が真似することは難しいと思います。彼がいくら監督やコーチに指示されたからといっても、自身で「やってしまったのは僕です」という本質の理解がないと、あのようには答えられないものです。テクニックでは絶対に乗り切れません。
謝罪の場というのは、その人の人間力が試されます。なぜ、そんなことをしたのか、当時はどんな気持ちだったのか、今どんな気持ちかといった、その人の認識を問われますので、素の自分、生き様まで質問は切り込んできます。その事態をしっかりと受け止められるトップと組織であることが必要と言えるのです。他の組織に起こったことでも自身の組織に置き換えて考えることができるように、普段から組織として必要な緊張感を保つことも重要になりますね。