2019.03.29

【バスケに生きる人たち】”実業団”という選択に抱く誇りと自信|沼田凌(新生紙パルプ商事バスケットボール部)

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インタビュー・文=戎井健一郎(スポーツデジタルメディア編集講座1期生)
写真=兼子愼一郎

 プロバスケットボール選手。それはバスケで高みを目指した者なら、誰もが一度は憧れる道だ。それは彼も例外ではなかった。しかし……。

「今Bリーグに行きたいかと言われると、そういう気持ちは全くありません」

 高校、大学と全国トップレベルの舞台で活躍した沼田凌(ぬまた・りょう)さんは現在、新生紙パルプ商事のバスケットボール部に所属している。プロの道にこそ進んではいないが、関東実業団リーグ戦で得点王を獲得するなど、第一線で活躍している。

 沼田さんは1994年生まれ24歳。小学校4年生からバスケを始め、中学でもバスケ部に所属したが、そこで思いもよらない病魔に襲われる。

「脇腹に悪性腫瘍があったんです。ビー玉のようなしこりができていて、結局それがガンでした」

 丸1年にも及ぶ治療期間で入退院を繰り返し、中学バスケは「不完全燃焼」に終わった。その無念を晴らすため、湘南工科大学附属高校の体育コースに進学。「体育コースに進学したからには、バスケで大学に行くしかない」と奮起した沼田さんは、本格的にバスケに没頭していく。3年時にはウインターカップ出場を果たし、先発センターとしてチームをベスト16に導いた。

 全国区の選手へと成長した沼田さんは、プロ選手への憧れを抱くようになった。しかし、そこには”サイズ”という現実があった。

「高校3年生の時の身長が189センチで、インサイドでこの身長はプロ向きではないなと思いました。195センチあればプロを目指していたかもしれませんね」と、沼田さんは少しはにかんで付け加えた。

 沼田さんはその後、法政大学に進学する。2メートル超の留学生センターがひしめく関東大学リーグの中では小柄ながらも、老練なポストプレーや身体を張ったリバウンドでチームの絶対的インサイドとして君臨。4年時には関東トーナメントで3位に輝いた。

「大学は将来の就職のことも考えて、声がかかっている中で一番学力の高かった法政大学に決めました。当時は卒業したらそのまま就職するんだな、バスケはこれで終わりなんだなと思っていました」

 そんな中、沼田さんは1つの”組織”の存在を知る。

「大学の2つ上の先輩が関東実業団に行くという話を聞いた時に『そんな組織があるんだ』ということを初めて知りました。できればバスケは続けたいと思っていたので、僕もそこに入りたいと思いました」

 かくして沼田さんは新生紙パルプ商事へと入社し、バスケットボール部に入部。主に営業を担当しており、日々仕事とバスケに汗を流している。

「定時が9時から17時半になっていまして、外に出ていてできなかった事務処理を少しした後、18時過ぎに会社を出ます。都内にいくつか体育館を借りていて、そこに19時過ぎに到着して、みんなの到着を待ちます。全体練習は大体19時半から21時まで。その後少しだけ体を動かす、という感じです」

 バスケを含めると拘束時間は半日以上。バスケと仕事の両立は大変ではないかと問うと、沼田さんは独特の表現を用いてこう答えた。

「大変というよりは”難しい”ですかね。仕事を一生懸命やるという大前提がある中で、どうやってバスケのレベルを上げるか、どうやって試合に向けて調整するかというところです。先方との会食があったり、問い合わせが多かったりで練習ができない日もあります。その中でこの日は帰ってトレーニングしようとか、できるだけ早く仕事を終わらせて練習しようとか、そういったスケジュール管理が必要なので、大変というよりは難しいです。コンディションもすべて自分で管理します。すべては自分が活躍したいかどうかだと思います。空いてる時間にジム行ってウエイトをしたりだとか。僕は体が動く限り活躍したいので、地道にやっています」

 今年度から、JSB(日本社会人バスケットボール連盟)による社会人カテゴリーの再編が行われた。かつての実業団、クラブ、教員の各チームはすべて”社会人チーム”とカテゴライズされ、Bリーグを頂点としたピラミッドが整備された。そのため、厳密に言えば新生紙パルプ商事は現在、”社会人チーム”である。

 そんな動きがありながらも、依然社会人バスケが世間に知られる機会は皆無に等しく、その知名度は低い。

「正直寂しい部分はありますね。(社会人バスケを)知っている人は少ないんじゃないかと思います。だからといってレベルが低いかと言われたら、そうでもないということも感じています。天皇杯の予選でプロと試合をする機会があるんですが、そこで社会人のチームが勝ったり、いい成績を残したりできれば何かしらのニュースにはなるだろうし、そういうチームが増えれば組織として活性化していくと思います」

 発足から3シーズン目を迎え、Bリーグはますます盛り上がりを見せている。数年前までは考えられなかった”輝き”を見せるその世界に、社会人から飛び込む選手が急増している。社会人のトッププレイヤーである沼田さんも、”Bへの誘惑”を感じているのではないかと思い胸中を尋ねたが、返ってきたのは意外な答えであった。

「最初は仕事との両立という面で学生時代とのギャップを感じて、バスケだけしているプロが羨ましいと思うこともありました。でも社会人3年目になって色々と仕事をさせていただく中で、バスケ1本で頑張るよりも、仕事もしっかりできてなおかつバスケもうまい、というほうが人間として価値があるんじゃないかと個人的に思うようになりました。だから今Bリーグに行きたいかと言われると、そういう気持ちは全然なくて、どちらかというとバスケも仕事ももっともっとできるようになって、他の選手から一目置かれるような存在になりたいです」

 社会人バスケには両立の難しさもあるが、そこにはバスケと仕事の”相乗効果”があるという。

「会社の中で『バスケ部の大きい人だよね』と存在を知ってもらえることはすごく大きなことです。取引先とも『大きいね、バスケやってるの?』という会話から始まります。あとはバスケの先輩に仕事について気軽に相談できるのも良い部分です。仕事にもバスケにもプラスになる点があって、そういった意味で(社会人は)価値あるものだと思います」

 前述の悪性腫瘍も、長期にわたる経過観察が終了し、晴れて全快。バスケと仕事により集中できる環境が整った。そう語る表情は文字通り晴れやかであった。

「来年度は最優秀選手を狙っていきたいです」。少し照れ臭そうにそう宣言した沼田さんは、バスケと仕事の両立という特殊な環境が生み出す高い”人間力”を、自らの人生をもって証明していく。