「心機一転」
慣れ親しんだ場所を離れ、新たな活躍場所を求めて人生初の移籍をした秋田ノーザンハピネッツの司令塔・伊藤駿に移籍の理由を伺うと、この四字熟語が出てきた。昨シーズンまで所属していたサンロッカーズ渋谷からは、シーズン終了後にチームを一新したいという意向があり、チームを離れることを決断。そのタイミングで秋田からの熱烈なラブコールがあったという。他のチームからも様々な声も掛かったが、最終的には「本当に悩みに悩み抜いて、色々な人の話を聞いた時に秋田が自分の中でも一番スタイルが合うし、自分自身も成長できると感じました」という具体的な理由で秋田の地にやってきた。
強豪ひしめくB1東地区の中でレギュラーシーズン4分の1となる15試合を終えて、チームは9勝6敗と白星先行。伊藤をはじめ、古川孝敏、細谷将司と実績のある日本人選手を獲得し、昨シーズンとは全く違う光景を熱狂的なブースターである“クレイジーピンク”に見せている。それでもチームを率いる前田顕蔵ヘッドコーチは、白星先行という現在の状況に「もっと行きたかったというのが本音のところです」と言葉を残す。その事を伊藤自身に伝えると「同じですね、そして全く満足していないです」という返答をしてくれた。
ここまでの15試合、伊藤個人のスタッツは昨シーズンよりもいいとは言えない。しかし、彼がチームに信頼されているのはスタッツには現れない部分がチームの中でずば抜けているからだ。それは前田HCの伊藤に対する評価に現れている。「ゲームメイクとディフェンスの所で一番信頼している選手なので、非常に必要な選手ですね。チームを最優先にして考えてプレーしてくれているので、チームにとってはすごく大事な選手です。特にゲームの終盤や重要な局面で必ずコートに立っていてほしい選手ですね」
“フォア・ザ・チーム”の精神でチームをけん引するのが伊藤の良さなのである。彼自身もスタッツはあまり気にしていないという言葉を残したうえで「正直な話、チームが勝てれば自分のスタッツはどうでもいいんです。うちのチームには得点が取れる選手が多くいるので、優先順位を付けて最終的に自分で行こうというプランを立てながら試合を組み立てています。自分が積極的にシュートを狙うことでチームメートのリズムが崩れたり、試合の中で彼らのトーンが下がってしまうのが僕自身、非常に嫌なんです」と続ける。チームのために何ができるのか、彼自身はしっかりと役割を認識してゲームコントロールしているからこそ、昨シーズンまで若かったチームにいい影響をもたらし、白星先行の状況を作り上げれているかもしれないと感じる。
そんな伊藤も2020年の2月で30歳。人生において節目となるシーズンに初めての移籍という大きな決断をした。秋田にやってきて数カ月が経ち、いろいろな変化が起こっている。まずは人生初の金色に染めあげた髪の毛。周囲からの評判は結構いいと話してくれた中で、金色に変えた理由も心機一転であった。そして、バスケに対する姿勢も同様に変わったと話す。
「秋田の人たちは本当に熱狂的でバスケを見る目も肥えています、だから金髪にした中でターンオーバーとかできないですよね(笑)。そうやって厳しい目で見てくれるから、コートの上では一瞬でも気を抜かずにしっかりやらないといけない気持ちですね。自分自身を難しい場所に身を置いて、バスケットに対して一から取り組んでいて……。僕にとってはそういう環境はありがたいことで、人生において今が非常に充実している時間になっています」
SR渋谷時代はキャプテンも務めていたこともあって、上手くいかない時はどうしても自分自身の中で色々と溜めこんでしまい、自身の責任感の強さから苦しんでしまった時期もあったようだ。しかし、今は全く違うアプローチでその部分を克服している。
「自分で言うのも何なんですけど、元々責任感が強い方なので自分の中で溜めこむ癖があるんです。でも、それを秋田に来てから変えようと。今日みたいに負けたらすごく下を向きがちじゃないですか。ですけど、そこはチームの雰囲気を良くする意味でも逆に良く話してコミュニケーションを取るようにしています。話すことによって、自分自身も発散されることはありますからね」
現在、妻子を残して単身で生活している伊藤。1週間の半分はレシピサイトを見ながら自炊する料理男子の一面も持っている。そこにはやはり30歳を手前にして、体にも気を使うようになったという。そこには自身のキャリアをいう部分を考えた時に出てきた理由が隠されている。
「人生の中でバスケ人生は非常に短いです。そう考えた時に自分が50歳とか60歳になって自分の人生を振り返った際に、今回の移籍はいい選択だって言えると思っています。その中で自分のバスケ人生、もう一度華を咲かせたい。最終的にはバスケが嫌いになるくらいまでに打ちこんで、そして自分自身の中で納得して燃え尽きたいですよね」
最後に今シーズンの目標を「個人としては昨シーズンよりも1パーセントでも全てのスタッツを上回ること。そしてチームとしては絶対にチャンピオンシップに進出することです。まずは出なくちゃ話にならないので、そこを目指してどれだけこれから組織力を上げられるかが大切だと思っています」と答えてくれた。
人生の節目の1つである、30歳を迎えるシーズンに大きな決断をした伊藤。全てを変えて、全てを懸けて、秋田の地で輝きを見せると約束してくれた彼は、きっとここからさらに輝きを見せてくれるに違いない。
写真・文=鳴神富一