女子バスケの歴史が動いた。昨シーズンは無念にも中止されたWリーグプレーオフ。今シーズンはコロナ禍という大変な状況の中で開催にこぎつけ、トヨタ自動車アンテロープスがENEOSサンフラワーズの12連覇を阻み、ファイナル2連勝で初制覇を遂げた。個性的なメンバーを一つにした策士、女子スペイン代表の指揮官であるルーカス・モンデーロの采配は際立っていた。そしてENEOSがプレーオフで見せた意地は、女王たる所以そのものだった。
文=小永吉陽子
サイズのアドバンテージを生かしたトヨタ自動車
トヨタ自動車の勝因はENEOSを上回るサイズの利点を徹底的に生かしたことだ。モンデーロHCは「私たちの強みは3番ポジションを生かせること」だと自信を持っており、ともに身長180センチを超える長岡萌映子と馬瓜エブリンは、どちらが3番でも4番でも可能なウイングプレーヤーとして機能。ベンチには長い手足で伸びやかなプレーを見せ、2年連続シックスマン賞を受賞した182センチの馬瓜ステファニーも控えていた。
そのため、ともに160センチ台の宮崎早織と岡本彩也花というガードコンビの得点力を前面に出すスタイルに変え、3番は173センチのシューターである林咲希が先発を務めた。そうした状況も相まって、ウイングプレーヤーのサイズがトヨタ自動車の強みとなったのだ。
モンデーロHCの読み通り、1戦目は出足から長岡、馬瓜エブリン、センターの河村美幸らフロントラインがオフェンスリバウンドを支配し、スイッチディフェンスでENEOSのピック&ロールを封じて21-0と圧巻のスタートダッシュを見せる。
攻めては、今シーズン一段階ステップアップした司令塔の安間志織がインサイドに寄り気味だったディフェンスの隙を突いて20得点。一方のENEOSもベンチから出てきた藤本愛瑚がシュートをねじ込み、岡本と宮崎がドライブで打開する。しかし、終始ディフェンスとリバウンドで主導権を握ったトヨタ自動車が、ENEOSの猛追をかわして71-66で先勝した。
ただ敗れたとはいえ、ENEOSがこれまでと違ったのは、セミファイナルでは平均19分58秒のプレータイムだった宮澤をベンチから33分55秒も出場させたことだ。宮澤のプレータイムに対してはモンデーロHCも「予想外だった」と発言しており、2戦目でのトヨタ自動車は宮澤の先発を予想したかのように、さらに修正を重ねた采配を見せる。
準備したカードを次々に切る策士ルーカス・モンデーロ
2戦目、ENEOSは宮澤を先発起用してサイズアップを図り、出足からゾーンを繰り出す。するとトヨタ自動車は安間のアシストから長岡が2連続で3ポイントを決め、スイッチディフェンスからセンターの河村がパスミスを誘い、トランジションから三好南穂の3ポイントにつなげて11-0。1戦目に続いて先手を取り、ENEOSのゾーンを無効化させた。スイッチの際にスピードあるガード陣にマッチアップすることを課題としていた河村だったが「それなりにつけたと思う」という手応えのもと、ディフェンスではキーマンとなる働きを見せた。またも悪い出足になってしまったENEOSはすぐさま切り替える。積極性がある藤本がコートに送り込まれ、1戦目は気後れしていた中田珠未も攻め気モードに変わり、1戦目にフル出場だった宮崎の代わりに第2クォーターには星杏璃を2分投入。若手を成長させながらもタイトルを獲りに行く覚悟を見せていた。
だが、モンデーロHCはENEOSの出す手を一つひとつ阻み、準備していた手持ちのカードを次々に切っていく。
1戦目には後半開始からルーキーの平下愛佳を起用して驚かせたが、2戦目は第2クォーター中盤からアーリーエントリーで獲得した187センチのシラ ソハナ ファトー ジャを投入。ソハナはファイナル1戦目では起用していなかった選手であるが、高さを生かして10分15秒の出場で11得点を奪取した。トヨタにとっては主力を休ませることができたうえに、この得点は大きかった。また宮澤のファウル数がかさんでENEOSがスモールラインナップになると、馬瓜エブリンと長岡で容赦なくミスマッチを突いていった。
オフェンスでは走ることと、組織力を見せつけた。モンデーロHCはハーフコートの展開では「長いセットプレーをすることを心がけた」という表現をしたが、ENEOSに長くディフェンスをさせることでフラストレーションを溜めさせていった。
この組織的なオフェンスはHC曰く「スペーシングを活用し、イージーにシュートを打つ状況を作り出すこと」を求めており、オフボールでの動きを重要視している。このオフェンスの作り方は、トヨタ自動車のアシスタントコーチである大神雄子を司令塔にして中国リーグWCBAを制覇したときも、スペイン代表を指揮するときも、哲学としては同じである。最終スコアは70-60で10点差ではあるが、個の力で打開するしかなかったENEOSをねじ伏せての勝利だった。
ENEOSの宮澤は「チームが攻められなくなってしまったときに、チームとしてではなく一人ひとりで戦ってしまった」と言い、岡本も「私と宮崎が、自分がやらなきゃという気持ちが強すぎて、周りが止まって流れが悪くなってしまった」ことを敗因に挙げた。そして、司令塔の宮崎の言葉は核心を突いていた。
「皇后杯は勢いで勝てたけれど、このファイナルでは我慢しなければいけない時間帯に我慢できなかった」
2戦先勝のWリーグファイナルは勢いだけでは勝つことはできない。準備した策にどう対応するかの駆け引き合戦となる。その読み合いで上回り、手持ちのカードを惜しみなく出し、指揮官の哲学を体現したトヨタ自動車が初優勝への扉をこじ開けたのだ。
(後編に続く)