2023.02.17

【大阪カップ】世界の強豪との対戦で見えた日本の現在地…新戦力と体現した“全員バスケ”

「国際親善女子車いすバスケットボール大阪大会」に臨んだ女子日本代表 [写真]=斎藤寿子
新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年よりスポーツ専門ウェブサイトで記事を執筆。車いすバスケットボールの取材は11年より国内外で精力的に活動を開始。パラリンピックは12年ロンドンから3大会連続、世界選手権は14年仁川、18年ハンブルク、アジアパラ競技大会も14年仁川、18年ジャカルタの各大会をカバーした。

 2月10~12日の3日間にわたって丸善インテックアリーナ大阪では「国際親善女子車いすバスケットボール大阪大会」(通称・大阪カップ)が行われた。コロナ禍による中止が続き、2020年以来3年ぶりの開催となった今大会には、女子日本代表のほか、オランダ、カナダ、オーストラリアの代表4チームが参加。4戦全勝したオランダが優勝した。日本はオランダ、カナダに敗れたものの、同じアジアオセアニアゾーンのオーストラリアには連勝を飾った。東京2020パラリンピック後に就任した岩野博ヘッドコーチの下、再スタートを切って1年が過ぎたチームの現在地に迫る。

オーストラリアに連勝しAOCの雪辱を果たす

 今大会の成果の一つに挙げられるのは、オーストラリアに連勝したことだろう。昨年、世界選手権の予選として行われたアジアオセアニアチャンピオンシップスでは2連敗を喫した相手に、今大会は62-55、65-40で連勝。内容的にも、すべての面で日本が上回っていた。

 日本もオーストラリアも指揮官が代わり、チームビルディングの真っただ中にある。今大会のメンバーを見ても、両チームいずれも東京パラリンピックから半数ほどが入れ替わっている状態だ。

オーストラリアに連勝し、昨年のリベンジを果たした日本 [写真]=斎藤寿子

 一方、オランダとカナダは東京パラリンピックからほとんどメンバーが入れ替わっておらず、主力の顔触れやプレースタイルもほぼ同じだった。とはいえ、両チームともに強さに磨きがかかっていることは間違いない。

 2017年ヨーロッパ選手権以降、公式戦で一度も優勝を逃していないのが、東京パラリンピック金メダルのオランダだ。2021年ヨーロッパ選手権でも不戦勝の試合を除いて全試合を30点以上の差で勝利し、圧巻の強さを誇った。今年6月に行われる世界選手権(UAE・ドバイ)での大会連覇も視野に入っているオランダは、高さ、スピード、シュート力、連携といったすべての面で世界トップの実力を持つ。そのオランダに、日本は26-80と完敗。24-82で敗れた東京パラリンピックとほぼ同じスコアに、厳しい現実を突き付けられた。

 そして、東京パラリンピックでは予選リーグに続いて5、6位決定戦でも日本が敗れた相手であるカナダは、昨年行われたパン・アメリカ選手権を制覇。今回の大阪カップには得点源の一人であるアリン・ヤン(4.5)が不在ということもあり、オランダには完敗を喫した。それでもハイポインターのシュート力に加えて、ローポインターとミドルポインターにはスピードがあり、強豪の一つであることに変わりはない。日本はそのカナダに43-77で敗れた。

キャプテンとしてチームをけん引した北田千尋[写真]=斎藤寿子

若手の台頭で厚みが増した選手層

 しかし、オランダ、カナダともに主力とベンチとに実力差があり、選手層という点ではいずれも課題を残したままだ。オランダのヘルトヤン・ファン・デル・リンデンHCも「パリパラリンピックに向けて課題としているのは、選手層を厚くすること」と語る。

 その点、今大会で唯一“変化の兆し”を見せたのが、日本だった。筆頭に挙げられるのは、江口侑里(2.5)。19年にチーム最年少19歳で女子U25世界選手権に出場し、東京パラリンピック後に強化指定選手入りした若手の一人だ。

 最大の武器は、これまで日本にはなかった世界に匹敵する高さだ。座ったままで右手を伸ばした打点の高さは、2メートルを超える。ポストプレーやゴール下でのシュートを得意とし、最近ではシュートレンジが格段と伸び、フリースローライン付近の難しい距離からのシュートも成功率が上がってきている。

確かな存在感を示した江口 [写真]=斎藤寿子

 もともと小学3年からミニバスを始め、高校まで健常のバスケットボールを経験してきた江口。だからこそ、世界で稀にみる高度な技術を持つ。江口には、左側の手足に麻痺がある。そのため左手は使うとしても添える程度で、パスもシュートも右手1本で行っている。それでもどんな速さや高さのパスも、江口はしっかりと受け止める。さらにしっかりと片手でボールをキープしたままシュートすることもしばしばだ。

 麻痺のある選手が代表でプレーすることは世界でも珍しく、江口の“ワンハンドプレー”は世界で唯一の技術と言っても過言ではない。それは小学生のときから培ってきたものなのだという。

 今大会では全試合でベンチスタートだったが、いずれも彼女の登場で流れが変わり、重要なシックスマンとして活躍。オーストラリアとの第1戦ではプレータイムは16分ながら、チーム3番目に多い8得点をマーク。さらにディフェンス面でもゴール下での覇権争いを制したり、ビッグマンへの高いパスをカットするなど、明らかに相手が嫌がるような存在と化していた。

 また江口と同じく、19年U25世界選手権メンバーで、東京パラリンピック後に強化指定選手入りしたのが、石川優衣(1.0)と立岡ほたる(2.0)だ。今大会ではディフェンスやハイポインター陣の得点シーンをプロデュースする役割に限らず、ともにベースラインからのシュートに磨きがかかっていることを証明してみせた。

新戦力の一人として台頭してきた石川[写真]=斎藤寿子

日本が目指すバスケットに必須のシュート力

 こうした新戦力の存在により、主力とベンチとに大きな差があり、固定したメンバーでの戦いを余儀なくされている他国とは異なり、日本はどのユニットが出ても力の差はほとんどない。まさに“全員バスケ”を体現している状態で、世界と戦ううえでの強みとなることが期待される。

 しかし、その“全員バスケ”の質はまだ世界レベルに達しているとは言えないことも、また事実だろう。特にオフェンスにおいては、オランダやカナダとの差は歴然で、それは得点差に限らない。

 最も気になったのは、シュート成功率だ。オーストラリアとの2試合においては、いずれもフィールドゴール成功率は40パーセント以上だったが、スピードで勝る日本がオールコートのプレスディフェンスで主導権を握り、速いトランジションからのランニングシュートが多い試合だった。

 一方、セットオフェンスからのアウトサイドシュートが多かったオランダ戦とカナダ戦においては、50パーセントの成功率を超えた相手に対し、18.6パーセント、32.8パーセントを記録。特に高さ、スピード、リーチの長さとすべての面で世界トップのオランダとの試合では、どうしてもタフショットのシチュエーションが多くなるため、得点することは決して容易ではない。しかし、日本が掲げる目標を達成するには、そのタフショットを決める力が求められている。

立岡など若手の成長により、“全員バスケ”を体現できた日本だが、まだまだ課題も残る [写真]=斎藤寿子

 今大会のインタビューで、来年のパリパラリンピックでは金メダルを目指すことを宣言した女子日本代表。チームが目指すのは「80得点、60失点」のバスケットだ。その意味でもローポインターの得点が増えていることは大きな前進だろう。選手層の厚さや戦略の種類の豊富さなど、東京パラリンピックからの成長という点においては、他国をリードしているに違いない。

 ただ、あえて厳しいことを言えば、その成長が世界トップとの差を埋めるまでにはまだ至ってはいない。4カ月後の世界選手権では成長を結果につなげ、1年後に迫るパリパラリンピックに向けて勢いを増したい。

取材・文・写真=斎藤寿子

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