バスケットボールレポーターとして人気の高い井口基史氏の経歴は非常に興味深い。なぜなら氏のプロフィールにあるように「スカウト・通訳・GM・クラブ代表まで経験」しているからだ。開幕を目前に控えた各クラブの現在地はどこなのか? 今シーズンの各クラブの注目すべきポイントはどこなのか? クラブの裏事情を知る井口氏だからこそできるレポートを、東西2地区に分けてお届けする。
文=井口基史
[東地区]
レバンガ北海道 「アフター折茂とは言わせない」
日本バスケットボール界の象徴、折茂武彦引退の事実は変わらない。ココから先の歴史は自分たち次第だ。業界のビッグテーマだった橋本竜馬戦争を制し、戦う決意を示したレバンガも、with竜馬で2シーズン目。やはり道民は道民に託すのが筋なのか。北海道出身の宮永雄太氏がヘッドコーチとしてレバンガとB1に帰ってくる。横浜からは牧選手、京都から玉木選手、富山から葛原選手を獲得と、宮永HCがチームに求めるものはハングリーさか。怪我明けの牧選手が、プレイできることを証明したい気持ちは想像でき、玉木選手が北海道にサイズとエナジーを与え、葛原選手がハッスルとスコアをもたらす事ができれば、試合終了後には祝杯のため、きたえーるからススキノまで緑の列が並ぶだろう。
いずれの選手もプレイタイムを渇望していたことは、旧所属チームでの活躍から見ても明らかで、そこにレラカムイ北海道時代にリーグにインパクトを残した、ジャワッド・ウィリアムスというコート内外で代えがたい安定を得つつ、アフター折茂と言わせない陣容を北の大地から鳴り響かせることができるか。あと今でも折茂さんが練習にフル参加しているのではないかと、念のためにシーズン前に確認が必要かもしれない。
秋田ノーザンハピネッツ 「50パーセントピンクで打開せよ」
JR秋田駅東口の再開発事業の一環として、駅から徒歩約5分の距離に「秋田ノーザンゲートスクエア」という新しい専用施設を手に入れられたことは、クラブの歴史にとって大きな1ページだ。この効果をバスケで表現出来るようになるには、時間が掛かるかもしれないが、すぐに体感できそうなのはクラブ全体の一体感だ。練習施設とクラブオフィスが同居するという、一見当たり前のようで日本では当たり前ではない環境により、“THIS GAME”にかけるハート、熱量、情報の鮮度はすぐにアップグレードできるだろう。この効果は外から見るより、意外と大きいことを証明し、日本バスケ発展のためにはこのような環境整備が必要だ!と、ぜひ秋田から全国へ発信してほしい。
何よりコロナで痛いのは、普段100パーセントクレイジーピンクと共に戦ってきたチームが、今シーズンは50パーセントピンクになりそうなことだ。残り50パーセントをこの新環境が与えてくれる部分で補完できれば、100パーセントクレイジーの部分はほぼ維持できそうだ。唯一気になるのは2年連続リーグ最多の平均ファール数。スティールもリーグ1位とあるだけに、リスクを冒しつつスティール1位を得たとも捉えられるが、ファールの数をケアしながら、再びスティール1位をもぎ取れば、さらに強烈なホームピンクアドバンテージが完成するだろう。
宇都宮ブレックス 「ブレックスメンタリティーの勝負所」
2019-20シーズンがコロナにより中止となり暫定成績のなかで順位が決定した。順位確定する事はやむをえないが、「地区優勝決定」という点に対して声を上げたのがBrex Nationだ。なるほど! 忘れかけていました! 我々は一戦一戦を闘い、その一喜一憂をファンと共有することがプロの仕事なんだと。「コロナだからしょうないよね」では済まされないというブレックスメンタリティーを改めて実感しました。
それだけに無視できないのが避けられないコロナの影響だ。全チーム同条件だが、リーグ1位のチケット収入(2018-19シーズン・クラブ決算)を誇る宇都宮だけにその影響は甚大だろう。またコロナの中でどうやって熱量高い、ホームのようなNationを維持していくかの取り組みは、プロスポーツ界全体が宇都宮に注目するだろう。コート外のことばかりが気になるが、それだけ環境さえ整えば、いつでも結果の出せる集団だということ。ここ数年抱えるケガ人の部分も、チーム内でカバーできることも証明している&昨シーズンの終わり方に納得していない感をひしひしと感じさせている事を考えると、ブレックスが今年もやってくれることにはノークエスチョンだろう。ロスターのことをあーでもない、こーでもないと言うと、ブレックスファンに怒られそうなのでやめておきます。
千葉ジェッツ 「大きな流失と大きな加入」
プロスポーツ界全体で大きなニュースとなった、島田新チェアマンの就任。リーグにとってはクラブ運営経験をもつ新チェアマンの就任は心強いが、千葉ジェッツにとってもそれは同じだと言えるのか。島田チェアマンの歴史=千葉ジェッツ成功への歴史とされており、「コートはコート」、「外は外」と、はたして言い切れるのか。島田会長が求めていた高い要求度は、クラブだけでなくチームやコート上のパフォーマンスにどのレベルまで影響があったのかが問われるシーズンだ。NBAでは球団代表の去就がチーム成績に直結する事もあり、ブースターにとっては大きな出来事だ。
それとは逆に、得難いものも得ることができたこのオフ。青山学院大学から特別指定として加入する赤穂選手だ。昨シーズンの横浜ビー・コルセアーズでの特別指定のインパクトは記憶に残り、きっとハマのブースターは千葉流出に涙しただろう。八村塁選手のNBAドラフト指名後の、ワシントンDCの歓迎ぶりはニュースにもなったが、地元の市立船橋高校出身ということを考えても、それクラスのウェルカムでお迎えし、Bリーグはドラフト制がないので、そのまま既成事実でジェッツの一員になし崩しで持って行ければ、千葉ブースターとしては大成功のはずで、ルール上もOKだ。今シーズンは特別指定なのでプレイタイムは読めないが、今後10年赤穂選手をエンジョイできたら最高だ。
アルバルク東京 「あの有名なカイゼンはアルバルカーズには不要か!?」
コロナ中止により暫定成績で地区優勝と発表されたが、納得いかないのはアルバルクだって同じだ。彼らのメンタリティーは、正々堂々と戦ってこそ、チャンピオンの味は格別だと知っているからだ。ということは……ルカHCが求めるカイゼンは最終形態に達しておらず、そのカイゼンを今シーズンも引き続き取り組むことになるのか。なるほど、そのためにあまり大きなロスターの変化をしない、このオフの判断であれば理解しやすい。
唯一の心配は昨シーズンで引退を決めた、正中選手不在の影響がどう出るか。リーグが変わり、強化部長、GM、クラブ代表は代わるが、13年間変わらなかったものは正中選手の存在だ。勝っている時には気にならないようなことも、チームメイトが公言してきた彼の大きな存在感が、コロナなどコントロールできない事態の時に、どういう影響があるのか見定めたい。現に彼は昨シーズンBリーグ個人HIGHと同じ14.4分も出場しており、これはスポットでは無くローテーションといえるプレイタイムだ。何かしらの形でベンチにいてもらったほうが良かったのではと余計な心配をしつつ、この機会にクラブのレジェンドである渡邊拓馬氏も現在はクラブに携わっていないことなど、クラブの歴史的財産の価値について、アルバルクを応援する皆さんと語ってみたいなと、怒られそうなことを言ってみる。
サンロッカーズ渋谷 「唯一のタイトルホルダーの誇り」
昨シーズン、レギュラーシーズンが中止となり、暫定成績で地区優勝は決定したが、唯一コロナの影響を受けずにタイトルが成立したのは、サンロッカーズ渋谷がもぎ獲った、天皇杯だけなのを忘れてはいけない。優勝インタビューで、思わず声に詰まり涙する伊佐HCの姿には、サンロッカーズブースターのみならず、彼を長く知るバスケ関係者や地元沖縄からも感動の声が届いた。それだけにビッグクラブとして高いプレッシャーや期待、能力の高い選手たちをできるだけ使ってあげたいという、伊佐HCの気持ちが私たちにも伝わった感動的な天皇杯だったと思っている。その誇るべきタイトルを獲ったはずなのに、イマイチリーグ全体からリスペクトされているのか?感や、ホームの熱狂が届きづらいなぁと勝手にコッソリ感じているは自分だけなのか。シャレオツタウンがホームだからか。ITタウンだからスマート過ぎるのか。
昨シーズンの平均得点は、リーグ1位の85得点とハイスコア。都会の皆さまにもエンジョイできるゲームをお届けしています。泥臭い仕事ができる選手も揃っています。セクシーもいます。いや男前でナイスガイだと知っています。ただ対千葉戦では、サイズさんを盛大なブーイングで迎えるくらいのブースターアクションがあっても良いと思います。個人的には。
川崎ブレイブサンダース 「東芝からDeNAへの変化はクラブのみにあらず」
3ポイントパーセンテージ36.8パーセントはリーグ1位。1試合平均アシスト数は23とこれもリーグ1位。佐藤HC率いる川崎コーチングスタッフからは、変わったのは球団運営だけじゃない、コート上も変わったのだ。コレが日本の目指すべき、世界のスタンダードバスケットボールだという気概を感じる。出てくる選手達からもスタートだとかベンチだとかいう概念は、もはや古いんじゃないかと思わせるエナジーで、特に藤井選手の躍動や、それに続く青木選手の成長は、ITで最先端を目指すDeNAと、技術者を育ててきた東芝との、融合の形だと勝手に解釈している。
川崎ブースターとしては一番怖いのがケガでロスターが揃わないこと。それぞれのプレイタイムの中で、高い強度が求められているだけに、おのずと練習の強度の高さは想像しやすく、コーチングスタッフが細心の注意を払っているのではないかと考える。ひょっとすると日本からユーロリーグに出場できたら一番勝つのは川崎じゃないかと夢見ながら、まずはBそしてアジアへと、永久ベンチャーとして挑戦する川崎を今シーズンも楽しみたい。
横浜ビー・コルセアーズ 「苦楽を共にしたブースターにスマイルを」
2016-17シーズン残留プレイオフ1回戦vs秋田との特別ルールGame3。Bリーグ史に残るブザービーターをお見舞いし、秋田を凍り付かせた川村卓也はもういない。Bリーグが始まってからシーズン中のHC交代が無かったのは2018-19シーズンのみ。ハマの海賊は安定した停泊なんか求めていないぜ。ということは理解しているとしても、こういう荒波が大好きな皆さんの集まりなのか。残留プレイオフマニアの井口さんとしては、横浜ブースターの持つ気概と理解しているのは「この1戦にかけるファイト」だ。
ごく一部のマニアにだけでいまだに語り継がれる、片柳アリーナでの地鳴りのようなブーストや、昨シーズン、トッケイセキュリティ平塚総合体育館を揺らしたブーザービートが横浜ブースターを証明している。川村卓也劇的ショットで、ギリギリ生かされてきたブースター我慢の賞味期限があるうちに、海賊をスマイルにすることが求められることは、誰よりもチームが一番理解しているはず。今シーズンこういう逆境を跳ね返す仕事をするのは、誰になるのか。昇降格のないシーズンが、横浜にとってもブースターにとっても、吉と出るのか、凶と出るのか注目しかない。
新潟アルビレックスBB 「新たなカルチャーを受け入れられるのか」
このチームが無ければプロバスケどころかBリーグも無かった。日本初のプロバスケットボールクラブとして、常にリスペクトされるべき存在だった新潟にも、ついに転換期が訪れたのか。廣瀬昌也-マットギャリソン-平岡富士貴-中村和雄-庄司和広とクラブ20年の歴史のなかで、チームを率いたHCはわずか5人。かつOB以外は中村和雄氏だけとその重責を嫌でも知ることができる。誰にでもたどり着くことは出来ないポジションだ。昨シーズンは20周年のアニバーサリーだったが、コロナにより改めてリスペクトする機会をほぼ失い、新潟のみならずプロバスケの歴史としても損害だった事は事実だ。その日本最古のプロチーム21年目をキングス・藤田HCに次ぐ、2番目に若い福田将吾氏(36才)が務める。
質問は一つ。新潟は新しいカルチャーを受け入れられるのか。プロバスケチームが日本に無かった時代だっただけに、手探りで始まった歴史ゆえに、チームを愛する心、オレ達・私達のチームだと信じている人の多さが新潟の誇りだ。その誇りが多いがゆえにチームやHCに求められる要求は、普通のチームやHCに求められる要求より多く、重たい。それと同時に得られる喜びや周りの評価、リスペクトも多くなくてはならないはずだ。今シーズンと関係はないが、改めて歴史をリスペクトすることで、新潟の新しいカルチャーが始まるのか。一人のバスケットボールファンとしては、いつまでも新潟から目が離せない。
富山グラウジーズ 「矢でも槍でも鉄砲でも持ってこい戦法」
「あー。これはサトルマエタは来年は富山におらんちゃー」。昨シーズンのホーム開幕戦vs三遠Game1、前田選手22得点の爆発で勝利した、会場からの帰り道で耳にした富山ブースターのコメントだ。開幕1試合目ですでに、来シーズンの流出を覚悟するという、地方クラブならではの「全部は得られない」、「限られた財源でビッグクラブと戦う」という事情をブースターもよく理解している。
その中で富山が選んだのは盾よりも鉾か。コロナの混乱に乗じたと言って良いのか……三河から岡田選手、宇都宮から橋本選手、京都からマブンガ選手と、矢と槍と鉄砲を持ってきて、さらに初代1on1野郎・城宝選手まで呼び戻すというおまけつきだ。富山のスポンサー筋に取材したところ「出来る事ならこのまま開幕しなくてもいい。できるだけこのロスターを想像だけで楽しんでいたい」というから重症だ。そこにきて選手達に自由と規律を与えてくれる、浜口HCが指揮官就任とくれば、どの順番で矢か槍か鉄砲をはなつのか。永遠に想像だけで楽しんでいたいのが、グラウジーズブースターの心境か。