2023.05.05

車いすバスケットボール女子…ベスト4以上を狙う世界選手権、“現在地”の指標となるアメリカ戦に注目!

4月28日~5月4日の日程で強化合宿を実施 [写真]=斎藤寿子
新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年よりスポーツ専門ウェブサイトで記事を執筆。車いすバスケットボールの取材は11年より国内外で精力的に活動を開始。パラリンピックは12年ロンドンから3大会連続、世界選手権は14年仁川、18年ハンブルク、アジアパラ競技大会も14年仁川、18年ジャカルタの各大会をカバーした。

 4月28日~5月4日、味の素ナショナルトレーニングセンター・イーストでは来年のパリパラリンピックを目指す女子日本代表候補である「女子ハイパフォーマンス強化指定選手」の強化合宿が実施された。この合宿では、約1カ月後に控える世界選手権に向けてのチーム強化だけでなく、今年10月に開催が予定されているアジアパラ競技大会の最終選考も兼ねて実施。

 そこで今回はパリパラリンピックの出場枠がかかった世界選手権について、岩野博ヘッドコーチにインタビュー。チームの現状と2大会ぶりとなる世界選手権での展望、目標について聞いた。

岩野HCに女子代表の現状を聞いた [写真]=斎藤寿子

ベテランエースが復帰したアメリカに見るパラへの過酷な道のり

 6月9日~20日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで世界選手権が行われる。女子は12カ国が参加する今大会の出場枠は開催国のUAEのほか、アメリカ、ヨーロッパ、アジアオセアニア、アフリカの各大陸ゾーンに1つずつ分け与えられ、さらに東京2020パラリンピックの上位7カ国の大陸ゾーンに振り分けられた。

 東京パラリンピックで中国が銀メダル、日本が6位入賞したアジアオセアニアには3枠が与えられ、昨年5月に行われたアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)の結果、オーストラリア、日本、タイが出場枠を獲得。さらに開催国のUAEは女子が不参加となったため、新型コロナウイルス感染症の影響でAOCに出場しなかった中国が出場することとなった。

 この4カ国で、まずはパリパラリンピックの出場枠が獲得できるベスト4進出を狙う。さらに男子と同様に、来春に行われる世界最終予選の出場枠もかかっているため、一つでも上の順位を狙うことが重要となる。

 女子はまず6カ国ずつ2つのグループに分かれて予選リーグを行い、上位8カ国が決勝トーナメントに進出する。グループAに入った日本は、アルジェリア、アメリカ、タイ、オランダ、ドイツの順に対戦。アルジェリア、タイに取りこぼすことなく勝てば、決勝トーナメント進出はほぼ確定するが、それだけでは準々決勝でグループBの1位と対戦する可能性が高く、ベスト4以上を狙うのはより厳しい状況となる。

今回の合宿では強化に加えて、選手選考も行われた [写真]=斎藤寿子


 そのため、岩野HCは2、3位通過を狙いたいとしている。そこでポイントとしているのが、第2戦のアメリカ戦だ。

「ヨーロッパは常に試合をしていて、相性もあるのか、結構勝ったり負けたりしているんです。だから頭一つ抜けているオランダ以外は意外と力の差が見えにくい。その点アメリカの強さは安定しているので、そこを指標にして自分たちの現在地を知ることができるかなと。そういう意味ではアメリカに勝てれば、自ずとベスト4以上も見えてくると思っています」

 アメリカは2016年リオデジャネイロパラリンピックで男女ともに金メダルに輝いたが、その後メンバーが大幅に入れ替わった女子は18年世界選手権では6位に沈んだ。しかし、当時から関係者の間でも「女子のアメリカはパラリンピック後に世代交代をするので、この時期は目立たないが、結局パラリンピックにあわせてチーム力を上げていく土台がある」という見方をされていて、東京パラリンピックでは銅メダルを獲得し、2大会連続で表彰台に上がった。

 そして東京パラリンピックから半数が入れ替わったメンバーで臨んだ昨年のアメリカ選手権では、決勝でカナダに68-76で敗れている。しかし今回の世界選手権は、そのままのチーム編成ではいかずに“テコ入れ”をしたようだ。岩野HCによれば、最近になって強力なエースが復帰したのだという。クラス2.5ながら、リオの決勝で40分間フル出場し、チーム最多の33得点を叩き出したベッカ・マレーだ。

 リオ以降、公式戦に姿を見せていなかったマレーだが、東京パラリンピックの切符がかかった19年のアメリカ選手権に出場し、総得点、1試合平均得点、1試合平均アシストでチーム最多を誇った。コロナが影響したのか、それともアメリカの切符獲得を確実にするために助っ人として予選だけ呼ばれたからなのか、東京パラリンピックにはエントリーしていない。ただ、もし彼女が出場していたとしたら、アメリカのチーム力はより高かったことは想像に難くない。

 そのマレーをアメリカが再び招集した背景には、パラリンピックの出場がより厳しくなった状況があると見ていいだろう。東京パラリンピックでは10あった女子の出場枠が8に減少したことで、各大陸ゾーンに1つずつ分け与えられていた出場枠が撤廃されたからだ。世界選手権で4強入りして大陸ゾーンの出場枠を得る、もしくは世界最終予選を勝ち抜かなければ、たとえ各大陸の選手権で優勝したところでパリには行くことができない。つまりパリパラリンピックへの出場が安泰の国、大陸ゾーンは一つもないということだ。

 今回ベテランを代表復帰させてまでフルメンバーで臨もうとしてくるあたり、アメリカの本気度がうかがえる。だからこそ日本にとっても世界における現在地を知るうえで、より重要な一戦となることだろう。

“非常識”を“スタンダード”にしたバスケットで世界に挑む

 さて、それでは日本はどのようにして勝機を見出そうとしているのだろうか。まず最も重視するディフェンスでは、新しいシステムが機能するかだ。本番1カ月前という大事な時期だけに、あえて詳細は伏せておくが、軸とするのはこれまでやってきた3種類のディフェンスをミックスさせた全く新しいスタイルのディフェンスだ。

 今年2月の大阪カップでは海外勢相手に初めてトライしており、そこで得た手応えと浮き彫りとなった課題によって、現在はさらにブラッシュアップされている。オフェンスからディフェンスに切り替わった瞬間にまずは一段階目のディフェンスを高い強度でいけるか。そして二段階目、三段階目と変化していく中で、いかに5人の息が合うかがカギを握る。

 一方、オフェンスでは何よりもまずはレイアップやゴール下のシュートを確実に決めることを徹底する。さらにアウトサイドからの得点も重視しており、いかにフリーの状態でシュートするシチュエーションを作れるかがカギとなる。こだわりの一つであるスリーポイントシュートのアテンプトにも大きく関わってくるはずだ。

「例えばボールマンがドライブしてインサイドに切り込んでいった場合、その選手にあわせてピックに行ったりすることが多かったんです。それだとゴールには近づけるものの、狭い中での攻撃となりディフェンスも近距離からジャンプアップできるので、結局はタフショットになるケースがほとんどでした。でも、今は一人がインサイドにアタックしても、もう一人が外で待てるようになった。そうすることでディフェンスを引き寄せておいて、キックアウトして外から打つと。オフェンスでもうまくフロアバランスが取れるようになってきました」

 東京パラリンピックまでの強みを踏襲しつつ、これまでとは違うバスケットにも取り組んできたという岩野HC。その指揮官が率いる女子日本代表は“世界一決定戦”の舞台で、どんな戦いを見せてくれるのか。

「これまで日本では非常識とされてきたものをスタンダードにしたいと思っているんです。そういうトライをしていかなければ、体格もパワーも全く違う世界を相手に勝つことはできません。今回の世界選手権では世界をあっと驚かせるようなバスケットをしてベスト4以上を目指したいと思います」

「世界選手権ではベスト4以上を目指したいと思います」と岩野HC [写真]=斎藤寿子


 世界選手権は6月9日に開幕。日本は翌10日にアルジェリアとの初戦を迎え、2日後の12日にアメリカと対戦する。パリパラリンピックに向けて、日本の現在地を知るうえでも注目の一戦は、12日、日本時間19時15分にティップオフだ。

取材・文・写真=斎藤寿子

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