2023.05.02

車いすバスケットボール男子…“世界選手権”として臨む遠征がパリへの試金石に

4月24日〜30日に強化合宿を実施した[写真]=斎藤寿子
フリーライター

 来年のパリパラリンピックを目指す男子日本代表候補である「男子ハイパフォーマンス強化指定選手」の今年度最初の強化合宿が、4月24日~30日に清水ナショナルトレーニングセンター(静岡県)で行われた。今年は12月にパリパラリンピックの出場がかかるアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)が控えている。その大一番に向けて第一歩となった今回の合宿で、京谷和幸ヘッドコーチにインタビュー。チームの現状と、AOCやパリパラリンピックに向けたビジョンについて聞いた。

強化合宿で選手に声をかける京谷HC [写真]=斎藤寿子


 

チーム内競争激化で厳しい状況を打開する力に

 今年度、男子ハイパフォーマンス強化指定選手には、東京2020パラリンピック日本代表9人を含む21人が選出された。最年長は今年で40歳を迎え、6大会連続でパラリンピック出場を目指す藤本怜央(4.5)。一方、最年少は昨年の男子U23世界選手権金メダルメンバーで、初めてハイパフォーマンス強化指定入りした21歳、現役大学4年生の伊藤明伸(1.5)だ。この21人から、今年行われるアジアパラ競技大会やAOCに臨む男子日本代表12人が選出される。

最年少の伊藤明伸[写真]=斎藤寿子

 男子ハイパフォーマンス強化カテゴリーでは、今年度も月に一度のペースで強化合宿や遠征が行われる予定だが、これまでのように合宿には全員を招集はしない。毎回21人から選出された16人のみが合宿への参加が許される。その理由について、京谷HCはこう語る。

「今年度は、ある程度人数を絞った状態でよりコアな練習をしたいと考えています。もちろん東京(2020パラリンピック)に出たからとか過去の実績に関係なく、いいパフォーマンスをしなければ合宿のメンバーには入れない。強化指定だからと言って、選手はうかうかしていられなくなり、より競争力が高まると期待しています。これからはドイツリーグに参戦していた2人も入ってきますので、より競争は厳しくなります」

強化指定選手21名の中から16名が合宿に参加 [写真]=斎藤寿子

 京谷HCが国内でより厳しい競争を生み出そうとしている理由の一つには、日本が過去にはないほど厳しい状況に置かれていることが挙げられる。車いすバスケットボール男子日本代表は、1976年トロント大会以来、12大会連続でパラリンピックに出場してきた。

 しかし、これまで12あった出場枠が、来年のパリパラリンピックでは8にまで激減された。そのため、開催国枠やアジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカの各大陸ゾーンに自動的に1つずつ分け与えられていた出場枠が撤廃。新たなシステムでパラリンピックの切符獲得を目指すことになった。

 まずは今年6月にドバイで開催される世界選手権でベスト4に入った国の大陸ゾーンが出場枠を獲得する。そのうえで今年の夏から年末にかけて、各大陸で選手権が行われ、世界選手権で得た枠の数にそって上位国にはパリパラリンピックの出場権が与えられることになる。

 残った4枠については、来春に世界最終予選が行われ、上位4カ国が切符獲得となる。その世界最終予選の出場資格については、まずパラリンピック開催国のフランスがヨーロッパ選手権で獲得できなかった場合は優先とされる。さらに世界選手権でいずれの国も4強入りしなかった大陸ゾーンにも1枠が与えられる。残りは世界選手権での5位以下の国の大陸ゾーンに振り分けられる。その数にそって、各大陸選手権でパラリンピックの切符を逃した国のうち上位から世界最終予選の出場権が与えられることになる。ちなみに世界最終予選の出場枠は、現在はまだ確定していない。

2018年に開催された世界選手権の開会式[写真]=斎藤寿子

世界選手権に日本不在で向かい風のアジアオセアニア

 こうした世界的に厳しい状況のなか、日本の男子にはさらに向かい風が襲っている状態だ。最大の理由は、世界選手権に出場できないことにある。昨年、世界選手権の出場権をかけて行われたAOCで新型コロナウイルス感染症の影響をもろに受け、棄権を余儀なくされたのだ。

 アジアオセアニアの中で群を抜く“トップ4”(日本、オーストラリア、イラン、韓国)の1つである日本が出場できないことで、アジアオセアニアにとって枠取りがより厳しい状況下となったと言わざるを得ない。

 今回の世界選手権にアジアオセアニアからは、オーストラリア、イラン、韓国、タイ、イラク、そして開催国のアラブ首長国連邦(UAE)の6カ国が出場する。しかし、そのうちベスト4進出の可能性があるのは実績からすればオーストラリアとイランくらいだろう。とはいえ、その2カ国においてもかつての強さはなく、4強入りは厳しいことが予想される。

2019年AOCで長い間、公式戦で勝てずにいたオーストラリア、イランを破り予選を1位通過。オーストラリアが日本の実力を認めるきっかけとなった。川原凛(写真左)[写真]=斎藤寿子

 つまり、世界選手権でアジアオセアニアが1枠も取れない可能性は決して否定できないのだ。そうなれば、12月のAOCではパリパラリンピック行きではなく、世界最終予選行きの切符争いとなり、よりパラリンピック出場が難しくなる。

 また、世界選手権に出場しない日本が他国以上に厳しい立場であることは明らかだ。4年に一度の世界選手権は、パラリンピックを除いて唯一の世界一決定戦で、前哨戦の意味合いが強い。そこで得た手応えと課題を持ち帰ることでさらにチーム強化を図り、本番に臨むのだ。その舞台に上がることなく予選を勝ち抜き、パラリンピックでメダル獲得を目指すことが、いかに大変であるかは想像に難くない。

強豪国との対戦で測る日本の“現在地”

 そこで日本は5月から6月にかけて2週間、ドイツ、トルコへの長期遠征を実施する。それぞれ地元のドイツ、トルコのほか、東京2020パラリンピック金メダルのアメリカ、前回の世界選手権覇者イギリス、一昨年のヨーロッパ選手権覇者のオランダ、さらにアジアオセアニアのライバルであるオーストラリア、韓国と対戦する。

2022年ドイツ遠征。ドイツに3戦全敗したことで「メダリスト」ではなく「挑戦者」としてパリに向けて改めてチーム強化を図る大きなきっかけとなった[写真]=斎藤寿子

 いずれもその直後に控えた世界選手権に向けてチームは仕上がっていることが予想され、親善試合とはいえ“負けられない戦い”であるはずだ。そのため京谷HCは今回の遠征を「日本にとっての世界選手権」と捉えている。

2018年世界選手権、当時ヨーロッパ王者だったトルコを日本が撃破した[写真]=斎藤寿子

 実はアメリカは東京パラリンピック後、代表から離れていたスティーブ・セリオ、ジェイク・ウィリアムスが復帰。さらにイギリスも、コロナ禍やクラス分けの問題などで東京には来なかったフィル・プラット、サイモン・ブラウンが戻り、18年世界選手権で優勝した時と同様にフルメンバーが揃っている。一昨年のヨーロッパ選手権ではおそらくコロナ禍の影響で、決勝は不戦勝となり優勝を逃したものの、戦力的には東京でのイギリスよりも確実に上だろう。

2019年に実施したアメリカ遠征。アメリカの強さを肌で知る貴重な機会となり、世界最強のアメリカに追いつくためのイメージが東京の決勝につながった[写真]=斎藤寿子

 またドイツも若手の台頭によってチーム力が上がっており、決して侮れない。そしてオランダは、そのドイツを一昨年のヨーロッパ選手権で破っている。さらにオーストラリア、韓国は12月のAOCで火花を散らす相手であり、日本としては負けるわけにはいかない。

2019年AOC予選で唯一黒星となった韓国戦。日韓戦に強い闘志を燃やす韓国チーム[写真]=斎藤寿子

「相手もベストメンバーで来るでしょうから、こちらも試すとかではなく、勝ちにいきます。結果にこだわり、本気でぶつかった中で、どういう戦いができるのか。日本の現在地を知るうえで重要な遠征になることは間違いありません。とにかくオーストラリア、韓国には取りこぼさないようにして勝ち越して帰ってきたいと思います」と京谷HC。世界選手権並みに強豪国との対戦が続く今回の遠征が、パリパラリンピックに向けての試金石となる。

取材・文・写真=斎藤寿子