通算ブロック数とスティール数でNBA歴代トップ10に名を連ねるレジェンド
今からちょうど19年前の1999年11月21日(現地時間20日)。バスケットボール殿堂入りしたレジェンド、アキーム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツほか)が通算スティール数で2,000本に到達し、史上唯一となるスティールとブロックで2,000本以上を達成。
1998-99シーズンを終えた時点で、オラジュワンは通算3,582ブロック、1,977スティールを挙げていた。そしてキャリア16シーズン目(99-00)の序盤に行われたシアトル・スーパーソニックス戦で16得点4リバウンド2スティールをマークし、通算スティール数で2,000本の大台に到達した。
213センチ115キロと立派な体格でセンターを務めたオラジュワンは、絶妙なタイミングで相手選手からスティールを奪い、ブロックをお見舞いしてきた。ルーキーシーズン(84-85)からオールディフェンシブセカンドチームに選出されるなど、リーグトップクラスのディフェンダーとして君臨。通算9度のオールディフェンシブチーム(うちファーストチームは5度)に選ばれたほか、ブロック王に3度輝いており、93、94年には最優秀ディフェンシブプレーヤー賞を獲得。
オラジュワンはキャリア最後の01-02シーズンのみ、トロント・ラプターズでプレーしたものの、キャリアの大部分をロケッツの大黒柱としてプレー。キャリア18シーズンで残した平均1.7スティール3.1ブロックは、驚異的な成績と言っていい。
さらに、オラジュワンは通算成績でNBA歴代1位の3,830ブロック、NBA歴代8位となる2,162スティールを残しており、両部門で歴代トップ10にランクイン。1973-74シーズンにスティールとブロックが公式スタッツに追加されてからというもの、両部門で2,000本以上をたたき出したのはオラジュワンだけというのが、この男の偉大さを見事に言い表している。
90年代中盤に“ドリームシェイク”でリーグを支配した万能型ビッグマン
もっとも、オラジュワンを“ディフェンダー”というジャンルにあてはめることはできない。幅広いシュートレンジとビッグマンらしからぬスピードとクイックネス、そして見事なフットワークから繰り出す“ドリームシェイク”を最大の武器として、キャリア平均21.8得点、通算2万6,946得点(NBA歴代11位)を記録してきたからだ。
この“ドリームシェイク”はオラジュワンならではの必殺技として知られ、軽やかなステップワークと不意を突くフェイク、そして鮮やかなスピンムーブを交えて相手選手を翻弄。ロケッツが2連覇を達成した90年代中盤は、アンストッパブルなムーブとしてリーグ全体で恐れられたのである。
現役引退後、オラジュワンはドワイト・ハワード(現ワシントン・ウィザーズ)やヤオ・ミン(元ロケッツ)、アマレ・スタッダマイヤー(元フェニックス・サンズほか)といったビッグマンに限らず、コービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)やレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)といったスーパースターたちへ自身のポストムーブを伝授しており、絶大な支持を得ている。
NBA史上唯一となる通算2,000本以上のスティールとブロックを残してきたオラジュワンは、NBA史上最高のビッグマンという議論に必ずと言っていいほど名前が挙がるほどの名選手。それはこの実績だけでなく、オフェンス面でも秀でた万能型ビッグマンだったことからも分かるはずだ。