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『B MY HERO!』
6月9~20日、UAE・ドバイで開催された車いすバスケットボール世界選手権大会。女子日本代表はグループリーグを4位通過し、決勝トーナメントに進出した。準々決勝で敗れはしたものの、「東京2020パラリンピック」銀メダルの中国と互角に渡り合い、相手の指揮官が怒りを露わにするほど苦しめた。そして7、8位決定戦ではスペインとの壮絶な戦いを制し、見事に白星で最終戦を飾った。日本に大きな自信をもたらした2試合を振り返る。
取材・写真・文=斎藤寿子
ひと昔前まで日本にとって格下だった中国は、東京パラリンピックに続いて今大会も準優勝と、今や世界の頂点に届く勢いを見せている。日本はその中国に2013年の「アジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)」を最後に勝てていない。やられてばかりいたわけではない。最後に対戦した2019年AOCでは連敗を喫したものの、そのうち1試合は40-48と僅差での敗戦だった。とはいえ、世界的な実績は開きつつあったことも否めない。
その中国に対して、岩野博ヘッドコーチには勝てる見込みがあった。マンツーマンプレス、シャドウ、Tカップという3種類をミックスさせたオリジナルのディフェンスが、グループリーグの5試合を通して修正され、最後のドイツ戦では大きな手応えをつかんでいたからだ。
まず第1クォーターは15-22と中国がリードした。しかし、これは指揮官の想定内でチームに焦りはなかった。22得点中、中国が得意とするハーフコートでのセットオフェンスからの得点は10得点にとどまり、半数以上はプレスブレイクからの速攻からだった。しかも簡単に走られたケースはほとんどなく、苦しい中で抜け出してのレイアップだった。
世界に類を見ない日本のオリジナルのディフェンスに、徐々に心身ともに疲弊していったのだろう。第2クォーターに入ると、イージーシュートまで落とすようになった。すると中盤に中国が先にタイムアウトを取った。このこと自体、近年の日中戦ではほとんどなかったことであり、まだ中国が7点リードしていたことを考えれば、やはりこれまでの日本とは違う驚異を抱いていたのだろう。
一方、日本の得点も伸び悩む中、岩野ヘッドコーチが「今大会で最も安定した5人」とスターティング5に抜擢したメンバーの一人、財満いずみ(持ち点1.0)が第2クォーター中盤に3つ目のファウルを取られてしまう。それだけ激しいディフェンスをしていたからこその勲章でもあるが、財満がベンチに下がることはやはりチームにとって決して小さくはないと見られた。
しかし、その財満の穴をしっかりと埋めたのが、東京パラリンピック後の新戦力の一人、石川優衣(1.0)だ。石川が入った時間帯にも中国から8秒、24秒バイオレーションを奪うなど、財満とまったく遜色ない働きをした石川に対して指揮官も「あの場面では優衣が本当に頑張ってくれた。今後さらに期待ができるプレーをしてくれて未来は明るいと感じた」と高く評価。メンバーを入れ替えても戦力が落ちなかったことが、後半の日本の巻き返しにつながった。
石川を入れたままのラインナップで臨んだ第3クォーターは、日本が主導権を握った。日本の激しいディフェンスにバックコートや8秒、24秒と立て続けにバイオレーションを犯し、リズムを崩した中国に対し、日本は大会を通してチームの柱となった柳本あまね(2.5)が一人で10得点を挙げる活躍。そのほかキャプテンの北田千尋(4.5)が3ポイントシュートを決めるなどして中国の11得点を上回る19得点を挙げ、42-43と1点差に詰め寄った。
迎えた第4クォーターの序盤、萩野真世(1.5)のレイアップシュートが立て続けに決まり、ついに日本は逆転に成功した。日本にとっては久々の中国戦でのリードだった。しかしすぐに再び中国に逆転を許すと、1ポゼッション差での激しい競り合いが続いた。日本も粘りを見せたものの、終盤には徐々に引き離されていき、52-60と惜しくも敗れた。
しかし試合内容からすれば、日本の方が狙い通りと言えた。中国の得点は普段とは異なるゴール下に集中し、そのほとんどが速攻による得点だった。日本のディフェンスに体力を削られると同時に、得意のハーフコートでのセットオフェンスの機会も減少。精神的に追い込んでいたのは、明らかに日本の方だった。
さらにターンオーバーは日本が8だったのに対し、中国は15。中国の混乱ぶりがスタッツにも表れた。ちなみに中国のターンオーバーが最多だったのは日本戦で、最少はカナダ戦での2だった。ハーフコートでのディフェンスがほとんどの他国とは異なり、40分間オールコートのディフェンスをしてくる日本のスタイルは、中国に対しても十分に通用したと言っていい。
「走力も日本が上回っていたし、オフェンスの戦略も悪くない。あとはシュート力の差を埋めて、今日はあたっていたあまね以外のシューターの得点が伸びれば、もっといい勝負ができたと思います」と岩野ヘッドコーチ。
別れ際にふと漏れた指揮官の「悔しいなぁ」という言葉と、それとは裏腹に笑顔を浮かべた表情がこの試合を物語っていたに違いない。逆転しながらも勝てなかったという悔しさとともに、世界2位の中国ともいい勝負ができたという自信。今後の日本にとって重要なターニングポイントとなりそうな予感がする一戦だった。
中国との激戦から一夜明けて挑んだ順位決定戦でオーストラリアに敗れた日本は、今大会の最終戦となる7、8位決定戦でスペインと対戦した。昨年8月に「東京2020パラリンピック1周年記念イベント」でエキシビジョンマッチを行った際は、47-60で敗れているだけに約1年越しのリベンジマッチでもあった。
「自分たちはビッグウェーブを起こすことはできないかもしれないが、地道にコツコツとディフェンスを頑張ってさえいれば絶対にいい結果が出る。だから粘り強く最後までやろう」
試合前に選手たちにそう声をかけて送り出したという岩野ヘッドコーチ。そんな指揮官の言葉通りの展開となった。
お互いに一歩も譲らず、一進一退の攻防が続き、第2クォーターを終えて25-25。続く第3クォーターに日本が逆転し、40-37とわずかにリードしたものの、第4クォーターの終盤に再び同点にされた。残り2分を切ったところで萩野のミドルシュートが決まり50-52。残り19秒でスペインのフリースロー1本が決まり、1点差に詰め寄られたが、残り0.8秒で北田がフリースロー2本を入れ、勝負が決した。
中国同様に、スペインもまたターンオーバーが21を数え、日本のディフェンスに苦しめられたことは明らかだった。
「普段通りの力を出しさえすれば勝てるから、と伝えて臨んだ試合だったのですが、勝って大会を終えたことが何より良かったですし、ほっとしています」と岩野ヘッドコーチ。
今大会は7位に終わり、目標としていたベスト4以上には届かなかったが、試合を重ねるごとに修正されたディフェンスは強豪国を苦しめるのに十分なものだったことは示した。そして世界に勝つためにはシュート力を磨かなければいけないという課題も明確となった。
日本にとっては結果以上に大きな収穫を得られた世界選手権となったに違いない。