2023.10.26
8月25日に開幕を控えるFIBAワールドカップ2023。かつてその舞台で戦った日本代表選手たちは、どのような思いで世界の強豪に挑んだのか。
FIBAワールドカップ(世界選手権)出場経験のある元日本代表選手たちに話を聞くインタビュー連載。第2回はキャプテンとしてチームを21年ぶりのワールドカップ自力出場に導いた篠山竜青(川崎ブレイブサンダース)に話を聞いた。
インタビュー=入江美紀雄
構成=田中佑佳
――バスケットを始めた時期ときっかけを教えてください。
篠山 (始めたのは)小学3年生の頃で、きっかけは家族の影響ですね。兄・姉の2人ともバスケットをしていて、そのコーチとして母も関わっていたので、小さい時からバスケットは身近な存在でした。
――当時の日本代表はまだワールドカップなどへ出られていませんでしたが、何か覚えていることはありますか?
篠山 日本が世界の中でどうなのかということは置いておいて、子ども心にJAPANって書いてあるユニフォームを着ている代表の皆さんを見て、単純に「かっこいい」というイメージはありました。
――その頃に将来代表に入るんだという思いはありましたか?
篠山 目標というか、なんとか辿り着きたいと思っていた場所は『実業団に入ってJBLでプレーしたい』でした。さらにその先の夢が『代表』みたいな感じでしたね。
――日の丸をつけてプレーすることを意識し始めたのは、北陸高校に入った頃ですか?
篠山 具体的なイメージが湧いたのは、身近な人が代表に入るのを見るようになった高校の時からですね。(西村)文男さんが2つ上に先輩でいて、代表のバッグと練習着を北陸に持って帰ってきてるのを見て、「うわー、自分もこうなりたい」って。
――その後、高校3年生でFIBAアジア男子ジュニア選手権の代表に選ばれました。どんな気持ちでしたか?
篠山 めちゃくちゃうれしかったですよ、よく覚えていますね。1番最初の連絡は2年生の時、JBAからU18男子トップエンデバーの合宿招集通知が北陸の寮に届いたのですが、本当にうれしかったです。ハセ(長谷川技)は、その合宿の時からの付き合いですね。
――その経験が、将来オリンピックやワールドカップに出たいという思いにつながったのでしょうか。
篠山 あんまりつながっていなかったですね。当時からU18に入れば大学からもさすがに推薦来るかなぁぐらいの感覚で、自分がA代表でポイントガードをやっているというイメージはなかったです。とにかく、プレーヤーとしてどこまで生き残れるかを考えていました。
――次の国際大会は2009年、第25回ユニバーシアード競技大会ですね。
篠山 そうですね、日本学生選抜として韓国と戦った李相佰盃を除けばユニバですね。合宿ではガードが豊富で、錚々たるメンバーのなかから阿部友和さんと文男さんの次の3番手として代表に選ばれて、サプライズ選出だなと思いました。自分が出してもらっている時間でどれだけチームに流れを持ってこれるか、そういう自分との戦いに集中していたからか、すごく充実していたし楽しかったです。
――ユニバではアジアを超えて世界の選手たちとの対戦となりますが、高さやパワーなどで面食らうことはありませんでしたか?
篠山 自分のやることに必死でしたね。そういうのが、逆に良かったのかもしれないです。その経験のおかげで、2011年に出場したユニバでは余裕があったのではないかなと思います。リク(陸川章)さんがヘッドコーチで、「前回よりも世界に近づこうよ」という雰囲気で。振り返ると2009年から2011年というのは、いい成長だったかなと。
――しかし、実業団加入後はなかなかA代表に呼ばれない時期が続きました。
篠山 当時の日本代表は「大型化」の時代だったので、自分自身、代表どうこうとかではなくて東芝(現:川崎ブレイブサンダース)で、どうやって生き残っていくか、どう中心選手になって長い間キャリアを積ませてもらえるのかに必死でしたね。
そんななか、2011-12シーズンはチームが勝てない時期が続いて、シーズン後半になると若手の僕や栗原(貴宏)さんのプレータイムが伸びてきました。勝てないながらもリーグに慣れてきてシーズンが終わった時に、来シーズンはもっと、もっともっとプレー出来るという気持ちになっていました。その頃に栗原さんが代表に呼ばれたんです。それが刺激になったというか、やっぱり俺も呼ばれてみたいなと思いましたね。
――実際にA代表に初めて呼ばれたのは2016年のことでした。
篠山 2014年に日本代表のHCが長谷川(健志)さんに変わって、そこで(橋本)竜馬が呼ばれ出したんですよ。大型化だから自分で勝手に縁がないのかなと思っていましたが、「竜馬が呼ばれているんだったら言い訳できないじゃん」となって、そこから代表というものをもう1回、意識するようになりました。大ケガもあったんですけど、長谷川さんから「(代表に)どっかで呼ぶよ」とケガする前に言っていただいてて、それがあったから腐らずできた部分もあったかなと。
――どういう点をアピールしていったのでしょうか?
篠山 まずはディフェンスとハッスルする部分、あとオフェンスに関してはセレクションとかゲームコントロールですね。とにかく簡単なターンオーバーをしない。自分が起点になった時、シュートなのか、パスなのか、切り込んでいくのかというところをエラーなく正しく遂行して、調子のいい選手に配球して、ミスマッチを見逃さない。ディフェンスは激しくやって、オフェンスは丁寧に丁寧に見逃さない、というところを突き詰めてやっていきました。激しい競争のなかで揉まれて今があるので、代表に身を投じた4〜5シーズンぐらい、すごく濃密でしたよ。
――2017年に日本代表のHCがフリオ・ラマス氏に変わったなかで、日本はワールドカップ2019本大会に出場できなければ東京2020オリンピックも出られないという条件がありました。篠山選手は日本代表キャプテンを務められていましたが、その時の心境はどうだったのでしょうか。
篠山 東京オリンピックに自国開催の人たちが出られないというのは結構屈辱的な事件になってしまう。それを考えるとワールドカップ予選の最初の4連敗は、もうお腹が痛くなる思いでした。それでも、自分が死ぬ瞬間に「日本代表だったんだぞ」と言えるのはやっぱり誇れることだし、色んなプレッシャーとか外からの声から逃げずに、ユニフォームをもらえることを幸せに思って、真っ向からやれることをとにかくやろうという気持ちでやっていました。
――“日本一丸”というスローガンが出来たのは、その頃ですね。予選4連敗の後、オーストラリア代表とのWindow3に臨むメンバー発表記者会見で掲げられました。
篠山 あれは会見前に書いたんです。僕と辻(直人)が呼ばれて、「みんなが1つになれるような言葉を一筆いれてくれ」と頼まれて。それで2人でいろいろと考えて「日本一丸で行くか」となって、僕が書きました。
――それを千葉で行われたワールドカップ予選のオーストラリア戦で体現しましたよね。会場の雰囲気もすごかったですし、忘れられないくらい感動しました。
篠山 初めて楽しかったですよ、代表でバスケットをするのが。それまではずっと苦しかったので。
――オーストラリア戦、残り21秒で篠山選手の速攻が決まり77-74。「勝った」と思いましたか?
篠山 いや本当にわからなかったですね。タイムアウトを取られたので次のワンプレイで3ポイントを決められたら同点だし、しかももうあの時フラフラだったんですよ。速攻のレイアップを決めた後、チームメンバー何人かが飛びかかって来てくれたんですけど一緒になってバンプする元気もなくて倒れちゃいそうでした。最後までずっと必死でした。
――日本は最終的に1点差で金星を挙げて、それを皮切りに8連勝し、21年ぶりとなるワールドカップ本大会自力出場権と44年ぶりとなるオリンピック出場権を掴み取りました。
篠山 切磋琢磨した最高の12人が代表に集まって、でもなかなか結果が出ずに自信も失われた状態だったのが、オーストラリア戦で「いけるじゃん」という雰囲気になって、そこから全部がガラッと変わったような感覚はありました。リーグも協会もゆくゆくは(立役者の)ニックにたくさん賞をあげてほしいなと思います、功労賞的なものをね。
――篠山選手の代表キャリアは、ほとんどがラマスHCの下でした。あらためてご自身にとってはどんな存在ですか?
篠山 日本代表はHCが選手を選んで、HCがやりたいバスケットを体現するためのベストフィットの12人で戦うわけじゃないですか。だからラマス監督ではなかったら僕は選ばれていない可能性も高かったですし、本当にラッキーだなと。最後は東京オリンピックの前に落とされてしまったので、こんにゃろうと思う時もありましたけど。ただ、あの人が選んで、選び続けてくれて「キャプテンお前な」と言ってくれたおかげで今の自分があるので、感謝しています。
――篠山選手にとって日本代表はどんな場所ですか?
篠山 バスケットをやっている以上は、目指したい場所ですね。日本のバスケットの存在を世界に示してほしいし、1番憧れるし、かっこいい、応援したいグループです。今も、これからも。
――確認ですが、篠山選手は代表を引退されているわけではないですよね。
篠山 そうですよ、電話1本でかけつけますよ、いつでも。
――今回のワールドカップは自国開催ですが、日本のバスケット界にどういう影響をもたらすと思いますか?
篠山 日本でもっともっとバスケットの価値を上げるための追い風になってほしいし、なかなか普段バスケットを見ない人にも、振り返らせるような活躍をすごく期待しています。
――トム・ホーバスHCのバスケットの印象はいかがですか?
篠山 面白いと思います。背が高くない人たちが目指すべき1つの答えだと思うので、そこを女子に引き続き男子でもやり始めて、段々とフィットしてきて、何かやってくれそうな期待感がありますよね。
――若いメンバーも多いですが、大会経験者としてアドバイスはありますか?
篠山 変に背負わず、もう開き直って楽しんでやってほしいなと。いつも通りやるのが1番難しい舞台ですけど、いつも通りにやれないこともひっくるめて、それをわかった上で、失敗しようが成功しようが自分の武器を思う存分、出し尽くしてきてほしいです。
――個人的な注目選手はいますか?
篠山 実は最近お気に入りなのが川真田紘也選手で、昨シーズンからずっと好きだったんですけど、いいですよね。なかなか日本人で2メートル超える選手であそこまで走れて、飛べて、プラス感情を出して、エナジーでチームのムードをバーンと持ち上げられる選手はいなかったなと。川真田選手の持つアジリティとエナジーは見ていてワクワクします。
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