2022.03.11

11年が経過した東日本大震災…琉球U18の与那嶺HCは「伝えていく責任がある」

琉球U18でHCを務めている与那嶺(写真は島根在籍時)[写真]=B.LEAGUE
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 東日本大震災から11年が経った2022年3月11日、沖縄バスケットボール株式会社は琉球ゴールデンキングスU18の与那嶺翼ヘッドコーチが震災を振り返ったコメントを公開した。

 震災発生時、琉球(当時はbjリーグ)のキャプテンを務めていた与那嶺。混乱の日々が続き、リーグ戦が再開となった島根スサノオマジック戦では「自分たちは本当にバスケをしてもいいのか」と、不安を抱えながらロッカールームへ向かったという。

「そこには超満員のお客様がいて、こういう状況でも来てくださった方に何か届けたいという事を強く意識してプレーしたことを、今でも鮮明に覚えています。全力でバスケットボールをプレーすること、そしてコート上で絶対に気を抜いたプレーをしない、そういう思いをこの時に強く誓いました」

 また、チーム活動が中止となった仙台89ERSから琉球へ特別加入した志村雄彦(現 仙台89ERS社長)の影響を大きく受けたと与那嶺は話す。「リーダーシップの部分は彼に教えてもらったと今でも感じています」。

「彼も様々な想いを胸に秘めてプレーしていたと思います。ただ、彼の口から出てくるのは『東北を元気にしたい』という言葉で、そういう姿勢を本当に人として尊敬しています」

 琉球に2012-13シーズンまで在籍した後、新たに与那嶺が所属したのは岩手ビックブルズだった。2シーズンに渡り岩手でプレーしたが、「バスケができることは当たり前じゃない」と痛感したと語り、当時岩手で指揮官を務めていた桶谷大HC(現 琉球HC)は「自分たちができることを全力で」と常々口にしていたようだ。

 現在はアンダーカテゴリーで指導にあたっている与那嶺だが、「自分が岩手で活動していたこと、当時の状況を可能な限り伝えるようにしています。それを伝えていく責任が私にはあると思っています」と締めくくった。

「バスケができることは当たり前じゃない」という信念は、これからも与那嶺の原動力となるだろう。

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