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6月9日から20日にかけて、UAE・ドバイで開催された車いすバスケットボールの世界選手権。女子はオランダが金メダル、中国が銀メダル、アメリカが銅メダルと東京パラリンピックと同じ結果となった。一方、2大会ぶりの出場となった女子日本代表は7位。パリパラリンピックのゾーン出場枠が与えられる4位以上という目標には届かなかったが、前回出場の2014年時の9位を上回る結果となった。そして今後につながる重要な2つの“カギ”を得た大会となった。
取材・文・写真=斎藤寿子
まず一つ目の“カギ”は、ディフェンスにおける手応えだ。グループリーグから最後の7、8位決定戦までの全8試合を通して、相手の強さに負かされたというゲームはグループリーグ第4戦のオランダ戦のみ。正直、2017年以来全公式戦を制覇し続けている女王には完敗と言っても過言ではなかった。
しかし、中国、アメリカという強豪相手にも日本のディフェンスは通用した。いや、中国戦においては「やりたいバスケットをさせなかった」という点で日本のディフェンスが上回っていたと言ってもいいだろう。それは中国のショットチャートを確認すれば一目瞭然だ。どの試合を見てもハーフコートのセットオフェンスを得意とする中国はゴール下からの得点は少ない。ところが日本戦に限って言えば、得点のほとんどがゴール下に集中している。
また個人のスタッツを見ても、セットからのミドルシュートを得意とする中国のハイポインターは、決勝のオランダ戦を除いて8試合中7試合で2ケタ得点を挙げているが、日本戦ではわずか4得点に抑えられている。このことからも速攻からのレイアップが多く、ハーフコートに戻り、時間をかけて相手ディフェンスを崩してシュートシチュエーションを作るという得意のバスケットがほとんどできなかったことは明らかだ。
そのために中国はオフェンスのリズムを崩し、これまでの日本戦では見ることがなかったほど、セットオフェンスからのシュートの確率が低かった。世界に類を見ない独特のディフェンススタイルに、中国はいつものバスケットをさせてもらえなかったのだ。
次にターンオーバーを見てみたい。ベスト8に残ったチームの決勝トーナメントでの3試合において相手から奪ったターンオーバーの合計は、50を数えた日本が最多を誇った。それに次いだのがスペインの34ということからも、日本のディフェンスがいかに世界の強豪たちを苦しめたかがわかる。特に最初のマンツーマンからシャドウに切り換えるタイミングを早くするという修正を、グループリーグの時点で加えたことが大きかった。これが決勝トーナメントでの善戦につながったと言える。
また、オールコートのディフェンスをほぼ40分間フルで行い続けることができたのは、選手層の厚さも大きかった。決勝トーナメント以降、多くの時間に出場したのが北田千尋(4.5)、網本麻里(4.5)、柳本あまね(2.5)、萩野真世(1.5)、財満いずみ(1.0)のラインナップだった。一方、グループリーグ全5試合と7、8位決定戦で先発したのは清水千浪(3.0)と大津美穂(2.5)が入ったラインナップだ。特徴の異なる主力のラインナップを2つ用意できたことは、指揮官にとっては非常に心強かったはずだ。
さらに、ハイポインターには土田真由美(4.0)がおり、ローポインターには石川優衣(1.0)や立岡ほたる(2.0)など、ベンチには自分の仕事をコート上で全うできる選手が多く控えていた。こうしたいくつものカードがあったことが、疲労の多いはずのディフェンススタイルを貫く最大の要因となっていた。“全員バスケ”が日本の強さであり、それを証明した大会でもあった。
もちろん今後は日本のディフェンスに世界も対応してくることだろう。さらにパリパラリンピックの切符争いをする中国においては、コロナ禍の間練習がままならなかったという情報もあり、今後チーム力の強化をより強固に進めていくことが予想される。そのため日本も現状維持ではなく、ディフェンスも引き出しを増やすなどレベルアップは必要だろう。ただいずれにしても、日本には12人全員の力が不可欠。それを体現した今大会は、チームに大きな自信をもたらしたに違いない。
さて、もう一つのカギはオフェンスにおける課題だ。パリの舞台に上がるために克服はマストであり、引いて言えば、この課題を克服すればパリへの道は大きく開いてくると言っても過言ではない。
それは毎試合、岩野博ヘッドコーチからも出ていた“シュート力”だ。今大会におけるフィールドゴール成功率を見てみると、日本はタイ、アルジェリアに続いて下から3番目の34.7パーセント。決勝トーナメントに進出した8チームの中では最下位で、7位(全体では8位)のカナダが42.3パーセントだったことからも、シュート力においては他国とは大きく水を開けられたことがわかる。ちなみにトップ3はオランダの54.9パーセント、アメリカの52パーセント、中国の48.2パーセントだった。
日本を除けば、世界はハーフコートのディフェンスをメインとしている。それだけに高さのない日本は、アウトサイドのシュート力で相手を上回る必要がある。その点、今大会はしっかりとセットオフェンスが決まり、タフショットの場面は少なかったことは大きな成果だった。だからこそフィニッシュが決まっていれば、という試合が多くを占めていたことが悔やまれる。
ただ、収穫もあった。東京パラリンピック後に強化してきた3ポイントシュートでの得点は、日本はカナダの18本に次ぐ2位の12本。そのうち7本を決めた柳本は、個人ランキングでも2位に輝いた。オランダ、オーストラリア、イギリスが0だったことからも、日本の武器の一つになりつつある。またフリースローにおいても、カナダ、ドイツ、アメリカに次ぐ4位の54.1パーセントとまずまずの数字を残した。
最大の課題は2ポイントシュート、なかでもミドルシュートの確率だろう。実は2ポイントシュートのアテンプトは、日本はオランダ(529)、アメリカ(484)に次ぐ480本と3番目に多い。このことからもシュートチャンスは作り出していることがわかる。ところが、成功率となると、オランダ、アメリカは55.6パーセント、52.7パーセントとトップの数字を出している一方、日本は12チーム中10位の36.9パーセントとなる。
それでも頻繁に対外試合を行える環境にある欧米とは異なり、海外と対戦する機会が少ない日本にとって、世界選手権という舞台に立ち、これだけ課題が明確になったことは大きな成果とも言える。
今回の世界選手権の結果、女子はオランダ、中国、アメリカ、ドイツが4強に残り、パリパラリンピックへの出場枠はヨーロッパに2、アメリカとアジアオセアニアの各大陸ゾーンに1つずつ与えられることが決定した。ちなみに男子は、アメリカ、イギリス、イラン、オランダが4強となり、女子と同じ振り分けとなった。そのため冬に予定されているアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)では、男女ともに優勝したチームがパリへの切符を獲得する。
「(8月の)皇后杯が終わるまでは日本代表の活動は休みに入るので、その間、一人ひとりがどこまで自分自身を追い込んで今回明確となった課題をやるかが非常に重要。パリに出場が目標ではなく、パリで結果を出すというところまでの意識を持ってやってほしいと思っています」と岩野ヘッドコーチ。
今大会で手にしたパリへの扉を開くための2本の“カギ”を、錆びらせることなく、いかにして磨いていくのか。パリに向けて光が射し込み始めた女子日本代表の今後に注目したい。