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12月上旬。サンアントニオ・スパーズで4度の優勝を成し遂げたレジェンド、トニー・パーカー(元スパーズほか)が来日し、複数のイベントで日本のバスケットボールファンたちと交流を図った。
パーカーは6日に原宿クエストホールで行われた『NBA Rakuten GRAND EXPERIENCE Public Viewing Party with Tony Parker』のイベント内で、メディアへ向けた会見に登場。キャリアの中で最もうれしかった瞬間について「間違いなく4度の優勝だね」とコメントしていた。
2001年のドラフト1巡目28位でスパーズに指名されたパーカーは、ベルギー生まれ、フランス出身のポイントガード。ルーキーシーズンの5試合目から19歳ながらスターターの座を手にし、スパーズの4度の優勝に大きく貢献。
ニュージャージー・ネッツを4勝2敗で下した2003年の自身初優勝、2005年にはデトロイト・ピストンズとの第7戦を制した2度目の優勝、2007年はクリーブランド・キャバリアーズ相手に4戦無敗で勝ち取り、自身がファイナルMVPに輝いた3度目の優勝。そして「(3度目の優勝から)7年かかったということもあって、全てを覚えている。どれか1つを挙げろと言われたら、4つ目を選ぶね」と明かした2014年の優勝だ。
このイベントにはスパーズでアシスタントアスレティックトレーナーを務め、2014年の優勝を間近で見てきた山口大輔氏がゲストとして出演していた。イベント終了後、山口氏へ当時について聞くことができたので、元トレーナーが明かした舞台裏をお届けしていきたい。
山口氏がスパーズ入りしたのは2007年。NBAチームが下部組織(Dリーグ/現Gリーグ)を持ったのはロサンゼルス・レイカーズに次いでスパーズが2番目で、オースティン・トロズ(現スパーズ)を持った直後のことだったという。
「僕が組織に雇われたのは2007年の優勝後。(翌07-08シーズンの)開幕戦の時に優勝セレモニーがあって、それを見て『なんかよく分からないけど、盛り上がってるな』というのがありました。その当時、メインは下部組織、当時スパーズが公認したばかりのオースティン・トロズ(現オースティン・スパーズ)。そのタイミングで僕を雇っていただいて、その下部組織で4年間。もっと長い方もいるんですけど、かなり過酷な環境なので、長かったです。でもそこにいながら、サンアントニオのシステムを学んだり、サマーリーグに帯同させてもらったり、プレーオフとかも自分のチーム(トロズ)が負けていれば一緒に見させてもらったりしたので、その文化を学ぶのにはすごくいい環境だったと思います」
当時の山口氏は「下部組織と決まっていたので、(NBAと下部組織を)行ったり来たりということはなかったです。ただ、シーズンオフとかプレシーズンの段階で、スパーズのサポートをしつつ、いろいろと学んで、それを下部組織の方で選手たちにちゃんと伝えつつ、身体のケアをするという仕事でした」と振り返ってくれた。
スパーズは07-08シーズン以降も、ティム・ダンカン、マヌ・ジノビリ(共に元スパーズ)、そしてパーカーを絶対的な柱とし、ロースターをマイナーチェンジして毎シーズン50勝以上を記録。
ロックアウトによって66試合の短縮シーズンとなった11-12シーズンにはカワイ・レナード(現ロサンゼルス・クリッパーズ)がルーキーとして加入。レギュラーシーズン最後の23試合で21勝と調子を上げたスパーズは、10連勝でシーズンを締めくくり、プレーオフへ。
ファーストラウンドでユタ・ジャズ、カンファレンス・セミファイナルではクリッパーズをそれぞれスウィープで撃破し、レギュラーシーズンから合わせて18連勝と勢いに乗ったスパーズは、オクラホマシティ・サンダーとのカンファレンス・ファイナルへ。
当時のサンダーは、ケビン・デュラント(現ブルックリン・ネッツ)、ラッセル・ウェストブルック、そしてシックスマンにジェームズ・ハーデン(共に現ヒューストン・ロケッツ)を擁する新進気鋭の若手チームだった。
スパーズはホームで行われた最初の2戦を制し、連勝を20へと伸ばしたのだが、サンダーのホームで行われた第3戦からまさかの4連敗。百戦錬磨のベテラン軍団は、予想外の形でシーズンを終える。
それでも、翌12-13シーズンにスパーズは07年以降初となるファイナルへ進出。レブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)、ドウェイン・ウェイド(元マイアミ・ヒートほか)、クリス・ボッシュ(元トロント・ラプターズほか)擁するヒートとの頂上決戦で、第5戦を終えて3勝2敗と優勝に王手をかけていた。
フランチャイズ史上5度目の優勝をかけて臨んだ第6戦。ダンカン、レナード、パーカーらの活躍もあり、スパーズは残り28.2秒で5点のリードを手にしていた。だがそこからレブロンの3ポイント、レナードのフリースロー2投中1本ミスをはさんで、レイ・アレン(元ボストン・セルティックスほか)が土壇場に3ポイントを放り込み、ヒートが延長へ持ち込むと、その勢いに乗って第6戦を制して逆王手。そしてホームで迎えた最終戦でもスパーズを下して2連覇を成し遂げた。
目の前まで近づいていた優勝を寸前のところで逃してしまったスパーズは、その悔しさを糧に翌13-14シーズンのファイナルでヒートを4勝1敗で圧倒し、パーカーは自身4度目のチャンピオンを獲得。
そこで山口氏に、このシーズンにおけるターニングポイントについて聞いてみた。すると山口氏の口から、2つのエピソードが返ってきた。
「僕がすごく印象に残っているのは、2013年のファイナルで負けたところですね。あそこは負けた瞬間から、チーム全体で忘れられない時になってしまって。負けたあの瞬間、(第6戦は)本当にあと30秒くらいで勝ちが見えてて。皆ほとんど勝ちを確信してた中、ベンチがすごく盛り上がっていた中で、トニーが僕らのところに来て『黙って座れ』って言ったんですよ。『まだ勝ってない』と。ベンチにいた何名かの若手選手たちは『もう勝ちだ』っていう感じでお祭りのような雰囲気になり出してたんですよ。というのは、コート上にもうロープが張られ出していて、お客さんも皆マイアミのホームなのに出てきてた中で、そういう雰囲気になるのも仕方ないなと思いつつも、それを正しにトニーが反対側のコートからベンチまで来て、皆に怒ったんですよね。『まだだろ!』って」
スパーズは最後のチャンスにかけて第7戦に臨んだものの、88-95で敗れてシーズンエンド。第6戦で敗れた後のチームについて、山口氏はこう明かす。
「いったん緩んでしまった気持ちがチーム全体へ伝染してしまって。優勝って本当にものすごい目標なんで、それを目前にして逃したっていうのがチーム全体でものすごいショックだったんです。第7戦もあったんですけど、(第6戦の)試合後とその翌日は、皆もうつらくてその試合の話を誰一人しなくて。7戦目が早く来てほしいくらい苦しい時間帯でした。7戦目になってある程度落ちつけた中で、6戦目の話もちょっとして、『今から勝ちに行くぞ』ってなったんですけど、やっぱり切り替えはできない。そして向こうに勢いは確実にあった。という中で負けたんですけど、もうそこの時点から僕らは次のシーズンが始まっていて。シーズンを通してもずっとその緊張感っていうのが、プレーオフに行っても抜けなかったですね。ずっと。本当にもうすごい緊張感。プレーオフ1回戦でダラス(・マーベリックス)にかなり苦戦もしたことで緊張感もあったと思うんですけど、だんだんそれがほどけていって」
そしてもう1つ、山口氏が教えてくれたのは、14年プレーオフのウェスト決勝、サンダーとのシリーズだった。
「僕の個人的、あとチームの雰囲気的に『ファイナルで、俺ら勝てるんじゃないか?』って思ったのがオクラホマシティとのシリーズを終えた後ですね。12年のプレーオフ。カンファレンス・ファイナルでオクラホマシティに負けてるんですよ。オクラホマシティとの再戦というのが、その時に『また来た』って感じで」
このシーズンのサンダーは、デュラントがシーズンMVPを獲得し、ウェスト2位の59勝23敗。そしてスパーズはそれを上回るウェスト首位の62勝20敗を記録。リーグ全体で見てもトップ2の成績を残した両チームによるシリーズは、事実上のNBAファイナルと言っても過言ではないものだった。
シリーズはスパーズがホームで最初の2戦を制すと、サンダーが負けじとホームで第3、4戦を取って2勝2敗。第5戦をスパーズがホームで制し、王手をかけて迎えた第6戦は延長にもつれ込む激戦に。山口氏はこう振り返っている。
「シーズン中(4連敗)は一回も勝っていなかった中で迎えたオクラホマシティとのシリーズ。すごい緊張感があったんです。やっぱり『ホームでは勝てても、アウェーでは勝てないよ』というような状況があって、『オクラホマシティは手ごわいぞ』ときた時に、いろいろとキープレーがあったと思うんですけど、1個、ウェストブルックが(第6戦の延長)終盤にウェストブルックが速攻でボールを手にしたシーン。『あぁこれ入れられたら逆転されるかな…』ってところで、カワイがうしろからブロックして止めたんですよね。そこからいろんなプレーがあって、勝ちに持っていけた」
スパーズはサンダーとの第6戦を112-107で制し、2年連続のNBAファイナル進出を決めた。
「シリーズ終盤の時は、“ビューティフル・バスケットボール”と言われるパッシングが本当に機能しだした感じだった。『もう負けないだろう』と。シリーズ終盤の試合で、マヌがベンチへ下がった時に『俺ずっと座ってここでチームのバスケ見たい』と言ってたんです。僕も本当に『このバスケ、すごいな』と思ってて、全然止められる気もしないし、相手を本当に翻弄してて、パスが回る回るで簡単なシュートをどんどん入れていくっていうのがあって。それを見てて、マヌが(ベンチへ)下がった瞬間にあの一言、『ずっと見ていられるよ、この試合。本当に、もうこの試合に出なくていい』って言った時に『ちょっとすごいんじゃないか』と。それがあったのは確か終盤の方だったんですけど、勝ったから僕らの中では『やっと。やっと戻れた』と。長い間、この1年間の呪縛から解き放たれた。もう、戻ればあとは楽しむだけ、っていう感じもあって。しかも自分たちの試合運びができたので、選手たちはどうだったかは知らないですけど、(14年の)ファイナルは大丈夫かなと僕は勝手に思ってましたね」。
サンダーとのシリーズを制し、2年連続となったヒートとのNBAファイナルで、スパーズは美しいチームバスケットボールを展開。コート上の5人が織りなす流麗なボールムーブメントでヒートを寄せ付けず、4勝1敗で圧勝。
今思えば、パスを受けてショットを放てるタイミングで、よりオープンな選手へ繰り出す“エクストラパス”は、この頃から頻繁に使われるようになったと言っても過言ではない。スパーズはNBAファイナルという頂上決戦で、このエクストラパスを用いて完成されたバスケットボールを見せていた。
そのバスケットボールを間近で見て、優勝という最高の瞬間を味わった山口氏に話を聞くことができたことは非常にありがたいことであると共に、当時のことを鮮明に思い出しながら話してくれた山口氏の言葉の数々はとても重みがあり、自然と引き込まれていった。
スパーズのフランチャイズ史上5度目となった2014年の優勝は、パーカー、そして山口氏の言葉によって、さらに価値のあるものとなったのではないだろうか。
取材・文=秋山裕之
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