2022.08.16

イラン相手に2連勝を飾った男子日本代表…W杯予選へ向けて得た収穫と課題とは

8月末にワールドカップ予選を戦う男子日本代表[写真]=伊藤 大允
スポーツライター

 今月末に迫る「FIBAワールドカップアジア地区予選Window4」へ向けて仙台でイランとの強化試合を行った日本代表チームは、先月のアジアカップで敗れているイランを相手に連勝という結果を得た。
 
 無論、勝てばいいというわけでもない。今回のイラン代表が本来の主力ではない若手を多く採用したチームだっただけに、なおさらだ。日本にとって、世界的にも稀なトム・ホーバスHCの採用するスタイルのバスケットボールに選手たちが順応することが問われる中で、肝要なのは中身だ。

 ではその中身において、今回の強化試合で日本はどのような収穫を得て、課題を残したのか。

ファイブアウトオフェンスが成熟

 収穫は、コートに立つ5人がアウトサイドに位置取りペイントアタックと3ポイントシュートを中心とした「ファイブアウト」のオフェンス戦術をさらに習熟したところだ。日本は1戦目で35本、2戦目では40本の3ポイントを放っている。少なくとも試投数は、彼らの求める基準値に達している。成功率は1戦目の37.1パーセント、2戦目の30パーセントというのは、相手が本来の主力チームではないことを鑑みても物足りないが、それでも全体の得点の効率性は上がりつつある。

 ホーバスHCは女子と同様、アナリティック・バスケットボールを標榜し、3ポイントやフリースローからの得点を多くすることでより効率的に点を取ることを重視している。そのことを表すもののひとつであるPPP(ポインツ・パー・ポゼッション、1ポゼッションあたり何点取れるかの期待値)という指標があり、1.0点を超えると良いとされる。

 日本は、ホーバスHCの初陣となったワールドカップ予選Window1の中国との2戦、PPPは初戦が0.75で次戦が0.77だった。それがアジアカップあたりから1.0前後と上がっており、イランとの強化試合は2戦とも1.0だった。ちなみに日本バスケットボール協会の出しているテクニカルレポートによれば、2019年の日本の平均PPPは0.799、昨夏の東京オリンピックでは0.896で、金メダルに輝いたアメリカ(1.093)、スロベニア(1.055)、オーストラリア(1.099)の3チームが1.0を上回った。

 もちろんこうした指標は対戦相手のレベルに左右されるものだが、八村塁(ワシントン・ウィザーズ)らいわゆる「海外組」を大半の試合で欠くなど選手選考において苦慮してきた中で、ホーバスHCの目指すバスケットボールがチームに浸透し始めていることが見て取れる。

イランとの第1戦では須田が6本の3ポイントシュートを決めた[写真]=伊藤 大允

各選手が役割を徹底

 個々の選手の強化試合でのプレーぶりを見ていても、ホーバスHCの求める役割の徹底が進んでいると感じた。そこはプレーぶりにも出ており、例えば西田雄大(シーホース三河)や須田侑太郎名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)、井上宗一郎サンロッカーズ渋谷)らは同指揮官から3ポイントを打つことを明確に指示されてきたため、今ではそれが体に染み付き、迷いなくシュートを放っている。

 そのあたりは、馬場雄大比江島慎宇都宮ブレックス)らが、3ポイントラインの外でボールをもらった時にどうしてもドライブインを意識する動きを無意識にしてしまっていたのが対照的だった。

 もっとも、馬場も比江島も個の能力が高く、イラン戦で両者とも活躍をしている。とりわけNBA入りを目指す馬場は、身体能力とGリーグやNBLで培ってきた経験が、あらためて日本代表に貴重なものであると示している。

 イランとの2試合ではスピードを生かした速攻からのレイアップやダンクは、相手にとって明らかにやっかいなものだ。Window4ではワールドカップ本戦出場へ向けて「本気の」イランと対戦する際に、馬場の力に頼るところも大きくなる。

馬場は2戦を通じて積極的なアタックを披露した[写真]=伊藤 大允

リバウンドと出だしが課題

 個々に役割を与えられるのと同様、チーム自体に「長い3ポイントシュート(ロング2)を打たず、ペイントアタックによるリング近くの得点か3ポイント」という「役割」が与えられていることで、選手たちもやるべきことに集中しやすいようだ。

 富樫勇樹千葉ジェッツ)は仙台で「そこがはっきりしているほうがやりやすい部分はあります。守りでも、1対1となっても最悪、ミドルのシュートに関してはしっかり手を上げてコンテストして、決められたらしょうがない。3ポイントとドライブは止める、と守り方も絞りやすくなる」と話していた。このあたりからも、ホーバスHCが掲げる得点効率を重視した「アナリティック・バスケットボール」の浸透度がうかがえる。

 Window4では現地時間25日にテヘランでイランと対戦し、30日に沖縄でカザフスタンと対戦する。いずれとも近々で対戦しており、アジアカップで戦ったカザフスタンには勝利したものの前半、相手のフィジカルなプレーに押され大量失点を許し、苦しんだ。

 イランにはベナム・ヤクチャリ、モハマッド・ジャムシディらの個人技と、元NBAビッグマンのハメド・ハダディの狡猾なパスからのカットインプレーなどに対応できず、やはり失点を重ね、敗れている。

「ディフェンスをハードにしてそこからオフェンスにつなげる」はホーバスHCが口酸っぱく選手たちに伝えていることだが、ようやくそれができるようになってきているし、トラップへ行く判断力も上がっているように見受けられる。課題だったスイッチディフェンスでも、同様に判断速度が上がり、かつ選手たちが脚を動かし続けることを徹底されており、改善されている。
 
 対イランでは、強化試合で得点源のジャムシディの得意なフィジカルなプレーやフェイダウェイシュートをさせないようにしむけるディフェンスが奏功するなど、日本コーチ陣の対応力が上がっているところも示している。日本にとってリバウンドはなかば永遠の課題だが、仙台の強化試合でもそこで苦戦したところがあった。

 また、ホーバスHCは改善しつつあると述べる試合の出だしの悪さだが、まだ重たさを感じる。とりわけ3ポイントを期待される選手がタッチをつかむまでに時間がかかっている感があり、自分たちのペースで試合展開を運ぶためには試合直後からシュートを決めたいところだ。

アンダーサイズの日本はリバウンドが課題として挙げられる[写真]=伊藤 大允

富樫と河村の2枚看板

 アジアカップを境に、選手選考においても段々と、ホーバスHCのスタイルに合致する選手が分かってきた。それは上記に挙げた選手たちだ。またポイントガードについても、富樫と河村勇輝(横浜ビー・コルセア―ズ)が2枚看板となりつつある。

 ともに小柄なPG(富樫は167センチ、河村は172センチ)だが、前者は経験から身につけたゲームコントロール力と、プルアップで打てる3ポイントなどによる得点力が、後者は視野の広さを生かした速い展開からのアシストと前から激しく当たってスティールを奪うディフェンス力が売りだ。

 イランとの強化試合では、自ら得点機がありながらリングを見ない姿勢を叱責される場面もあった河村だが、ベンチから出てきて自身のプレーぶりで攻防の強度を上げることができ、ホーバスHCの求めるスタイルを体現できており、評価は高い。

富樫勇樹(左)と河村勇輝(右)が2枚看板でけん引[写真]=伊藤 大允


 先に触れた選手たちに加えて張本天傑(名古屋)、吉井裕鷹アルバルク東京)らも攻防での献身的なプレーで、ホーバスHCの信の篤さを感じる。強化試合では馬場を生かすために初日先発した比江島を翌日には須田を据え、アジアカップでは先発の多かった吉井ではなく井上を起用した。Window4では強化試合を踏まえ、須田や井上を使ってくるか。

 イランとアメリカの関係性により、ホーバスHCとコーリー・ゲインズアソシエイトHCがテヘランでの試合にはチームに帯同しないこととなった。指揮官不在は気になるところだが、ある意味で選手たちがホーバスHCの檄がなくとも自主的に彼のバスケットボールを体現できるかが試される試合になるかもしれない。

「パリオリンピックのチケットを獲得したい」

 就任直後にはなかなか思うようにトップ選手たちが招集できず、またリーグ戦中の代表合宿活動期間の短さでなかなか思うようなチーム作りができなかったホーバスHC。だが、今オフでまとまった時間を活動に費やせたことと、試合を数多くこなしてきたことで、徐々に手応えを感じつつあるようだ。

「うちの目標は(W杯で)アジア1位を獲って、パリオリンピックのチケットをパンチ(獲得)したい。アジアで1位になるためのうちの生きる道が少しずつ分かってきました」。同HCは強化試合が終わって、そのように話した。

「これから毎日うまくなっていけば、自信はあります。行けると思います。今の目標は毎日うまくなること。うまくなりたい(とチームが思い続ければ)行けると思います」。

 文=永塚和志

ホーバスHCはチームづくりに手応えを感じているという[写真]=伊藤 大允

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