2024.07.05

「アスリートは社会でも役に立つ」 Wリーグが考える、アスリートの本当の価値<前編>

[写真]=野口岳彦

 どのアスリートにとっても、いわゆるセカンドキャリアについて考えることは避けて通れない。選手として第一線でプレーできる期間は限られており、その後の人生のほうが長いからだ。認知度が向上の一途をたどる日本バスケットボール界も、今後はその問題が大きくクローズアップされることになっていくだろう。東京オリンピック銀メダル以降注目を浴びている女子バスケットは、その課題とどう向き合っているのか。Wリーグ・長崎俊也事務局長と有明葵衣理事に話を伺うと、アスリートだからこそ得られる経験や価値について、考えさせられるところが非常に多い。

取材=吉川哲彦
撮影=野口岳彦

■アスリートには、真面目に努力する才能がある

 Wリーグは2023年より、「Wリーグアカデミー」と称した所属選手向けのウェビナーを定期的に開催。識者を招き、お金の話やスキンケアなど様々な知識をオンライン講義で学ぶというものだ。これまでの6回の講義の中には、競技人生も含めたライフプランについて学ぶ回もあった。アカデミー開催の背景には、かつて同リーグ・新潟アルビレックスBBラビッツの創設で主導的役割を果たした長崎事務局長の経験がある。

「新潟のチームを作る時に、休部した日本航空JALラビッツの選手たちを引き受けたんですが、新潟ではバスケットとは別の仕事でサラリーを稼いでもらわないといけなかったんです。そこで、学生時代からバスケットしかやってこなかった選手たちと、企業が欲しい人材のミスマッチがどうしても起きてしまうんですが、それまでコツコツ努力してきたアスリートというのは、新しい仕事を始めることになっても、教えてあげれば真面目に仕事する。それは、新潟の選手たちが証明してくれました。

 トップリーグは競技力強化に振り切ってしまうところがありますが、選手がプレーするほんのわずかな時間も、物事を吸収する上では貴重な時間。当時の新潟は最下位ではなかったし、プレーオフに出たこともありますから、要はやり方なのではないか。それに、仕事とアスリートのデュアルキャリアが何かの役に立つのであれば、そうあるべきだろうと思ったわけです。我々がやりたいのは、プレーヤーを作るのではなく、人を作るということ。Wリーグには名だたる企業が参戦してくれているのに、そこにいる選手がバスケットしかしないというのももったいないと思うんです」(長崎)

■大事なのは、社会と接するきっかけを与えること

[写真]=野口岳彦


 もちろん、1時間から1時間半程度のアカデミーを受講しても、何かの資格を取得できるわけでもなければ、引退後が保証されているわけでもない。バスケットに集中できる環境を与えられているがゆえに、バスケット以外のものと向き合う時間が少ない選手たちに、少しでもきっかけを与えたいというのがリーグとしての思惑だ。

「選手から『社会との接点が少ない』という話もあったんですよ。だから、アカデミーの時間くらいはバスケットのことを一旦リセットして、外の空気を吸ってもらって、何かをインプットする時間になればと思ってるんです。これはほんの入り口。『こういう人がいるから、ちょっと話を聞いてみましょう』で終わるのも良くないわけで、そこで選手個々が興味を持って、『ちょっと勉強してみようかな』というふうに思ってくれるかどうかが大事です。そこから次のフェーズに入って、例えば高卒でWリーグに入ってきた選手でも大卒と同等の資格が取れるとか、あるいは一般企業とのコネクションを作って、引退後にそこに就職できるとか、そういう仕組みができれば一番なんですが、とにかくまずは、Wリーグに入れば一人前の大人になれると思ってもらうこと。それなら親御さんも安心だし、選手も『この貴重な時間にバスケットだけやっていて良いのかな』なんて思わないでほしいですから」(長崎)

 2025-26シーズンには、三井住友銀行がWリーグに参入することが決まっているが、その三井住友銀行はWリーグが発表した理念に共感したことが参入の決め手になったという。外向きに訴えたことに対し、早々に反応があったことはリーグにとってもポジティブな材料だ。

「人作りのビジョンをリーグがしっかり持っていることがきっかけになったと言ってくださった。ビジョンを掲げた以上は中身も伴わないといけない中で、同じことをやりたいと言って参画してくれたことはありがたいです。アスリートをやっていたからこそ社会で戦力になるという理屈を作りたいし、環境を整えて選択肢を示してあげたほうが、選手たちも現役の間にのびのびやれると思うんです」(長崎)

■Wリーグの取り組みで、選手の主体性は着実に向上している

[写真]=野口岳彦


 現在Wリーグでプレーしている選手には、リーグが用意した小さなきっかけで意識を変え、自ら行動を起こせるかどうかという点が求められる。Wリーグはアカデミーを始める前から、同じくオンラインでプレーヤーズミーティングを実施しているが、有明理事によると、回を追うごとに選手側の積極的な姿勢が目立つようになっているとのこと。アカデミーとの両輪で、選手の主体性を養っていきたいとリーグは考えている。

「もともとはキャプテンだけが参加するものだったんですが、どの選手でも参加できる形に広げました。リーグで企画を打つ時に、その趣旨を伝える場にするというのが一つ。そして、選手には『どういうリーグにしたいか』ということを毎回問いかけてます。実際、選手の希望を聞いてプロモーションやプレーオフの会場演出などはだいぶ変わってきたんですが、最初はこういう場に慣れている選手、話の得意な選手だけが話して、他の選手は一言で終わる感じだったんです。それが、最近はそれに追随する選手、意見を言える選手が増えてきて、1時間では足りなくなってきました。様々な話を聞く中で、進行をしながら選手の考えを引き出したり、背中を押してあげたりすることも大切だと感じていて、私自身も勉強になっています。その中でも特に、東京羽田ヴィッキーズの星澤真選手と水野菜穂選手やトヨタ紡織 サンシャインラビッツの河村美幸選手はかなり発言力があるんですよ。そういう選手の言葉を引き出す場、他の選手がそれに刺激を受ける場として継続していきたいですね」(有明)