2023.05.23

【恩塚亨女子日本代表HCインタビュー】ワールドカップの悔しさを持って再チャレンジをスタート

女子日本代表の恩塚HCに今年度の強化のポイントを聞いた [写真]=兼子愼一郎
本格的に取材を始めたのが「仙台の奇跡」と称された2004年アテネ五輪アジア予選。その後は女子バスケをメインに中学、高校と取材のフィールドを広げて、精力的に取材活動を行っている。

2023年度のバスケットボール女子日本代表強化活動が本格的にスタートした。今年度の目標は6月末に行われるFIBA女子アジアカップ2023で自らの持つ連覇の大会記録を6に伸ばすこと。国内での強化合宿、カナダ遠征、さらに三井不動産カップ2023を経て、大会が行われるオーストラリアに出発することになる。

今回、恩塚亨ヘッドコーチに単独インタビューを実施。今年度の強化のポイントをじっくりと伺った。昨年のFIBA女子バスケットボールワールドカップ2022での結果を受けて、そこからの再出発を誓う恩塚ヘッドコーチの思いは日本の女子の強化全般に通ずるものだった。

取材・文=三上太

強化を推し進める3つのポイント

昨年のFIBA女子ワールドカップの反省を活かして活動を進めるつもりだという [写真]=兼子愼一郎


――2023年度の女子日本代表活動が始まりました。FIBA女子アジアカップ6連覇に向け、その道程には「三井不動産カップ2023」もあります。今年度の強化戦略を教えてください。
恩塚 昨年のFIBA女子ワールドカップ2022で日本のバスケ界を前に進められず、また選手を勝利に導くことができなかった悔しさを持って今年度の合宿をスタートさせています。その再チャレンジの強化プランを考えました。これまで「40分間、世界一のアジリティを発揮し抜く」ことで世界に勝っていこうとし、それを「カウンターバスケット」で表現しようとしてきました。しかしワールドカップで得られた課題と、日本の強みをさらに強化していくために、さらなる強化ポイントを3つ考えました。1つ目は「ポジショニング力」です。これは体格差を克服するためのキーワードとして考えています。次に「日本の強みを封じる相手に対応する」こと。これは得点力アップに繋げる鍵だと思っています。そして3つ目として「カオスを制する」戦いをしていきたい。カオスの中で「最適」を選び続ける力です。

――それら3つの要素を掲げた意味を教えてください。
恩塚 どのようにしたら日本の強みが発揮できるのかを考えたとき、そもそも強みは自分たちを高めていくことで出していく要素と、相手に削られることによって、その次の一手さえ発揮できなくなる要素の2つがあると考えています。それらは相関関係にあるわけですが、それを高める方向に伸ばすためのキーワードを、それら3つに集約したのです。

――恩塚ヘッドコーチの考える、日本が磨くべき強みとは何ですか?
恩塚 それがアジリティです。次から次へとその場に即応して、合理的な意思決定を、チーム全体で行う力。それをブレることなくやり抜けることが日本の強みだと思っています。

――しかしそれを昨年のワールドカップでは出せませんでした。東京オリンピック2020とは異なり、相手がフィジカルを前面に押し出してきたとき、日本の強みであるはずのアジリティが発揮できませんでした。それをどのように克服していくのでしょうか?
恩塚 もちろんフィジカル的なトレーニングも必要ですが、それこそが3つのキーワードで最初に掲げた「ポジショニング力」です。相手と横並びで勝負するのではなく、常に私たちが有利なポジションを取って、有利な勝負にこだわろうというわけです。

――ポジショニングの重要性は、恩塚ヘッドコーチもこれまで何度か言及していました。しかしそれが思っていたよりも浸透できていなかったのですね。
恩塚 そうです。多くのコーチや選手がポジショニングは大事だと思っています。しかし、どこまで大事かを追求できていないように思います。バスケットは何で勝負が決まるかというと、私は「ボールをなくす/なくさない」が1つ目にあって、2つ目は「期待値の高いシュートを打てる/打てない」だと考えています。そして3つ目に「ポジショニング力」が来ます。よいポジションを取ることで、ボールをなくさずに済みますし、相手にプレッシャーかけることもできます。期待値の高いシュートを打つときも、いいポジションでサポートし続けているから、期待値の高いシュートを選べます。多くの人はバスケットを「シュートが入る/入らない」が大事なスポーツだと思っていて、次にセットプレーやアクションの多さ、巧みさだと考えがちですが、僕はそう思いません。大事なのはポジショニングです。

――有利な勝負に持ち込むための「ポジショニング力」を求めるときに、そもそもとして、選手が有利か不利かを感じ取る力がないといけません。
恩塚 そうなんです。それがないとできません。これは育成世代からの日本の課題でもあります。有利なときと不利なときとでやることが違います。もっと言えば、有利な状況と不利な状況は瞬間的に変わるものでもあります。それさえも読んで、プレーし続けられる力が日本には足りないと評価しています。だからこそ、おこがましいですが、よいポジションを取り続けて戦うことによって、高さを凌駕していくことが可能なのではないかと示したいのです。有利か不利かを判断して、有利なポジションがあることを知って、それを愚直に取り続けて勝負していける日本にしたい。これまで日本の武器と言われてきた「速さ」では、言葉として大きすぎます。それをよりよく発揮するために有利なポジショニングが重要になってくるんです。

強化ポイントを毎日の練習で徹底

――今年度の女子日本代表では、それをどのように磨いていきますか?
恩塚 毎日の練習で、ひたすら言い続けます。今日の練習でも、トランジションオフェンスでボールマンが右サイドを攻めようとしたとき、左サイドを走る選手のひとりが遅れて入ってきました。当然、遅れている選手のディフェンスは、ボールマンのアタックに寄ります。そのときも遅れてきた選手に「ボールマンのアタックに対する、適切なスタートポジションをとって」と伝えました。

――遅れてきて、なおかつポジショニングが悪いと、アタックしようとしているボールマンが不利になります。しかし不利だと思われる状況でも、適切なポジショニングをとることで、ディフェンスが寄りきれずに、ボールマンが有利になるわけですね。
恩塚 そうです。でも多くの場合「今のシーンでは私の動きは関係ない」と思っている選手が、どのカテゴリーにもいます。それをなくそうというのが今年度の女子日本代表です。よく「頑張る」とか「やり抜く」と言いますよね。何をやり抜くのかと言えば、私は「いいポジションを取り続けることをやり抜く」という感覚です。チームが勝つためにできうることをやり抜くという行動を、より具体的に、解像度を上げて考えたときに「ポジショニング力」に行き着きました。

コート上で積極的に選手に言葉をかける恩塚HC [写真]=兼子愼一郎


――それはディフェンスでも同様ですか?
恩塚 もちろんです。ドライブに対するギャップポジションにしても、ヘルプのポジションにしても、すべては有利なポジショニングがあります。それを素早く、的確にすることで、有利な状態で守れます。あるいは、パワーポジションを取った姿勢でシュートを打たれたらボックスアウトをするし、相手がリバウンドに来なければヘルプに出て行く。位置を取ることもそうだし、そのときのスタンスや、そこから素早く振り向く速ささえも、私は「ポジショニング」だと思っています。

――聞いていると、女子日本代表だからやるというよりも、育成年代を含めて、すべてに共通するキーワードです。
恩塚 そうです。それを理解して、実践できたらバスケットがとてもうまくなると思います。一部の国では、少なくともコート上の動きを見る限り、やっています。ただし細かい話をしていくと選手の頭がいっぱいになってしまうこともあります。昨年まではそうしたことをすべて言葉で説明していましたが、今は動きで説明するようにしました。体で覚えて、無意識でもできるところまで磨こうとしているのです。無意識的に適切なスペースを取る、スポットを見つけて攻める、スポットを消して攻めさせないようにする、いいスタンスで動けるようにする。それらをやり抜けるのが日本の強さだと思いますし、今年はそれを追求していこうと考えています。