2019.12.19

ウインターカップ女子で3大会連続ベスト5を受賞したのは……

加藤は高校時代に女子日本代表に初選出され、その後も長く日本代表をけん引した[写真]=Getty Images
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 高校日本一を決める大会「ウインターカップ」(全国高等学校バスケットボール選手権大会)は、1971年に第1回大会が開催され、これまで49回の大会が執り行われている(※)。

 第2回大会からは、大会を通じて最も印象的な活躍をした5選手が選ばれる「ベスト5」が設立された。長い大会の歴史において、このベスト5を3大会連続で受賞した女子選手が2人いる。そんな偉大な記録を残した2人の選手を以下に紹介する。

加藤貴子(富岡高校:第18回~第20回大会)

 1988年の3月に行われた第18回大会に、富岡高校(現金沢総合高校)の1年生として出場。準決勝で名古屋短期大学付属高校(現桜花学園高校)に敗れるも、富岡の3位入賞に貢献し、自身はベスト5に選出された。
 その夏に行われたインターハイでは、決勝で名古屋短大付属にリベンジを果たし、全国制覇を達成。しかし、同年12月に行われたウインターカップ第19回大会では、準決勝でまたも名古屋短大付属に敗れてしまう。加藤は2大会連続でベスト5に選ばれるも、3位決定戦にも敗れた富岡は前年度を下回る4位という結果に終わった。
 1989年には名古屋短大付属の竹内高美とともに、史上初めて現役高校生として女子日本代表に選出される。同年に3年生として臨んだウインターカップ第20回大会では、決勝で三度名古屋短大付属の壁に阻まれ、準優勝で大会を終える。優勝こそならなかったが、加藤は2回戦で当時の大会最多記録となる1試合51得点を記録するなど印象的な活躍を残し、3大会連続のベスト5受賞を果たした。
 高校卒業後はシャンソン化粧品 シャンソンマジック(現シャンソンVマジック)に加入し、多くのタイトル獲得に貢献。女子日本代表としても、オリンピックや世界選手権など多数の国際大会に出場した。

大山妙子(東亜学園高校:第21回~第23回大会)

 加藤貴子が高校バスケ界から去った翌年にウインターカップで注目を集めたのが、東亜学園高校の大山妙子だ。1990年の第21回大会では、東亜学園の11年ぶりとなるベスト4進出に貢献、1年生ながらベスト5を受賞した。
 翌1991年、大山は東京都選抜の一員として国体制覇を果たす。迎えたウインターカップ第22回大会では準決勝で名古屋短大付属に敗れるも、3位決定戦は鶴鳴女子高校(現長崎女子高校)との接戦を制し、2年連続で3位入賞。大山も再びベスト5に選ばれた。
 3年次に出場したウインターカップ第22回大会では、薫英高校(現大阪薫英女学院高校)や新居浜商業高校といった強豪を破り、自身初となる決勝進出を果たす。岡里明美(元シャンソンVマジック)を擁する名古屋短大付属と、オーバータイムまでもつれ込む接戦を演じるも、僅差で敗れて優勝には届かなかった。それでも、エースとしてチームを13年ぶりの決勝へと導いた大山のプレーは高く評価され、3大会連続でベスト5に選ばれる偉業を成し遂げた。
 大山は高校卒業後に日鉱共石サンフラワーズ(現JX-ENEOSサンフラワーズ)に加入。女子日本代表としては、アトランタオリンピックとアテネオリンピックに出場し、アテネではキャプテンも務めた。

※2017年度大会よりウインターカップの大会形式が「選抜優勝大会」から「選手権大会」に変更され、開催回数は「選手権大会」のものが引き継がれた。ただし、優勝回数などの各記録は「選抜優勝大会」時代のものを引き継いでいる。

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