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昭和から令和まで愛されたミニバス伝統の大会…「志木カップ」が40回の節目に幕を閉じる

40年の歴史に幕を閉じる志木カップ [写真]=田島早苗
フリーライター

 4月26日、長い歴史に幕を閉じた大会があった。

志木カップ

 文字通り、埼玉県志木市を舞台に行われてきたミニバスケットボールの交換大会は、1986年(昭和61年)に第1回が開催された。以降、新型コロナウイルス感染症により中止を余儀なくされた2020年大会以外は、毎年開催してきた。
※2020年大会は出場チームが購入した記念Tシャツの収益で大会プログラムを作成

■県外から強豪が集う“春の関東大会”

 大会が始まった当初、出場チームは志木市をはじめ、埼玉県内で活動するチームが中心だった。それが回数を重ねるごとに規模を拡大し、東京や神奈川、千葉、茨城、栃木、山梨と関東だけでなく、新潟、長野、福島、宮城といった北信越や東北のチームまでもが出場する大会へと成長した。

 また、それにつれ“春の関東大会”とも呼ばれるようになり、その年度の最後、3月に行われる全国大会を占うような好チームによる高レベルの戦いが繰り広げられるようになっていった。都県によっては志木カップ出場をかけた予選も開かれていたほどだ。

 ただ、それだけでなく、同大会に対して、ミニバスのチームから『出場したい』という声が多く上がっていたのは、そのホスピタリティだ。

「競技会にプラスされるオプション部分が志木カップの特長でもありました」と大会の実行委員長を務める桶本正氏が言うように、例えばボールに関しては小学生が遠方から大荷物で来るのは大変という観点から大会スポンサーのボールメーカーのボールを用意。それも選手全員がウォーミングアップで使用できるだけの数が準備されている。ほかにも春という季節を考慮して、お弁当の中身は傷みにくいものを選ぶなど、挙げたらキリがないほど配慮は細部にまでわたった。

出場する選手の負担を減らそうとスポンサーを見つけてボールを確保 [写真]=田島早苗

 さらには、「ほかの大会では味わえない思い出を提供したい」(桶本)と、過去にはフリースタイルバスケットボーラーのパフォーマンスや埼玉を拠点とする越谷アルファーズで当時ヘッドコーチを務めていた桜木ジェイアール氏やさいたまブロンコスの選手、オリンピアンでともに埼玉県出身の宮崎早織(ENEOSサンフラワーズ)、本橋菜子(東京羽田ヴィッキーズ)らがサプライズで来場。試合以外でもバスケットの楽しさを十分に伝えてきた。

「これまで出てくださったチームの方たちが志木カップのことを良かったとか、楽しかったと言ってくださったことで、いろいろなチームから志木カップに出たいと思ってもらえるような大会になったと思います。それは本当にありがたいです」と、桶本氏は出場チームによって大会が支えられたと感謝の言葉を発した。

桶本実行委員長は宗岡女子のHCも務める [写真]=田島早苗

■質を維持するため、40回大会を最後に幕を閉じる決断

 そのような大会がどうして今年で最後となったのか。それは大会運営において大会の質を維持することが難しいという判断からだ。

「頑張っている子たちに楽しかったね、こういう環境で試合ができてよかったねという場を提供したいと思ってやってきました。だから年々、少しずつでもブラッシュアップしていかないと志木カップの価値が薄れてしまうと思っていました。それを踏まえて、さまざまな理由から大会を継続するには難しいと判断し、40回大会という節目を最後にしようと決まりました」(桶本)

 こうして迎えた最後の志木カップは「志木カップ2026 theFINAL」という大会名で開催。参加チームは男女ともに18チームで、初日は予選リーグ、そして2日目は順位決定のリーグ戦が行われ優勝を争った。

 最終的には女子はGXブロックが宗岡女子クラブ(埼玉県)、GYブロックは陽光台LOVERS(茨城県)が優勝。男子はBXブロックが若松クラブ(神奈川県)でBYブロックは下忍クラブ(埼玉県)がブロックを制した。

 だが、これで終わらないのが志木カップ。このブロック優勝同士が対戦する総合優勝決定戦も醍醐味の一つで、2面で進行していたコートは1面に変わり、専用のMCが選手紹介から試合中のアナウンスを行う。音響も専門の人たちが担当し、白熱する試合をより一層盛り上げるのだ。

GY優勝の陽光台(上)がGXを制した宗岡女子に勝利 [写真]=田島早苗

 その結果、女子は、前半で大きなリードに成功した陽光台が宗岡女子に勝利。男子は接戦の中、コートに立った選手たちが持ち味を発揮した若松が勝ちを収めた。

男子はBX優勝の若松がBYを制した下忍に勝利 [写真]=田島早苗

「相手の大きいセンターの選手に対してチームで守ろうということでゲームに入り、前半はそれができたと思います」と、試合を振り返ったのは陽光台の小嶋信哉ヘッドコーチ。小嶋HCは秋田県の能代工業高校出身で、高校時代は1学年下の田臥勇太宇都宮ブレックス)と全国優勝を何度も達成してきた。その能代工業をはじめ、高校の強豪チームが集う交換大会がゴールデンウィークに行われる「能代カップ」なのだが、小嶋コーチはその大会を引き合いに出し、「志木カップのことは周りから話を聞いていました。40年ですから歴史がありますよね。能代カップもそれぐらいですが、そういった大会はなかなかない。小学生の頃からこういう場で試合ができることは恵まれていると感じます」と、初めて出場した大会の感想を語った。同様に今大会が初出場だった男子優勝の若松・熊澤志津枝監督は、「過去にも(出場の)チャンスはあったのですが、今回初めて出場させていただきました。ファイナルということで、最後に志木カップに名前を残したいねと言ってみんなで臨みました」と言う。さらに「どこのチームもみんなしっかりした基礎ができていて、手強いチームでした。その中で気を抜くことなくプレーをすることが課題でした」とも大会の感想を語った。

 一方、総合優勝決定戦では敗れたもののブロック優勝を果たした宗岡女子のヘッドコーチは桶本氏。毎年ながら大会運営とチームの指揮と忙しい2日間を過ごすのだが、最後の大会で総合優勝決定戦に進出したことに「すごく感慨深かったですね。試合に入る前の方が感動していたかもしれません。ただ、試合ではうまく選手たちを導けないなと思いながらやっていて、最後だけでも頑張ってほしいという思いを持っていたので、それは最後に体験できたかなと。まだまだうまくなれるし、強くなれると思いました」と、総合優勝決定戦を振り返った。

 大会の最後は、ミニバスだけでなく、国内では中学や高校、大学でもほとんど見ることのない優勝チームによるネットカット。その進行を行い、最後はスタッフたちと撤収作業をしていた桶本氏は、「まだ最後ということに実感がなくて。きっと来年の3月頃になって、(大会の準備を)やらなくていいのかと、そこで実感するんでしょうね」と、大会が終焉に近づく中で率直な思いを語った。そして最後には「志木カップがよかったと言ってくれたチームの関係者の方々の中から、できれば、あんな大会を作りたいねなんて少しでも考えたり、話をしてくれたりしたらうれしいですね」ともコメントした。

ネットカットは小学生にとって貴重な経験 [写真]=田島早苗

 40回の節目でその役割を終えた志木カップ。昭和、平成、令和と3つの元号をまたいで開催され、多くの人に愛された大会だった。

文=田島早苗

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