2022.04.07

【インタビュー】東野智弥JBA技術委員長が語る日本代表の現在地(男子編)

ワールドカップ2023に向けて強化を進めている“ホーバスジャパン” [写真]=伊藤大允
バスケットボールキング編集部。これまで主に中学、高校、女子日本代表をカバーしてきた。また、どういうわけかあまり人が行かない土地での取材も多く、氷点下10度を下回るモンゴルを経験。Twitterのアカウントは @m_irie3

男子日本代表は新指揮官に就任したトム・ホーバスヘッドコーチの下、開催国枠として出場権を保持する「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」に向けて強化を進めている。今回は日本代表を長年近くから見ている日本バスケットボール協会(JBA)技術委員会委員長の東野智弥氏にインタビューを実施。ホーバスバスケやアジア地区1次予選、今後に向けての話を聞いた。

インタビュー=入江美紀雄

「ホーバスHCは新しいスターを作る指揮官」

――Window1で中国に連敗してスタートしたホーバスジャパンは、Window2を1勝1敗で終えました。まずは感想を聞かせてください。
東野 トム・ホーバスヘッドコーチは女子代表から男子代表の指揮官になり、選手に関する情報が少ない中でスタートしたので、非常に難しかったと思います。加えて、新型コロナウイルスの影響でコーリー・ゲインズアソシエイトヘッドコーチの合流がWindow2にまで遅れてしまい、Bリーグの代替試合も合宿と被ってしまいました。予定どおりのプランで進めることができず、申し訳ないと思っています。ただ、その中でも変化があったのは非常に大きいです。

ホーバスHCについて少し触れさせてください。彼はすごく戦略家です。研究して出す答えはある程度、誰でも同じになりますけど、彼はクリエイティブなアイデアが出てくるんですよね。「こうやったらうまくいくんだ」と。Window1では女子と同じような形でしたが、今回に関してはアプローチがすごかったです。どうすれば日本の選手たちが活きるのか、そしてオフェンスでいい機会が生まれるのか。「一発で言い当てる」という言葉が正しいかわかりませんが、男子でもそれを成し遂げることができました。これは私にとってすごく自信になりました。HCとして素晴らしいパフォーマンス、現在の男子代表への順応を見せてくれました。実はWindow1もWindow2も対外試合ができない中で挑みました。対戦相手も同じような状況だと思いますが、チャイニーズ・タイペイによく勝ったなと思います。

シュートがなかなか入らなかった中、それが確実にいいウォーミングアップになりました。それを我慢し続けられるスタッフ陣、特にゲインズAHCがいました。彼が私に「トムになるべく話し掛けて、トムらしいバスケをしてもらいたい。そうすれば大丈夫なんだ」と言っていましたが、まさにそのとおりでした。チャイニーズ・タイペイ戦は一つずつ現実になり、変化したというゲームだったと思います。もう一つの特徴を言うと、ホーバスHCは新しいスターを作るんです。1戦目は西田(優大/シーホース三河)で、2戦目は富樫(勇樹/千葉ジェッツ)。これまでの代表では富樫らしい富樫を発揮しきることができず選手本人も悔しい思いをしていたであろう中、それを見られたのはホーバスHCが選手のマインドスイッチを入れてあげたことも大きく影響したのではないかと思います。

オーストラリア戦に話を移すと、日本に足りないものがまたわかりました。ワールドカップ、オリンピックでもそうでしたが、世界トップクラスのチームが100パーセントのフィジカル、強度で戦うと、日本はついていけない。けれど、トップクラスの相手と互角に戦うには、日本の中で競争していかなければいけません。Bリーグだけではなく、それは中学、高校、大学でも同じです。相手はタフネスを利用して、日本のシュート力を落とさせていましたよね。また、日本もベストメンバーではなかったとはいえ、オーストラリアはニック・ケイ島根スサノオマジック)だけが銅メダリストで、ほかは若手中心でしたが、やはり強かったです。

――世界的にも強い国がアンダーカテゴリーからの強化によるベースの差が出たのでしょうか。
東野 長い歴史があり、FIBAランキングのトップ10に入っているオーストラリアですら、東京オリンピックで初めてメダルを獲得しました。さまざまなことを積み重ね、ようやくオリンピックでその成果を証明したわけです。歴史は日本と30年くらいの差がある中、選手、指導者、関係者などがどうすれば強くなるのかを考えて取り組んできた結果なのかなと。培ってきたものが結果として現れたと思います。

――スタンダードの違いというものでしょうか?
東野 はい。中国は2019年のワールドカップで結果が出ませんでしたけど、Window1の試合を見ていくと、2004年、2008年のオリンピック(8位)で培ったものが身についていると思います。日本もそれに追いつけ、追い越せではないですけど、我々が上にいると思ったら大きな間違い。八村(塁/ワシントン・ウィザーズ)と渡邊(雄太/トロント・ラプターズ)がいるから大丈夫と思わず、国内組、海外に行った選手を含めてさらにレベルアップする必要があると感じました。

――ホーバスHCのスタイルについて、女子と男子で変化はありましたか?
東野 3ポイントシュートはやはり心に決めないと打てないじゃないですか。そういうものや打つべきタイミングを選手たちが徐々にわかってきたと思います。あとはペイントエリアと3ポイントのバランスの取り方。Bリーグではペイントエリアにいる外国籍選手にボールを託す場面が多く見受けられますが、それができない状況でどのように補っていくのか。練習の仕方も女子と違いますし、しっかりと指摘できた部分はさすがだなと思いました。

――チャイニーズ・タイペイ戦後の会見で、「3ポイントシュートを打てるようになっているけど、バランスが重要。もっと2ポイントが多くないといけない」とホーバスHCが言っていました。選手たちはHCのやりたいバスケに挑戦しているようにも感じました。
東野 ホーバスHCは、元は選手で、完全なスコアラーでした。選手が得点を決める時の心境とか、いつなにをどのようにしたらいいかという感覚を伝えています。女子の時はずっと日本語を使っていましたが、男子では英語をよく使っているんですよね。タイムアウトでの指示も英語です。帰化選手がいるし、英語がわかる選手も多いので、そういういい部分も現れたかなと。女子では日本語で命令口調になりがちな言葉でも、英語ではよりモチベートされるというか、リラックスできるというか。まさに西田はそれを受け取って、自分らしくプレーしましたよね。日本代表を長年プレーで引っ張ってきている比江島(慎/宇都宮ブレックス)を彷彿とさせるような活躍だったと思います。

東野智弥JBA技術委員長はホーバスHCを「すごく戦略家」と評価 [写真]=伊藤 大允

――国際大会で27得点を取るのは、簡単なことではないと思います。
東野 ホームでの試合で勝たなければいけないプレッシャーがあった中、西田の潜在能力が発揮されたと思います。U19日本代表でワールドカップに出場した経験がありましたけど、火を点けたというか、きっかけを与えたのはやはりホーバスHCだと思います。

「ピーキングをワールドカップに定めて、勝負していくのが今の強化策」

――Window1の話に戻りますが、岸本隆一琉球ゴールデンキングス)選手が「代表に選ばれることはないと思っていた。だけど、こうやって選んでもらってすごく感謝しているし、チャンスを活かしたい」と言っていました。それは代表に選ばれていないほかのBリーグ選手も同様なことだと思いますし、リーグの活性化にもつながると思います。
東野 間違いないと思います。ホーバスHCが谷口(大智/茨城ロボッツ)のスタッツを見た時、「なぜ彼は試合に出ていないの?」と。先ほど「スターを作る」と話しましたが、その匂いがするんでしょうね。谷口自身も「自分のことを見失っていた。自分のやるべきことがまたはっきりした」と最後に言ったんです。そうやって呼び起こすことができるコーチはなかなかいないと思います。そういう目を持ったホーバスHCが指揮を執っているので、お話いただいたように若手、ベテラン関係なくどの選手にもチャンスがあるということ。自分のキャリアを伸ばすため、ステップアップのきっかけにするためにも役立つ代表のプログラムがなければいけません。モチベーションにも関わってくると思います。Bリーグはレギュラーシーズン、チャンピオンシップだけではなく、東アジアスーパーリーグの開催も予定されています。その中で代表にも参加すれば多くの試合をこなすことになります。それをどのようにマネジメントしていくかも重要なポイントだと思います。

――一方、コアメンバーをそろえて、強化していくのも一つの手法だと思います。
東野 もう少し時間が掛かる印象ですね。女子の場合はメンバーのほとんどがWリーグの選手で、そのチームを強化していく流れでしたが、男子は少し違うんですよね。アメリカに留学している選手、海外でプロとしてプレーしている選手が主力になるのかなと。そこはマネジメント力が問われる部分ですね。そういう意味でホーバスHCのネイティブ言語が英語なのは大きいです。また、ゲインズAHCはNBAでのコーチ歴が長く、ウィザーズで指導した八村の信頼も得ています。ホーバスHCの20年来の友人であり、彼の指揮する対象が女子から男子に変わった点をすべてクリアにするためにもゲインズAHCが必要だったわけです。2023年9月のワールドカップ、そしてアジアのトップになってオリンピックに出場するという絵を描くために必要なピースをそろえてあります。徐々にではありますが、ピーキングをワールドカップに定めて、勝負していくのが今の強化策です。

ホーバスHCの右腕として期待がかかるコーリー・ゲインズアソシエイトヘッドコーチ [写真]=伊藤 大允

――今後、八村選手、渡邊選手の招集についてはいかがですか?
東野 新型コロナウイルスの影響で不透明な部分が多いですが、海外でプレーしている選手とコミュニケーションを取ろうと思い、今はスケジュールなどを調整しようとしています。Window3だけではなく、今後はアジアカップ、強化試合、Window4、アジア競技大会なども控えている状況で、若手中心で挑む大会があるかもしれません。馬場(雄大/メルボルン・ユナイテッド)や小酒部(泰暉/アルバルク東京)のように、今回は河村(勇輝/横浜ビー・コルセアーズ)がBリーグの道に進むことを決めました。大学としては難しい部分もあると思いますが、こういった例が増えてきています。会見では「日本代表」という明確なキーワードも出てきていて、非常にいいなと思いました。

ホーバスHCは「チームバスケをしないと勝てない」とよく言うようになったんです。誰がいつどのような状況で合流したとしても、チームバスケをしてうまくやれる状況ができていればいいですね。八村、渡邊、馬場のほかに、例えば富永(啓生/NCAA1部・ネブラスカ大学)、須藤(タイレル拓/同ノーザンイリノイ大学に進学予定)などもアメリカでプレーしています。いろいろな選手が融合した時、チームのケミストリーを失ったり、チームが何をしていいのかわからなくなったりするのは問題です。それがなければ、さらにステップアップできると信じています。

――ホーバスHCは合宿の初日に「Bリーグのバスケを忘れてください」とおっしゃっていました。アンダーカテゴリーからホーバスHCのバスケを組み込んでいく必要性もあると思いますが、どのように考えていますか?
東野 あると思います。3ポイントの部分はまだ課題です。女子も最初から3ポイントが入っていたわけではなく、培っていった結果が現れています。鈴木良和コーチとシューティングプロジェクトを作って、シュートを教えるのが難しい小中高の現場を助けることも含め、プロジェクトを考えて取り組んでいかなければいけません。私は「一気通貫」という言葉を使っていますけど、育成プロジェクトにもホーバスHCの言っているキーワードを入れています。先日、網野(友雄/白鷗大学)HCの下、大学生で構成されたU22日本代表の合宿を4日間行いましたが。その前にホーバスHCと入念なミーティングを実施しました。Window2が始まる前、アジア競技大会に向けた若手の合宿を行い、3人の大学生を招集しました。プレーヤーの行き来、そして飛び級がある状況を作るのはラマスHCからつながっている部分です。

――先ほど話題になった西田選手はラマス前HCの“秘蔵っ子”のような選手でした。早い段階から合宿にも呼ばれていました。
東野 今回の活躍を受け、ラマスさんが非常に喜んで電話してきて、「彼のことは日本の(マヌ)ジノビリだと思っていたよ」、「まさにそのとおりの活躍を見られたね」などと言っていましたよ。

――男子も女子もワールドカップを終えると、2024年はパリオリンピックが控えています。東京オリンピックが1年延期になった分、時間が少ないですね。
東野 開催まであと875日(3月4日取材時)。もともとある程度のプランはありましたけど、本当に難しいなと。だからこそ、いろいろなことを考えました。ただ、ホーバスHCを信頼できていて、私自身も彼の望むことがわかっているのは非常に重要ですね。いろんなことを予測しながら進んでいます。

――例えば、3x3もプレーする現役大学生を発掘するなど、策を練っているところだと思いますが。
東野 おっしゃるとおりです。高校や大学の時に5人制と3x3の両方を経験して、選択できる余地があったらいいんじゃないかなと。育成現場にも体のぶつかり合い、凌ぎ合い、1対1の技術も含めて取り入れつつ、3x3と5人制がフィットする文化にしていき、強化に落とし込んでいけば、さらに日本のバスケが強くなっていくと思います。

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