2022.04.05

【インタビュー】東野智弥JBA技術委員長が語る日本代表の現在地(女子編)

恩塚亨新HCの下、9月のワールドカップに挑む女子日本代表 [写真]=伊藤 大允
バスケットボールキング編集部

2021年の東京オリンピックで銀メダルに輝いた女子日本代表は、トム・ホーバスヘッドコーチ(現男子日本代表HC)から恩塚亨HCに体制が変更。2月の「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2022 予選」を1勝1敗で終え、4大会連続14回目となる本戦の出場権を獲得した。今回は日本代表を長年近くから見ている日本バスケットボール協会(JBA)技術委員会委員長の東野智弥氏にインタビューを実施。ワールドカップや新指揮官、今後に向けての話を聞いた。

インタビュー=入江美紀雄

「ワールドカップではすべての試合がタフになる印象」

――9月に開催される「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2022」の抽選会が行われ、組み合わせが決定しました。女子日本代表はフランス代表、セルビア代表、ナイジェリア代表、カナダ代表、オーストラリア代表と同じグループBに入りましたね。
東野 フランス、ナイジェリアは東京オリンピックで、カナダも2月のワールドカップ予選で対戦していて、日本の戦い方をよくわかっていると思うので、簡単な試合にはならないだろうと思っています。セルビアに関してもデンソー(アイリス)のマリーナ(マルコヴィッチ)HCが指揮を執っているので、日本のことをよく理解しているでしょう。ホーバスHCから恩塚HCに継承された部分と、バージョンアップしている部分をしっかりと見ていきたいです。予選のボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦、カナダ戦を通じて足りない部分が見えてきて、課題は鮮明に出ています。どこのチームもサイズがあるため、そこがキーポイントだと思っています。

――東京オリンピックの銀メダルを超えることが目標だと思います。
東野 リオ(デジャネイロオリンピック)の時のように、グループで何位になるかが重要です。もちろん、ベスト8は最低限で、準決勝でアメリカと対戦するのは避けたいなと。カナダは新しいHCになって相当良くなっていますし、開催国のオーストラリアも強敵です。すべての試合がタフになるという印象を持っています。

――ナイジェリアも力をつけてきていますよね。
東野 東京オリンピックの日本戦はベストゲームだったと言えるでしょう。身体能力の高さはもちろん、戦術や技術面でも驚異的なものを持っています。

――恩塚HCのバスケに関して、どのように感じていますか?
東野 ホーバスHCは多くの戦術を準備して、選手たちの理解度を深めると同時に、オプションを増やし、常に考えながら相手より早く動く。オフェンスがディフェンスの弱い部分をかき消すこともあります。オリンピックが1年延期になったことで、戦術をピッタリと合わせることができました。選手と戦術を組み合わせるHCだと思います。ポストディフェンスやトランジションディフェンスに関しては発展途上でしたが、それを上回る得点効率を持って、自信をどんどんつけていきました。オフェンスリバウンドも完全な状況を作り出して、自分たちのペースに持っていった。これらが、ホーバスHCが銀メダルを取ったバスケだと思います。

恩塚HCは時間がまだ少なく、すべてを発揮できていないと思いますが、アジアカップで5連覇して継承できた部分があったと思います。それはボールの動きと、人が動き回ること。彼は“アジリティ”と表現していますが、それは継続したと思います。加えて選手の判断力。「ここでアタックすればいいのに、できてなかった。それができていたアメリカとの差」と彼は言ったんです。「自分で判断しなさい」と呼び掛けて、それが実った結果、アジアカップで5連覇を達成したと思います。銀メダルのメンバーとアジアカップ5連覇のメンバーに加え、渡嘉敷(来夢/ENEOSサンフラワーズ)の3つが融合するにはもう少し時間が掛かる印象です。もう一つは自分たちで判断するということが、相手がどういうバスケをしてきてもそれを読んで反応することだと思います。

――勝っているゲームをしっかりと終わらせることができなかった印象です。
東野 おっしゃるとおりです。今回のチームに選出された、山本(麻衣/トヨタ自動車 アンテロープス)、宮崎(早織/ENEOS)、本橋(菜子/東京羽田ヴィッキーズ)のガード3人はタイプが似ていました。ボールを散らして、相手の隙にボールを入れられなかった部分は課題だと感じています。

――逆にまだまだ伸び代があると思います。
東野 もちろん。伸び代しかないと思います。リーグ戦、オールスターが終わってからのプランを立て、やはり海外に遠征して、大きいチームとの戦いを用意すること。ここはしっかりと準備したいです。東京オリンピック前も試合を組みましたが、小さい選手でかき回した中、どうやって止めるかという話でした。融合して大きな選手がいる中で、さらに大きなチームと戦うのは少し違うと思うので、その準備をどのようにするかが課題になってくると思います。

――渡嘉敷選手、東京オリンピックメンバー、アジアカップメンバーの融合はまだまだという印象ですか?
東野 はい。大きい選手のフィニッシュ力が実は東京オリンピックでも、アジアカップでも、最終予選でも非常に注目された点です。今回は練習ゲームが1回しかできず、相手はカナダとボスニア・ヘルツェゴヴィナのサイズと全く違いました。そこの慣れは今後、戦術で狙ったシュートを決められるのかどうか。しっかりできていれば、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ相手でもずっとリードできたはずです。しっかりと詰めていけば、また新たな部分でいい結果を得られると思います。

大ケガから復帰した渡嘉敷への期待は大きい [写真]=伊藤 大允

――赤穂ひまわり(デンソー)選手だけではなく、3x3でオリンピックに出場した馬瓜ステファニー選手、山本選手(ともにトヨタ自動車)といった若手選手の台頭も目立っています。
東野 この3人は180度変わったかのような活躍を見せてくれています。それはオリンピックに出場し、悔しさを味わい、同時に達成感を得られたからだと思います。若い選手をしっかり抜擢したホーバスHCの先見の明が現れたのかなと。山本とステファニーは3x3の効果が出ています。クリエイトする能力、あとはセルフコーチングが向上したと思います。3x3は自分自身が今、何をすればいいのか。タイムアウトはもちろん、どこが悪くて、どこがいいのかを考える判断力を求められます。自己解決する力は、5人制でボールを持ちすぎるデメリットにもなるかもしれないと言われていましたけど、違いましたね。僕はそのように思っています。

――女子選手は指示されたことを徹底してできますが、自分でクリエイト、判断して打開していくことは課題でもありました。3x3のいい部分が出ているような気がします。
東野 おっしゃるとおりで、恩塚HCもそれを求めています。自分自身で判断して、ワクワクしながらプレーできるバスケを望んでいると。3x3で培った2人がメインの選手として起用されるのは、そのことからかと思います。彼女たちに触発されるように、それぞれがクリエイティブな個を磨いていく。個の力よりも、バスケはチームとして戦うことが必要で、1人の能力だけで決まらないのが魅力だと思います。まさにそれを東京オリンピックで見せられましたが、今度は個がチームのことをやりつつ、クリエイティブな状況でバスケが世界一になっていくストーリーに見えますね。

「面白いアプローチによってうまくやり切ってくれることを期待しています」

大学を離れて日本代表の専任になった恩塚HC [写真]=伊藤 大允

――恩塚HCはよく「世界一のアジリティ」とおっしゃっています。東野さんはどのように捉えていますか?
東野 私も彼らに聞いてまだ勉強しているところですけど、ただ単に相手より早いとか、切り返しがいいということではなく、目まぐるしく変わる状況に対して最適解を選び続ける早さ、と表現するのが適切なのかなと思います。バスケットボールは複雑系のスポーツといって、相手が何をしてくるか不確実で正解が曖昧な中で常に相手に対して最適な技術を選択し、遂行し続けなければなりません。日本人が世界と戦う上で持つ強みとなる敏捷性や勤勉性、それを最大限に活かした戦い方が、アジリティでの戦いであると。

――日本ならではのスタイルでしょうか?
東野 まさにオリジナルのバスケだと思います。ミニバスから始まり、中学や高校にも指導者が多くいらっしゃって、女子はそれらがつながったバスケ。もちろん、男子にないわけではありませんけど、女子のバスケはそれが体現されていくんじゃないかと期待しています。

――予選に出場した12人を含めて30人ほどの代表候補選手がいると思います。
東野 中長期的な視点から作成されたロングリストがあって、その中からメンバーが選出されています。恩塚HCが面白いことを言っていて、「心・技・体の3つで選ばれているんだ」と。それぞれのチームで実力を発揮できている選手、そうでない選手ももちろんいます。高校、大学、Wリーグの若手を含め、彼女たちがそのロングリストにどのように入ってくるのかは見ものですね。

――世代別代表の時から世界を目指して、代表につながる流れができあがっていますよね。そこで恩塚HCがどのように“味つけ”していくかの段階かと思います。
東野 おっしゃるとおりだと思います。スキルコーチとして3本の指に入るほどの実力を持ち、男子を指導していた鈴木良和コーチが女子のアシスタントコーチに加わりました。詳細に求められるものを提案しつつ、ワールドカップ、そしてその先に控えるパリオリンピックへのプランがしっかりしているので、さほど心配していないです。ワールドカップ開幕は9月22日ですので約200日後。女子のバスケはWリーグや各所属チームを含めいろいろな方のサポートを受け、十分な強化合宿などが担保されています。2015年のラグビーワールドカップで日本が南アフリカを下す世間が番狂わせと称した勝利をつかんだ時、1年をとおして365日のうち約240日も強化合宿を行ったと言われていますよね。それと同じように、女子は多くの合宿、練習をこなすことができる。佐藤晃一スポーツパフォーマンスコーチというスペシャリストがいるので、フィジカル面などは彼らに任せて、いいパフォーマンスを見せてほしいと思います。

――恩塚HCさんはメンターとして、「みんなはもっとできるんだよ」と常におっしゃっています。今までの指導者と少し違うアプローチだと感じます。
東野 彼は実際、東京医療保健大学でも厳しいコーチとして有名でした。ビデオコーディネーターからコーチになったので、一つひとつがとても細かったんです。でも、今のやり方がいいと気づいたのは、彼が勉強家だから。私もオススメされて読んだことがありますが、脳科学に関するものなどいろいろな本を読んで勉強した結果、今のやり方になったと思います。リオでは悔しい結果に終わりましたが、東京では銀メダルを獲得しました。世界一を目指すためにはどうしたらいいのか。要求が高くなってきた中、恩塚HCはその期待に応えられるような方です。東京オリンピックが1年延期された影響で準備する期間は少ないですが、面白いアプローチによってうまくやり切ってくれることを期待しています。

――大学を離れて日本代表の専任になることが発表されました。
東野 はい、非常に大きな決断だと思います。「中途半端ではできない」と彼に話をさせてもらったら、「バスケ人生でこれに賭ける」と。日本のバスケットボールファンが願っているのは、リオからつながる“ゴールデンエイジ”と言われている素晴らしい選手たちが世界一になること。恩塚HCとともに目標を達成してくれることを期待しています。

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