2022.03.31

【単独インタビュー】ワシントン・ミスティックスのHC兼GMが町田瑠唯を語る

インタビューでは獲得の経緯などを語ってくれた [写真]=Getty Images
スポーツライター。前英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者。Bリーグ、男女日本代表を主にカバーし、2006年世界選手権、2019ワールドカップ等国際大会、また米NCAAトーナメントも取材。他競技ではWBCやNFLスーパーボウル等の国際大会の取材経験もある。

2月中旬、富士通レッドウェーブの司令塔、町田瑠唯がWNBAのワシントン・ミスティックスに挑戦する驚きの報が発表された。日本人選手として同リーグに参戦するのはシアトル・ストームでプレーした渡嘉敷来夢(現ENEOS サンフラワーズ)以来、ポイントガードとしてはフェニックス・マーキュリーに所属した大神雄子(現トヨタ自動車 アンテロープスアシスタントコーチ)氏以来となる。

2021年夏、東京オリンピックで日本代表の史上初の銀メダル獲得にも大きく貢献した29歳にどのような期待を持っているかなどを、ミスティックスのヘッドコーチ兼ゼネラルマネージャーのマイク・ティボー氏と、ミスティックスと八村塁所属のワシントン・ウィザーズでビジネス部門代表を務めるジム・バンストーン氏に聞いた。

今回はまず、WNBA最優秀コーチ賞を3度受賞し、同リーグ通算勝利数1位(357)の名将、ティボーHC兼GMのインタビューをお届けする。

取材・文=永塚和志(Kaz NAGATSUKA)

「町田選手に関しては東京五輪の2、3年ほど前から注視していました」

――町田選手のミスティックス入りには我々も驚きました。彼女の獲得は2021年夏の東京オリンピックでのパフォーマンスも大きかったのではないかと思いますが、実際に彼女のことをスカウティングし始めたのはいつ頃からだったのでしょうか?

ティボー 私は以前、アメリカ代表チームのスタッフも務めていて(2008年北京オリンピックで女子アメリカ代表のアシスタントコーチを務め、その後も同代表との関わりは深い)諸外国の若い、伸びしろのある選手たちには常に目を光らせていたのですが、町田選手に関しては東京オリンピックの2、3年ほど前から注視していました。また、日本代表チームが2018年、カナリア諸島(スペインのテネリフェ)でのワールドカップ前にアメリカへ来て、ここワシントンDCで我々ミスティックスとの練習試合を行ったので、実際に彼女のプレーも見ました。その際にはトム・ホーバスHC(現男子日本代表HC)や日本チームで少しコーチを担っていたコーリー・ゲインズ(現日本男子代表アソシエイトHC)らとも話もしました。

 コーリーについては、何年も昔になりますが、私の下でプレーしていたんですよ(その後消滅したワールドバスケットボールリーグのカルガリー88’sなどで)。そんなこともあって、彼とは海外の選手たちについての情報交換を常にしていました。町田選手のことはホーバスHCやコーリーからいろいろと教えてもらい、そして実際に目の前でのプレーも見る機会もあったわけですが、それから彼女のことをより注目して見るようになりました。そして、彼女の心の準備が整い、こちらに来てくれる適切なタイミングをうかがっていました。ただ実際には、東京オリンピックが終わるまでこちらから具体的なアプローチをしたわけではありません。彼女もオリンピックが終わるまでは、こちらで挑戦することなどに頭を巡らす余裕はないだろうと思ったからです。

――では、町田選手の獲得を推し進めたのはGMでもあるティボーHCという認識でよろしいのですね。
ティボー そうですね。私と私のコーチングスタッフも町田選手のことをよく見ていました。そして、我々は皆、彼女のことを気に入ったのです。2021シーズンが9月に終了し、会議でチームの変革のために次はどんな選手の獲得に動くべきかを話し合い、様々な選手たちをリストアップしたのですが、町田選手の名前はその最上位に挙がりました。

――身長が162センチと小さく、フィジカル面でも決して強くない町田選手ですが、ミスティックスでの彼女にはどのようなプレーを期待していますか?
ティボー 小さいと言いますが、スティーブ・ナッシュ(元フェニックス・サンズなど、現ブルックリン・ネッツHC)もNBAで最も小さな選手の部類にありながら大活躍しましたよ(笑)。実際、町田選手はナッシュのようにプレーしますよね。彼女のコート視野は驚くほど広く、チームメート全員を上達させてくれます。彼女はシュートもうまいと思います。あのシュート力を見れば、誰もが「もっとシュートを打ってもいいのに」とすら思うはずです。

 ですが、やはり彼女のチームを指揮する能力、ゲームコントロール能力、このあたりは我々のチームにフィットするはずです。我々は2年前にWNBA優勝を果たしましたが、自己犠牲を払う選手が多く、優勝したシーズンはチームアシストと3ポイント成功率、フリースロー成功率がリーグ1位でした。彼女のプレーぶりはこのチームに合うことでしょう。

 そこは彼女も心配無用なところ。誰が来ても、このチームでは1人の選手がチームをけん引する必要はないのです。我々にはすでに多くのいい選手がそろっていますが、町田選手にすれば余計なことを考えずチームに慣れればいいのです。町田選手がどんな選手かを説明するのに多くの言葉は必要ありません。プレーを見れば、それはわかりますよね。

「彼女のコート視野は驚くほど広く、チームメート全員を上達させてくれる」と期待 [写真]=Getty Images

「我々が彼女と契約したのは、今の彼女が気に入ったからです」

――言葉の壁は当然あるとは思いますが、町田選手と直接、話をする機会はありましたか?
ティボー ありました。最初に面談をした時には、我々が彼女にどういった期待を持っているかなどについて話をしました。彼女はとても静かに聞いていましたが、一方で、私に対してとても多くの質問を用意していました。質問の内容も多岐に富んでいて、住居環境のこと、我々のプレースタイル、私が彼女に求めるものは何であるか、通訳は付けてもらえるのか、といった具合でした。

 次に町田選手と話したのは、彼女がすでに我々のチームに加わることを決心した後でした。そして3度目の面談では、ただ英語ができるというだけではなく、バスケットボールのことをよくわかっていて、専門用語なども知っている人物が通訳を務めたほうがいいということもあって、所属チーム(富士通)のコーチ(BTテーブスHC)と一緒に話をしました。

――町田選手は司令塔でチームメートに指示を出す役割もあるポイントガードです。英語を話せないことは気になりませんか?
ティボー いえ、そうでもないですよ。まだその点についてどう対処していくかを具体的に考えたわけではありませんが、我々は彼女のために通訳のできるコーチをフルタイムで雇いました。その人物が彼女の支えとなってくれるので、問題はないと思っています。彼女にはすでに英語の勉強を促していますし、私もこれから少し日本語を身につけようと思っていますよ(笑)。

 もっとも、バスケットボールには万国共通で通じるものがありますし、言葉ではなくハンドシグナルや数字などでプレーコールを出すことも多い。もちろん、彼女にとって大変な時もあるでしょう。しかし、我々のチームのスタイルはシンプルなもので、それは彼女がこれまで日本代表や所属チームでやってきたことに近いものがあります。ですから、英語が完璧ではなくても、とりたてて大きな問題があるとは思っていません。彼女自身もそこまで深く考えてプレーをする必要もないでしょう。問題が出てくるとして、それがどういった形のものなのか、現段階ではまだ想像が及びませんが、もし何か壁にぶつかるようなことがあったとしても、その都度、彼女の通訳を交えて解決していけばいいだけなのです。

――町田選手が渡米するのはいつ頃になりそうですか?
ティボー Wリーグのプレーオフが終わり次第、すぐにこちらへ来ることになると思います。彼女のチームはリーグ優勝をするチャンスがあると思いますが、もしファイナル(4月16日から18日にかけて開催予定)へ進めば4月中旬頃まで日本でプレーすることになりますね。

――町田選手は東京オリンピックのフランス代表戦で、五輪での1試合のアシスト記録(18)をマークするなど、優れたパサーであることが世界に知られるところとなりましたが、ミスティックスでは得点も求めていく考えでしょうか?
ティボー 相手のディフェンスに的を絞らせないためにはある程度、得点を挙げてもらいたいと思います。ワイドオープンになってシュートをしない、というのはいけません。彼女自身も得点の脅威になるのだと相手ディフェンスに思わせねばなりません。テーブスHCも「相手ディフェンスにプレッシャーをかけるためにもっと点を取る姿勢を見せねばダメだ」と常々、彼女に言っていたようです。

 ただし、こちらに来ても、私は「変わらず彼女のままでいてほしい、その上で彼女が上達するために一緒に考えていこう」と伝えてあります。町田選手はすでにいい選手ですし、誰かほかの選手のようになろうなどと考える必要はないのです。今の自分のままでいてくれ、と。我々が彼女と契約したのは、今の彼女が気に入ったからです。我々のチームの誰かのようになってもらうために契約したわけではありません。だから、彼女は彼女でいればいいわけです。

――最後に、改めてミスティックスの一員となる彼女に対しての期待感を聞かせてください。
ティボー 彼女の得意なパスの能力も見せてほしいですし、すでにそうであるように、いいチームメートであってもらいたいです。そして全力でプレーしてほしいです。彼女は勝つためにここに来ますし、また楽しみたいとも思っています。考えてみてください。バスケットボールは「子どもの遊び」なのです。その遊びをすることで我々はお金を得ています。彼女はバスケットボールを楽しんでプレーする選手だと思っていますし、アメリカに来るのは世界のベストな選手たちを相手に、自身の力量を試してみたいという気持ちがあるからです。面談の中で彼女は私に向かって、「こうした挑戦こそが自分のキャリアでやり残したものだった。だからぜひやらせてください」と言ってきました。私としても臨むところです。彼女は国を背負ってこちらに来る必要はなくて、バスケットボールを楽しんでくれればいいのです。

町田が加入するミスティックスでHC兼GMを務めるマイク・ティボー氏 [写真]=Monumental Sports & Entertainment

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