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『B MY HERO!』
トヨタ自動車アンテロープスがWリーグ2連覇を達成した。敗れた富士通レッドウェーブのエース、宮澤夕貴は言った。「今までは私たちがちょっと我慢したら倒せる相手だと思っていたけれど、トヨタ自動車が我慢できるようになったと感じたシーズンでした」。その一言にファイナルでのトヨタの強さが表れていた。
今季のトヨタ自動車は、昨季の優勝メンバーに加えてオフに川井麻衣や宮下希保など強力な補強をしたこともあり、優勝候補の筆頭だった。だが、今季のWリーグは東京オリンピックやアジアカップでの躍進を挟んでチームや個々の意識が高まり、混戦状態となった。事実、12月に行われた皇后杯ではENEOSサンフラワーズが優勝し、トヨタ自動車は準々決勝で富士通に敗れている。シーズン中にはシャンソン化粧品シャンソンVマジックの成長もあり、新しい風も吹き始めていた。
そんな中でトヨタ自動車が抜けだした要因は、シーズンを通しての底上げがあったからだ。今季のトヨタ自動車は昨季のプレーオフMVPを受賞した司令塔の安間志織がドイツリーグに参戦したこともあり、スタメンが変わっていた。昨季は控えだった司令塔の山本麻衣とシックスマンだった馬瓜ステファニーが日本代表の経験を通して台頭し、ルーキーでインサイドを務めるシラ ソハナ ファトー ジャら若い3人がスタメンに抜擢されている。昨シーズンに優勝していても、「若手や移籍選手が加わって去年とは違うチーム」(馬瓜エブリン)で構成する難しさがあったのだ。
皇后杯での準々決勝敗退を受け、全員で腹を割って話し合ったことがチーム向上の契機になったことは、シーズン中からキャプテンの河村美幸や三好南穂らチームリーダーたちが言っていたことだった。Wリーグ制覇を遂げたあとも、優勝の要因として馬瓜エブリンが改めて強調した。
「皇后杯のあと、各自が勝利のために何ができるかを考えて共通意識を持ってやろうとみんなで意見をぶつけ合いました。勝つために必要なのは綺麗なバスケじゃない。我慢の時間に痛みを伴うことをしないかぎりは勝てないので、『泥臭いトヨタ』をスローガンに掲げてきました」
勝負の分岐点は1戦目の第4クォーターだった。富士通は篠崎澪と宮澤を中心に得点を重ね、内尾聡菜の絶妙なカバーリングでトヨタのインサイドを防ぎ、先行して試合を進めていた。ルーカス・モンデーロヘッドコーチは序盤から後手に回った理由を「選手たちが感情のコントロールができていなかった」ことをあげたほどで、馬瓜ステファニーは「すごく緊張して、皇后杯の負けがフラッシュバックした」と言う。
終盤、追う形のトヨタ自動車が出した奇策は、富士通の起点である町田瑠唯に対して身長で20センチも上回り、193センチのリーチを持つ馬瓜ステファニーをマッチアップさせたことだ。ステファニーは第4クォーター開始早々に町田のシュートをブロックし、そこから走って5点差に詰めている。このビッグプレーはファイナルの流れを変えるきっかけになった。
実際には第3クォーター終盤、町田がバスカンを奪って10点差にしてトヨタがタイムアウトを取った直後から、マッチアップを変更して奇襲作戦を開始している。その後、町田は一度ベンチに下がるが、トヨタ自動車も平下愛佳ら若手がコートに立ち、ディフェンスを踏ん張っていた。そこでトラップを仕掛けながらも惜しくもファウルを犯してしまったとき、ひと際大きな声がベンチから聞こえてきた。
「あともうちょい、もうちょいだよ! ディフェンスプレッシャー!」
それは5000人以上埋めたくした観衆の中でも聞こえるほどの大声だった。馬瓜エブリンを先頭に全員が鼓舞しあっていたのだ。こうした苦しい場面で逃げずに体を張れるかどうかが流れを引き寄せる。それがトヨタ自動車の目指した泥臭さだった。選手は声を掛け合い、指揮官は策を講じる。相手の起点をつぶし、シラの高さを徹底的生かして制空権を握り、逆転へとこぎつけた。
それでも勝機は富士通にあった。残り5分を切って幾度もシュートを打つ形を作ったが、疲労からか脚が止まってしまい、連続してフィニッシュが決まらなかったことで、みずからチャンスを逃してしまう。残り27.8秒、3点リードしているトヨタ自動車が3回目のタイムアウトを使って指示を出し、度胸満点のプレーを繰り出していた山本のドライブでトドメを刺した。それは勝ちにいくタイムアウトだった。苦しい初戦を制し、キープレーヤーとなった馬瓜ステファニーは言った。
「シーズン中にここまで負けていた内容はなかったので、自分たちにとっては今日が一番いい経験になった試合でした。この試合を乗り越えたからこそ、明日は一人ひとりが吹っ切れてトヨタらしくなると思います」
その言葉通り、2戦目は崖っぷちから這い上がった経験がさらにチームを一つにした。富士通は14点ビハインドで迎えた後半、持ち前のトランジションの展開に持ち込む反撃で9点差まで詰める。しかしトヨタ自動車は次々に選手を送り出し、敵将をして「トヨタは1戦目と比べてプレーの質が上がった。どんな選手が出ても質が変わらなかった」と言わしめ、最後まで攻め続けた。
また「町田はパスが素晴らしいけれど、パスを通す選手がいなければパスは通せない」(モンデーロHC)と得点源の篠崎を徹底して抑えにいき、終盤にはさらにギアを上げ、フリースロー後にフルコートプレスを仕掛けたディフェンスも効いていた。
モンデーロHCは「全員の努力」と「ファミリーの力でつかんだ優勝」であることを強調し、プレーオフMVPに輝いた山本は「ルーカスの戦術を信じてみんなで遂行した」ことを勝因にあげている。
1戦目に痛恨の敗戦を喫した富士通の町田は「大事なところで私がイージーシュートやフリースローを決め切れなかったのが負けになった。明日は切り替えます」とだけ語って2戦目の立て直しを誓って臨んだ。しかし、自分たちの流れを呼び込むことができないくらい、自信をつけたトヨタ自動車のチーム力は強固になっていたのだ。圧巻の2連覇だった。
富士通は14年ぶりとなる優勝には届かなかった。だが紛れもなく、今季のリーグを沸かせたチームである。ENEOSから移籍してきた宮澤と中村優花を加えた布陣で崩れないディフェンスを披露して接戦を勝ち上がり、6年ぶりとなるファイナルまでたどりついた。長年チームを支えてきた町田と篠崎が表彰式で流した悔しさと労いの涙は、来季への糧となっていくに違いない。