2019.08.27

東野智弥(JBA技術委員長)×及川晋平(車いすバスケ男子日本代表HC)対談「『日本一丸』で東京に挑む!」 

互いに忙しい時間をぬって対談が実現された [写真]=伊藤 大充
新潟県出身。大学卒業後、業界紙、編集プロダクションを経て、2006年よりスポーツ専門ウェブサイトで記事を執筆。車いすバスケットボールの取材は11年より国内外で精力的に活動を開始。パラリンピックは12年ロンドンから3大会連続、世界選手権は14年仁川、18年ハンブルク、アジアパラ競技大会も14年仁川、18年ジャカルタの各大会をカバーした。

東京2020オリンピック・パラリンピックを1年後に控えた今年、バスケットボール日本代表と車いすバスケットボール日本代表は奇しくも同時期に大事な戦いが待ち受けている。“AKATSUKI FIVE”が挑む「FIBAワールドカップ2019」(8月31日~9月15日)と、“及川JAPAN”が臨む「三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP(MWCC)」(8月29日~9月1日)だ。そこで日本バスケットボール協会(JBA)技術委員長および日本車いすバスケットボール連盟(JWBF)戦略アドバイザーを務める東野智弥氏と、車いすバスケ男子日本代表の及川晋平ヘッドコーチに、意気込みや日本が目指すバスケについて聞いた。

日本車いすバスケ界に専門性をもたらした東野委員長

――お二人の出会いはいつだったのでしょうか?

及川 1998年、僕が当時車いすバスケットボール日本代表候補だった時に、東野さんが代表のスタッフに加わっていただいたのが最初でした。

東野 97年に千葉で僕がキャンプを開催した時に、現在のJWBF日本代表GMの小瀧修さんが見に来られて、「車いすバスケでもこういうのをやりたいんですよねぇ」と。それから車いすバスケを見に行くようになり、98年に代表スタッフに加わりました。

――当時の車いすバスケへの印象は?

東野 率直に「面白いなぁ」とは思っていました。ただ技術的なことを言えば、まだまだだなと。今の代表とは“月とスッポン”ほどの差がありましたよ。ただ、逆にこれからできることはたくさんあるなと思いました。

及川 当時は「リハビリ」から「スポーツ」へと変わっていく転換期の中で、専門知識もなく個人個人でやるしかなかったんです。そういう中で東野さんが入ってこられて、ちゃんとバスケの専門的な技術を教わっていくということがスタートしたという感じでした。

――お互いの印象は?

東野 とにかく真面目に一生懸命やる選手という印象。彼はその前まで単身でアメリカにわたって、大学に通いながら車いすバスケの名門コーチのもとでトレーニングしていたんです。なので、当時から「きっと彼はいい指導者になるだろうな」と思っていました。

及川 僕は東野さんが入ってこられて、いろいろなことを教わることができる喜びがありました。

及川HCが一から作り上げた”新・車いすバスケバージョン”

――その後、2013年に車いすバスケ男子日本代表HCに就任した及川さんが東野さんに戦略アドバイザーを依頼。今度は同じ指導者の立場としてタッグを組み始めました。

及川 僕がロンドンパラで男子日本代表のアシスタントコーチになって、それが終わってリオに向けてということころでHCに就任したのですが、すぐに東野さんに連絡をしました。僕としては、日本の中で最高のものを、ではなく、世界基準のチームを作りたかったんです。それをコンプリートするには、もう一から作っていかなければならないだろうと。それには東野さんが必要だったんです。

東野 僕としては引き受けないという選択肢はありませんでした。逆に晋平の手伝いをしたいと思っていましたから。

及川 悩んだり困ったりしたことがあったら、すぐに東野さんに連絡をして相談したりしていましたね。いつでも、どんなことに対しても、きちんと理解して丁寧に解答してくれました。

東野 世界の4強に入るくらいのチームがどんなことをやっているのか、ということを掘り下げていくと、もうやることはたくさんあったんです。練習の質や強度、分析の方法や、そのデータをどう練習に落とし込んでいくか、といろんなことを話し合いました。とはいえ、僕は一般的なバスケではこうだよ、ということを示しただけで、それを具体的に車いすバスケに落とし込んでいったのは晋平です。練習内容から環境から、それまでなかった新しい”車いすバスケ日本代表バージョン”を作り上げていき、その新しい文化を日本の車いすバスケ界や選手たちに浸透させていった。晋平はもともと2001年に日本で最初の車いすバスケキャンプ事業「Jキャンプ」を自ら立ち上げて、海外のコーチを招聘したりしていました。そこで培ったものなど、それまで積み上げてきたいろいろなものをリンクさせながら日本代表バージョンを作り上げてきたんです。

――現在の”及川ジャパン”をどう見ていますか?

東野 昨年の世界選手権では当時のヨーロッパ覇者トルコを破るなど、今では世界の強豪に勝てるようなチームになってきています。実力としてはそこまでのレベルにきたので、あとは大会へのアプローチやピーキングをどうもっていくか。どういう戦略プランを立てていくか、というところをしっかりとやっていけば、僕は来年の東京パラリンピックでのメダル獲得の可能性は非常に大きいと思っているんです。なにしろ選手層が厚くなりましたよね。それは晋平がちゃんと選手発掘のプログラムを組み立ててきたからこそ。そして今、どの選手たちもモチベーションが非常に高い。これまで晋平がやってきたことというのは、本当に素晴らしく、尊敬に値するものです。

及川 ありがとうございます。でも、東野さんに多くのサポートをいただいたおかげであることは間違いありません。そういう意味では、東野さんと出会えたのは幸運に恵まれたなと思っています。

東京2020で示したい“JAPAN”の力

実は1990年代から車いすバスケ日本代表の強化をサポートしていた東野智弥JBA技術委員長 [写真]=伊藤 大充

――東京2020オリンピック・パラリンピックを1年後に控え、今年は“AKATSUKI FIVE”も“及川JAPAN”も大事な大会を控えています。それぞれが目指すバスケとは?

東野 農耕民族である日本人が世界に挑むとなった時に、一番の強みとなるのは最初から最後まで攻め続ける、その辛抱強さや献身さ、アグレッシブさです。一人一人は個性が強いけれど、篠山竜青が「日本一丸」という言葉で表現していましたが、まさに今、チームが一つとなっていて乗っているなと。実は先日、八村塁と香西宏昭が対面する機会がありまして、まさに“エース”同士の2人が一緒に写真におさまる姿を見て、「日本一丸ってこういうことだよな」と思いましたね。今までの日本には、軸がなかった。それが今はコートでリーダーシップをとれる八村と香西がいる。彼らが世界の扉を開く道しるべになるんだろうなと期待しています。

及川 “AKATSUKI FIVE”のバスケは、瞬間、瞬間にまでこだわっているなと感じます。切り返しも速いし、常にボールプレッシャーをかけにいってスチールを狙っている。相手にコントロールする隙を与えていないんです。そういうところは、非常に参考にしています。

東野 車いすバスケと共通しているところは多いよね。結局、追求していくと、行きつく先はそういうバスケなんだろうなと。そういうことを追求してきたからこそ、車いすバスケも世界のトップとも勝負できるようになってきた。昨年のMWCCではオーストラリアを2度も破り、世界選手権ではトルコを破って、スペインとは1点差ですからね。もちろん戦略や技術的なことはあるけれど、何よりも日本人特有の粘り強さ、やり続ける力ってやっぱり大きいし、世界に通用する。それを1年後に迫った東京2020オリンピック・パラリンピックで世界に示すことができれば、それがレガシーになると思っています。

及川 車いすバスケの男子日本代表が目指しているのは、速い展開の中にさまざまなシステムを取り入れて、相手を混乱させながらゲームの流れを自分たちにもってくるというバスケです。それとベテランと若手が作り出すギャップも強みだなと思っています。試合の展開によって違うトーンのラインナップを出していけるというのは、相手にとっては嫌だろうなと。そういうことができるチームになってきたからこそ、世界とも勝負できるようになってきたと感じています。

東野 今までは一辺倒だったけれど、バージョンが増えて、観ていても「お見事!」と思うような試合展開ができるようになってきているのが今の及川JAPANの強みだなと思いますね。

――車いすバスケ男子日本代表は、6月には世界最強国のアメリカと親善試合をしています。そこで感じた手応えと課題とは?

及川 やっぱり圧倒的な個の力を感じました。単に勢いよくぶつかっていくだけではかなわない相手だなと。ただ、そこに緻密な戦略を取り込んでいくことで、その差は確実に縮まることも確認できました。

東野 そういう意味では、“AKATSUKI FIVE”の女子が課題としている“ペース”が大事になってくる。対戦相手によってそれぞれどうゲームのペースをコントロールしていくか。それは共通事項として晋平ともよく話をしているんです。

ワールドカップ&MWCCを東京への弾みに

東京2020パラリンピックの目標を「車いすバスケ男子日本代表初のメダル獲得」と語った及川晋平車いすバスケ男子日本代表HC [写真]=伊藤 大充

――”AKATSUKI FIVE”はワールドカップ、“及川JAPAN”はMWCCが近づいてきています。それぞれの意気込みをお願いします。

東野 チームはこれまで勝てなかったヨーロッパ勢に勝つというステージにまで来ていると思いますし、ワールドカップではそれを成し遂げて、来年の東京2020オリンピックに向かうと。そういった中で大事なのは、シュートチャンスが相手よりも少ない中でも確実に決めて勝つということ。それが今まではできていなかった。それは車いすバスケも同じ。だから今、スキルコーチとして鈴木良和を迎えて、一からシューティングを見直して、確実に決め切る力を養おうとしています。そのシューティングの確率性というところが、ワールドカップ、MWCCで出せれば、それぞれの目標にさらに近づいていけるだろうと思っています。

及川 MWCCでは世界3位のオーストラリアと同4位のイランに勝つかどうか、というところがポイントです。3カ月後のアジア・オセアニアチャンピオンシップスも含めて、その2カ国との試合が、メダルを目指す来年の東京2020パラリンピックの一つの指針になると思っています。簡単に勝てる相手ではないですし、おそらく激しい競り合いになるだろうと。そんな中で最後まで諦めずに戦う日本の強い姿を見せたいと思っています。一昨年、昨年とMWCCを戦ってみて思ったのが、国内でやるって大きいなと。観客の声援がチームや選手たちの大きな力になることを実感したんです。なので、今年も多くの人にぜひ会場に来て応援してもらえたら嬉しいなと。そして、そこで最高の結果を出したいと思っています。まさに来年の東京2020パラリンピックのリハーサルになる大会です。

――最後に東京2020オリンピック・パラリンピックでの目標を教えてください。

及川 目標は車いすバスケ男子日本代表初のメダル獲得です。そして不可能だと思っていたことを可能にする力を皆さんに見せて、可能性を一緒に体感してもらいたいなと思っています。パラリンピックの価値を、勝つ喜びを通して分かち合いたいですね。

東野 僕たちは「バスケで日本を元気にする」ということをずっと言ってきていますが、本当の意味でそれを実現できるのが東京2020オリンピック・パラリンピック。そこを目指していく僕たちを応援してもらい、そして東京大会を通して新たな力を築き上げていきたいと思っています。

(取材:田島早苗、構成:斎藤寿子、撮影:伊藤 大充)

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