Bリーグ公認応援番組
『B MY HERO!』
11月7日から15日にかけて、タイ・バンコクでは車いすバスケットボールの『2025 IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)』が開催された。男子日本代表は予選リーグを4勝1敗として2位通過し、決勝トーナメントに進出。準々決勝ではイラクを66-24で退けると、最大のヤマ場となった準決勝ではイランを65-55で破り、上位2チームに与えられる世界選手権への出場権を獲得した。最終日の決勝ではオーストラリアと対戦し、結果は 57-62。敗れはしたものの、世界トップクラスの強豪を最後まで苦しめ、男子日本代表の返り咲きを印象付けた。
2024年1月19日、タイ・バンコクで行われたAOC準決勝。試合終了のブザーが鳴った瞬間、男子日本代表のパリパラリンピックへの道が断たれた。1976年トロント大会に初出場して以来、パラリンピックの出場を逃したのは史上初めてのことだった。
あれから約2年間、男子日本代表は地道にチーム再建を図り、一歩一歩着実に力をつけてきた。今大会は、その真価が問われていた。すると何かの因縁なのか、当時と同じタイ・バンコクの地で開催されたAOC、迎えた準決勝の相手はイランとなった。勝てば世界選手権の出場が決まり、負ければ再び世界の舞台から遠のくという大一番。そんなシチュエーションも前回大会と似通っており、日本にとってはまさに雪辱を果たす一戦でもあった。

日本代表の大きな武器であるディフェンス[写真]=斎藤寿子
結果は65-55で日本が勝利を収めた。途中、逆転を許す場面があったものの、40分間強度の高いディフェンスで相手のスタミナもメンタルも削り続けた結果、苛立ちを隠せなくなったイランは大事なところでターンオーバーを繰り返した。さらに主力が5ファウルで退場になるなど、日本のディフェンスの前に崩れていった。そんな相手を横目に我慢強く戦い続けた日本が最後は引き離す形で制した。
これで前回大会の雪辱を果たすと同時に、2大会ぶりとなる世界選手権への切符を獲得した。しかし、今大会の目標はあくまでも”アジアオセアニアチャンピオン”。決勝の相手オーストラリアには予選リーグの初戦では57-72で敗れていたが、同じ轍は踏まなかった。
第1クォーターこそ10-21と大きく離されたものの、第2クォーターにプレスディフェンスに切り替えると流れを引き寄せて猛追。第2クォーターは18-9、第3クォーターも16-13とオーストラリアの得点を上回り、第3クォーターを終えて44-43と互角に渡り合った。しかし第4クォーターの序盤に今大会MVPに輝いた20歳の新鋭を止めることができず、一気に引き離されてしまった。これが最後まで大きく響き、あと一歩優勝には届かなかった。それでも終盤の勝負どころで、香西宏昭(3.5)、鳥海連志(2.5)が3ポイントシュートを決めるなどして最後までオーストラリアを苦しめたことからも、日本のチーム力の高さを十分に証明してみせた。
今大会、日本の最大の武器となったのは、やはりディフェンスだった。スタイルはほとんど変わってはいないものの、前回大会よりも格段に精度が上がり、オーストラリアやイランといった得点力のあるライバルたちに苦戦を強いた。
日本のディフェンスの強さは、数字を見ても明らかだ。予選リーグ5試合での通算失点は6チーム中最少の224点。2番目に少なかったオーストラリアが269点だったことからも、いかに少なかったかがわかる。また、決勝トーナメント3試合を含めた全8試合でも、オーストラリアが387点、イランが377点だったのに対して、日本は365点とやはり最少失点だった。今後、世界の舞台を戦ううえでも、ディフェンスは日本の生命線となる。
ただ、それだけではパラリンピックで再びメダル獲得という目標どころか、出場枠が12から8に減少した現在、その舞台に上がることさえできないことは、前回大会で日本は嫌というほど思い知らされた。その時の悔しさ、ふがいなさを誰一人忘れた者はいなかっただろう。今大会は得点力においても、この2年間の成果が問われていた。

ケガを乗り越えチームをけん引する香西[写真]=斎藤寿子
その点、チーム一の得点力を発揮したのは、香西宏昭(3.5)だった。唯一力負けをしたオーストラリアとの予選リーグ初戦でも両チーム最多の23得点を叩き出した香西は、8試合中4試合でトップスコアラーとなった。香西のすごさはシュート成功率の高さにあり、相手が強いほど力を発揮する点だ。準決勝のイラン戦では23得点、フィールドゴール成功率62.5%、決勝のオーストラリア戦では17得点、同50.0%という数字を誇り、全8試合でのフィールドゴール成功率は47.8%だった。まさに頼れる存在だ。
香西は、2年前のアジアパラ競技大会直前にケガをしたことをきっかけに「自分の身の振り方を考えた」という。それでも「またパラリンピックに出たい」という気持ちを原動力に代表活動に挑戦することを決め、地道にリハビリに励んできた。「それが今、実を結び始めている」と語る。個人でシューティングコーチをつけてトレーニングしていると言い、今後さらなるレベルアップが期待される。

河村勇輝を上回るノルマを自身に課してきた鳥海[写真]=斎藤寿子
一方、進化の片りんを見せたのが、オールスター5に選出された鳥海連志(2.5)だ。予選リーグ初戦ではフィールドゴール成功率14.3%と厳しい船出となったが、それでも5スティールとディフェンスで存在感を示していた鳥海は決勝トーナメントに向けて徐々に調子を上げていった。そして世界選手権の切符がかかった最も重要な準決勝では、代表戦の公式戦では自身最多となる26得点を叩き出し、トップスコアラーに輝いた。さらに決勝では第4クォーター終盤に3ポイントシュートを立て続けに決めて、オーストラリアを最後まで苦しめた。
前回大会以降、シュート力を磨くことに注力してきた鳥海。「河村(勇輝)選手が高校時代にたしか600本をノルマにしていたと聞いたので、僕はそれを上回らないといけないと思った」と言い、半年前からは1日の成功本数のノルマを800~1000本と決め、シュート練習に励んできた。その努力の成果が、大事な試合で発揮された今大会、鳥海は「全体的には非常に課題が残った」としながらも「今までやってきたトレーニングは間違っていなかった」と語った。
そして、こう続けた。「今度はオーストラリアのような強度の高い相手に対して、自分がどう得点を取っていくか。そんな次のフェーズに入ったと思っています」。シューターとして本領を発揮するのは、これからだ。

今後の更なる活躍にも期待が高まる髙柗[写真]=斎藤寿子
今大会で一番に躍進を遂げたのが、髙柗義伸(4.0)だろう。8試合中3試合で2ケタ得点を挙げたなか、これまでとの違いはシュートの正確性にあった。全8試合でのフィールドゴール成功率は64.3%という驚異的な数字を残したのだ。前回大会で「自分に圧倒的に足りないのはシュート力だ」と痛感したという髙柗もまた、シュート練習に時間を割いてきた。今大会で見せた抜群の安定感は、その努力の賜物だ。今やハイポインター陣のエースとなりつつある髙柗のプレーは今後、世界と戦ううえで重要さは増すことは間違いない。
AOC後、鳥海はスペインへ、髙柗はドイツへ渡り、それぞれ海外リーグで世界トッププレーヤーたちとしのぎを削り合っている。彼らがどんなプレーヤーとなって日本代表に戻ってくるのか、楽しみだ。
2大会ぶりの出場となる世界選手権は、来年9月にカナダ・オタワで開催される予定だ。銀メダルという栄光に輝いた『東京2020パラリンピック』以来、5年ぶりの”世界一決定戦”。丸5年の時を経て、いよいよ男子日本代表が世界の舞台に返り咲く。
取材・文=斎藤寿子