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NBAオールスターウィークエンドがロサンゼルスで開催された2月14〜16日(現地時間13〜15日)、同近郊にあるロサンゼルス・レイカーズの練習施設で「第10回 Basketball Without Borders(BWB)オールスターキャンプ」が行われた。日本からは2023年U16、2024年U18の日本代表メンバーで、「FIBA U18アジアカップ2026」の代表候補としてエントリーキャンプに挑むベネディクト研一郎が参加した。
ニューヨークで生まれ育ち、現在はロードアイランド州のボーディングスクール、セント・ジョージズ・スクールでプレーしているベネディクトは、昨年6月に開催された「BWB Asia 2025」環境でもプレーしており、今回も29の国と地域から選出された高校年代のトップ有望選手40名の中に名を連ねた。
「(招待を受けて)100パーセント行くと決めていました。このキャンプのためにトレーニングしてきました」と言うベネディクトは、初日から3Pを決めたかと思うと力強いダンクを見せるなど率先的にプレー。「このキャンプでは、一旦パスを出すとおそらく戻ってこないので、いつも以上にシュートチャンスを見出し、アグレッシブにならなければいけませんでした」と話した。
4チームで3試合が組まれたスクリメージでは、その他スティールやリバウンドからの得点も見せ、ゴール下に攻めてジャンプしシュートすると見せかけて、跳び上がったディフェンダーの脇を抜くようなアンダーハンドパスを空中で出すなどの好プレーも披露。ディフェンスではボールを持って攻める相手の前にしっかり立って防御しシュートミスを誘うなど、攻守にわたって攻撃的な姿勢を見せた。しかし、初日を終えての感想は、「うまくプレーできたと思いますが、もっとアグレッシブになる必要があります」。あれだけ見せた積極性も、本人にとっては満足というわけではなかったようだ。

キャンプではアグレッシブなプレーを披露 [写真]=山脇明子
ベネディクトは身長196センチでアメリカでも高校生としては背が高く、センターをポジションとしてもおかしくないサイズだ。15歳で、カタールで行われた「FIBA U16アジア選手権大会」に出場した時もすでに193センチだったが、自身としては常にガードとしてプレーすることを意識している。「今はいろいろなことを少しずつこなせるガードになりたいけれど、将来的にはポイントガードとして活躍したいと思っています」と頼もしい。
お手本にしている選手には、「2人の違うタイプの選手」を挙げ、一人は身長198センチのガード、シェイ・ギルジャス・アレクサンダー(オクラホマシティ・サンダー)。「僕より少し背が高いかもしれませんが、体格も似ている。彼はとてもスムーズで高いバスケットボールIQを持っている」と話し、2人目にはピッツバーグ大学1年生でスターターを務めるオーストラリア出身のローマン・シウレパの名を出した。一昨年の春に行われた「第30回アルバート・シュバイツァー・トーナメント」で対戦した198センチのフォワードで「とにかく、すごくアグレッシブで簡単に“コースト・トゥ・コースト”をやってしまう」と説明した。
チームプレーとは程遠い「個々の見せ場」であるBWBで、しっかりと実力を証明したベネディクト。それはアメリカで5歳の時からバスケットボールをプレーしてきた証であろう。

日本から唯一キャンプに参加 [写真]=BWB
では、そんなベネディクトが日本代表でプレーするきっかけとなったのは、何だったのか。
母の加寿子さんが日本人であるベネディクトは、毎年夏になると2〜3カ月、母の実家がある六本木で過ごしていた。加寿子さんは4〜10歳まで家族とともにニューヨークに住み、日本に帰国後はインターナショナルスクール、高校、大学と進み、社会人の途中から再びアメリカにおり、息子との会話は英語だった。そのため、ベネディクトにとっては日本で友達ができにくい環境だったが、小学生時の数年、木場にあるバスケットボールチームでプレーすることで日本人の同じ年代の子どもたちとつながることができた。
だが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大で日本に行くことができなくなった間に中学生となり、日本に戻っても小学生で形成されていた同チームでプレーできなくなった。そこで加寿子さんは、日本代表でプレーできないかと考えた。ベネディクトが所属していたAAUチーム(クラブチーム)に来ていたコーチの中に、かつてファイティングイーグルス名古屋や西宮ストークス(現神戸ストークス)でプレーしていたハーバート・ヒルがおり、尋ねたところ、日本バスケットボール協会(JBA)とも交流のある彼のエージェントを紹介してくれた。
初めて参加した JBA関連のキャンプでは、英語しか話せないこともあり、キャンプ地までのバスの中では誰の横にも座れなかった。だが、一旦バスケットが始まると日本人選手らとの親交はどんどん深まり、お風呂の入り方も教わって楽しんで帰ってきたという。

2024年のFIBA U18アジアカップに出場 [写真]=fiba.basketball
アメリカの高校は宿題やテストも多く、普段の成績が大学進学に直接かかわることや、成績が悪いとバスケットを続けられないこともあり、文武両立の生活は決して楽ではない。だが、ベネディクトはそんな中でも日本代表の試合はいつも見ており、A代表では「素晴らしいシューターであることと、彼が持っている自信がすごい。スポーツにおいて自信というのは重要なスキルの一つだと思うから」という理由で富永啓生(レバンガ北海道)と、「背が高い上になんでもできる」ことから渡邊雄太(千葉ジェッツ)を特に尊敬している。
母の加寿子さんと日本サッカー協会元会長の故・岡野俊一郎さんはいとこ。「(年齢が離れていたため)私のおじさんみたいで、かわいがってもらいました。彼の子どもたちはスポーツに興味がなかったので、彼がもし生きていたら(ベネディクトが日本代表としてプレーしていることを)すごく喜んでくれたと思う」と加寿子さん。また加寿子さんの父は第二次世界大戦の影響により高校時代まで思うようにスポーツができなかった中、早稲田大学時代は軟式野球部に所属し、日本では歴史の深いスポーツに打ち込んだ。
こういった血筋を見ると、「小さい時から試合に負けると恥ずかしくなるほどワーっと泣いていました」と母が語るベネディクトは、日本のスポーツ界で活躍する運命にあったのかと感じさせる。
「日本の国旗を胸にしたユニフォームを着ると、格別な誇りを感じます。特に最初のU16の時は特別でした。なぜなら、僕はアメリカで育ち、いつもアメリカのバスケットボールが一番と聞いていましたが、他国と対戦し世界には本当に優れたバスケットボール選手がいるのだと実感できたからです。それは、とても幸運なことでした」とベネディクト。
「FIBA U18アジアカップ2026」に向けて、「過去2度ともワールドカップを逃してしまったので、今回は絶対に勝ちたい思いでいっぱいです」と力強く語った。
文=山脇明子